暮しの手帖だよりVol.20 spring 2020

2020年04月10日

dayori20

絵 堀内誠一

心が塞ぎがちないまだからこそ、
日々の暮らしを大切にしたい。
春、まっさらな気持ちを呼び覚ます、
新鮮味のある企画をそろえました。

文・北川史織(『暮しの手帖』編集長)

 

あれは確か正月三が日あたりのこと、本棚の奥から引っ張り出して久しぶりに読んだ本があります。
沢村貞子さんの随筆集『私の台所』(暮しの手帖社刊/現在品切れ)。赤い更紗模様の装釘はかなり色あせていて、裏には100円の値札が貼りついたままです。私がこの本を古本屋で買ったのは、もう20年以上前、二十歳の頃でした。
親元を離れて、自活の一歩を踏み出したあの頃。一口コンロのついた、おままごとみたいなミニキッチンで料理するのも、掃除や洗濯も、ごみ出しさえも新鮮で楽しかった、あの頃。
自分の「暮らし」というものをおずおずと築き始めたばかりの私にとって、沢村さんが描きだす年季の入った暮らしの味わい方は、ただ想像をめぐらせて憧れる世界でした。
たとえば、ドラマの収録で遅くなりそうなとき、沢村さんはお弁当をこしらえていくのですが、その献立は、青豆ご飯、みそ漬けの鰆の焼物、庭で摘んだ木の芽をのせた鶏の治部煮、菜の花漬けやお新香など、旬の味覚がちょっとずつ詰まっていて、たまらなく美味しそうなのです。
塗りのお弁当箱は、深夜に帰宅したらすぐにぬるま湯で洗って拭き、きちんと乾かしておく。ああ、どんなに忙しくても、こうして暮らしを慈しむって、素敵だな。こんな大人になれたらな。ワンルームのアパートで、若かった私はため息をつきながら読んだものでした。
翻っていま、そんな暮らしが築けているかと言えば、いやはや、これがまったくなのです。
それでも、慌ただしい一日の終わりに簡素な食事をつくり、好きな器に盛ってもぐもぐと味わっていると、じんわりと幸せを感じ、また明日も頑張ろうと思える……そんな心持ちは、この本が育ててくれた気がします。

 

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さて、今号の巻頭の言葉は、この随筆集の一編「あきていませんか」から文章を引いて綴ってみました。
沢村さんのような人でさえ、毎日同じことをくり返していると、気持ちがドンヨリと淀むことがある。そんなときは、「どんな小さなことでもいい、とにかく目先きをかえることである」と彼女は書いています。
それで思い当たるのは、朝ごはん。ついルーティンでお定まりのメニューを並べ、内心飽きながら食べてはいませんか? 
一つ目の料理企画「つながる朝ごはん」では、料理家の手島幸子さんが10年来実践している朝食の知恵をお伝えしています。
たとえば、豚肉をまとめてゆでておき、ある日はみそ汁に入れて豚汁風にし、またある日は、さっと炒めてしょうが焼きにする。野菜は買ってきた日に切ったりゆでたりと下ごしらえをして、数日にわたって使う。
そんな工夫で、旬を感じられるさまざまな献立を、毎朝15分くらいでととのえているのです。
「こんなまめまめしいこと、自分には無理!」と思うかもしれませんが、ご紹介するアイデアから一つでも試してみると、その便利さに気づくはず。私は夕ごはんに活用しています。

 

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「春野菜をシンプルに食べたい」では、新じゃが、菜の花、新にんじん、うどなど6種の春野菜の、ごく簡潔な調理法を長尾智子さんに教わりました。特別な調味料やスパイスは使っていないのに、なぜか洒落た味わいで、まさに「目先きをかえる」料理ばかり。
私が何度もつくっているのは菜の花のソテー。にんにくの香りをうつした油でじりじりと焼くだけですが、半熟玉子をソース代わりにいただくと、とても美味しいのです。
そのほか、「ラム肉料理入門」は、最近入手しやすくなったラムチョップやラムのうす切り肉、ステーキ用のもも肉で、照り焼きや焼きそばといった親しみやすいメニューをつくるご提案です。
「ラムはちょっと苦手」という方、騙されたと思って、ぜひお試しください。

 

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すっかり暖かくなってきたこの頃、シャツやカットソーの出番ですね。お手持ちのシャツなどに、たんぽぽの花や綿毛、ツリーなどの愛らしい刺繍をほどこして、また新鮮な気持ちで着てみませんか? 
「ちいさな刺繍で春じたく」は、そんな手芸の企画です。指導してくださったのは、神戸のファッションブランド「アトリエナルセ」デザイナーの成瀬文子さん。
ご自身がお子さんの持ち物に気ままに楽しんで刺してきたそうで、今回の刺繍もむずかしい技法は使っていません。サテン・ステッチで十字に刺すだけの、大人っぽいモチーフも素敵です。


 

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「40歳からの、自由になるメイク」は、『暮しの手帖』にはちょっと珍しい企画だと思われるかもしれませんね。
でも、メイクもお洒落の一つですし、ときにはこれまでのやり方を変えてみると、新しい気持ちで自分に向き合えるかも。毎朝、惰性や義務感でメイクをするのは、なんだかもったいないと思うのです。
ヘアメイクアップアーティストの草場妙子さんが教えてくださったのは、眉、肌、リップに焦点をあてた、ミニマムなメイクです。ファンデーションは驚くほど薄づきですが、肌本来のつやが生かされて、みずみずしく見える。アイラインは省いてもマスカラをしっかり塗ることで、目元がきりっとする。
私はもともと、ミニマムならぬ朝5分の手抜きメイクをしてきたのですが(笑)、教えていただいた方法を意識したら、手順がよりシンプルになったぶん、一つひとつを丁寧にやってみようという気持ちになりました。
単なるノウハウではなく、読んで「なるほどなあ」という勘所をつかみ、自分に合わせて生かせる、そんな頁になっています。

 

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最後にご紹介したいのは、「子どもの虐待を、『かわいそう』で終わらせない」。
「虐待」と聞くと、「なぜこんなことがくり返されるのか」と怒りを感じる方も多いかもしれません。あるいは、子育て中であるなら、「他人事じゃない」と思う方もいらっしゃるかもしれませんね。
今回の企画は、虐待をされた人をさまざまに支援している高橋亜美さんと、虐待をしてきた人の回復をサポートする森田ゆりさんへの取材を軸にしています。
なぜ虐待は起こるのだろう? それはあくまで家庭内の問題で、当人たちが向き合えばいいことなのだろうか。社会のなかの一人として、私たちができることはあるのだろうか。たとえ、自分は虐待をしていなくても、子どもがいないとしても。
簡単には解決できない問題ではありますが、そんなことを考えながらお読みいただけたらと思います。

 

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いまは新型コロナウイルスの影響で、大変つらい思いをされている方も数多くいらっしゃいます。外出もためらわれ、先が見えない状況のなか、どうにも欝々とした気分になりがちですね。
こうした状況だからこそ、自分たちの暮らしにじっくりと向き合い、いろいろなことを見つめ直してみるのはどうだろう。私はそう考えています。自分の手で毎日の食事をつくる意味。食材や日用品がふつうに手に入るありがたさ。
情報に踊らされず、他者に不寛容にならず、背すじをすっと伸ばして、日々を大切に歩んでいけたらと願うばかりです。
私たちのつくったこの一冊が、何かしらのヒントになれたら幸せです。どうか、心身健やかにお過ごしください。

 

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◎リーフレット「暮しの手帖だより」は、一部書店店頭にて配布しています。
印刷される場合は、下記のトンボ付きPDFをダウンロードし、A3で両面カラー印刷されると四つ折りリーフレットが作れます。

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暮しの手帖社 今日の編集部