暮しの手帖だよりVol.22 summer 2020

2020年09月16日

dayori22

絵 ミロコマチコ

あなたが大切にしたい、
守りたい暮らしはどんなもの?
今号は、言葉を軸にして
「平和」のすがたを探りました。

文・北川史織(『暮しの手帖』編集長)

 

各地で新型コロナウイルスの感染者数が増えつつあり、気持ちが落ち着かない日々が続きます。このたび水害に遭われた方々に、心よりお見舞い申し上げます。ご不便が一刻も早く解消され、苦しみや悲しみが癒されますように。

 

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私たち編集部は、春から在宅勤務で制作を続けています。最新号は、撮影を始めようとした矢先に「緊急事態宣言」が出されたため、ある企画は内容を変え、いくつかの企画はギリギリまで撮影を日延べして、さらに発売日を4日延ばすことで、なんとか発行まで漕ぎつけました。お待たせしてしまい、申し訳ありません。
今号の大きなテーマは、「暮らしから平和を考える」。このテーマを考え始めたのは昨年の10月あたりのことで、私の頭にあったのは「戦争と平和」、そして「台風への備え」くらいでした。まさか、世界中の誰もが同じ困難と向き合い、「平和」の希求がこんなに切実なものになろうとは、思ってもみなかったのです。
正直に言えば、「撮影ができないかも」となったとき、過去の記事を再編集して頁をつくろうかとも考えました。それもお役に立つのなら、悪くない手段ですよね。でも、私はどうしても、新しくつくった記事を載せたかったのです。いま、みなさんと同じ空気を吸い、この苦しみを味わっている私たちが、精一杯のものをつくって差し出す。それが大事かもしれないと思いました。
じつは私自身が、このコロナ禍で、大きな不安に押しつぶされそうでした。まだ感染の危険があるなかで、スタッフを撮影に送り出していいのだろうか、という迷い。ビデオ通話で話はしていても、会わずに進めることでコミュニケーションに齟齬が生じ、ひいては出来に響くのではないか、という焦り。
どんな状況下でも、なるたけいい本をつくって、きちんと売りたい。いや、売らなければ、制作は続けていけない。世間でよく言われる、「いのち」と「経済」のどちらが大事なんだ? なんて問いかけは、答えようのないものとして重く胸の底に沈んでいました。そんなのは、どちらも大事に決まっているじゃないか。
みなさんのなかにも、そう心のうちで叫んだ方はいらっしゃるでしょうか? 私たちは、正解が一つではない世界を、迷いながら、悩みながら、歩んでいるんですよね。でも、なんとか自分で道を選んで、歩んでいかなくちゃいけない。それがおそらく、暮らしていくこと、生きていくことだから。

 

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今号の巻頭記事は、「いま、この詩を口ずさむ」。6編の詩と、それに寄り添う写真や絵で構成したシンプルな頁です。
夜更けに食事をつくってテレビをつけると、この数カ月の困窮をぽつりぽつりと語る人が映ります。一方で、そんな他者の生活苦を顧みないような軽々しい言葉、あるいは、なんだか格好いいけれども実のない言葉を発する政治家がいる。SNSを覗くと、「それ、匿名だから言えるんじゃない?」と思うような、毒々しい誹謗中傷が飛び交っている。
言葉って、こんなふうに使っていいものだったっけ。ふと思ったのです。人をまっとうに扱うように、暮らしを自分なりに慈しむように、心から誠実に言葉を発していきたい。不器用でも、言葉は完璧なものじゃないとわかっていても。ここでは、そんな思いを呼び覚ましてくれる詩を選びました。
黒田三郎の「夕方の三十分」は、いまで言うワンオペ育児をするお父さんと娘の、夕餉の前のひとときを描いた詩です。ウィスキイをがぶりと飲み、幼い娘の機嫌をとりながら、夕食の玉子焼きなどをつくる父。そんな父の作業を娘はたびたび邪魔し、やがてひと悶着が起きます。
どんな家でも見られそうな情景ですが、最後の数行を読むと、心がしんとする。ああ、暮らしって、親子って、こういうものじゃないかと思う。ぜひ、島尾伸三さんによるモノクロームの写真とともに味わってみてください。「このところ、しゃべる機会がめっきり減って、口のまわりの筋肉が凝り固まっているようだ」という方、音読をおすすめします。

 

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巻頭に続く記事をご紹介します。
○小林カツ代さん キッチンから平和を伝えたひと
作りやすいレシピと、明るくて親しみやすいキャラクターで知られた料理研究家の小林カツ代さん。彼女が生涯を通して平和を願い、その思いを文筆活動や講演の場で表現していたことをご存じでしょうか? 残された手帳のなかにも、思いの溢れる言葉がたくさん。手帳のほか、著作からもカツ代さんの言葉を引き、娘の石原まりこさん、弟子の本田明子さんにもお話を伺ってまとめました。

○身体をいたわる 夏の中国料理
夏バテなどで元気が出ないときは、日々の食事で身体を整える、食養生の知恵を取り入れてみませんか? 旬の野菜を生かし、ご飯が進むおかずを、料理研究家の荻野恭子さんに教わりました。

○着方いろいろ チベタンスカート
ブランド「えみおわす」が定番とするチベタンスカートは、直線裁ちの布を縫い合わせてつくる、筒状のシンプルな形。腰回りの紐をどう結ぶかなど、「着方」で印象が変わります。私も愛用していますが、ロング丈でも足さばきがよく、動きやすいのです。記事では、このスカートの着こなし方、つくり方をじっくりとご紹介。今回のためにデザインしていただいた「3色使い」もすてきです。どうぞ、ご自分らしいおしゃれを楽しんでみてください。

○アウトドアグッズで揃える わが家の防災リュック
避難時に必要なものを「衣食住」の3つに分けて考え、軽く機能的なアウトドアグッズで揃える提案です。たとえば、速乾性のあるアンダーウエア、避難所で着替えるときの目隠しにもなるレインポンチョ、防水性の高い小分け用の袋など。わが家に必要なものを考えて選び、パッキングすることで、防災への意識を高め、備えを強くします。

○はじめての台所仕事
日々の食事をまかなうことってどんなことか、子どもたちに伝えたい。そう考えてつくったこの記事は、メニューを考え、家にある材料をチェックして買い物へ行き、料理して片づけて……という流れを「ぐるぐる回る台所仕事」と名づけて、イラストで楽しく展開しています。料理だけすれば食卓が整うわけじゃないよ、ということですが、普段料理をしない大人もわかっていないことかもしれません。お子さんが挑戦したいと言ったら、どうか黒子に徹して見守ってください。

 

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今号の表紙画は、画家のミロコマチコさんの描き下ろしの「月桃の花」です。自分でも意外なほど落ち込んでいたとき、「心を照らすような、希望を感じさせる絵を描いていただけませんか」と、ただそれだけをお伝えして待ちました。この絵が奄美大島から届いたときのうれしさと言ったら。「なんだか魔よけみたいだね」とみんなで言い合ったものです。
いまは、この号を傍らの本棚に立てかけ、ときどき表紙に目をやりつつ、秋号を制作しています。取材・撮影がふつうにできること、人と会って言葉を交わせることは、なんてうれしく、ありがたいんだろうと思いながら。私たち一人ひとりが、決して完璧ではないけれども、それぞれに愛すべき暮らしを抱えながら。
つまずいても、悩んでも、日々は続いていくのですね。どうかみなさん、お元気で。心身をいたわって、すこやかにお過ごしください。

 

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◎リーフレット「暮しの手帖だより」は、一部書店店頭にて配布しています。
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暮しの手帖社 今日の編集部