暮しの手帖だよりVol.23 autumn 2020

2020年12月30日

dayori23

絵 nakaban

不安の多い日々だからこそ、
自分の手を動かし、工夫して、
小さな希望を見いだしてみたい。
そんな思いを込めた一冊です。

文・北川史織(『暮しの手帖』編集長)

 

このところ、朝晩はひんやりとした風が心地よく、酷暑に耐えてきた身体がほっと緩むようです。お元気でお過ごしでしょうか?
この季節になると、私は決まって「しずこさん」のことを思い出します。しずこさんとは、暮しの手帖社の創業者で、長らく社長を務めた大橋鎭子のこと。私たち社員はみな、「鎭子さん」と呼んでいました。2016年のNHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」では、彼女と『暮しの手帖』が物語のモチーフになりましたから、「ああ、あの人か」と、主演の高畑充希さんのはつらつとした姿を思い浮かべる方もいらっしゃるでしょう。
実際の鎭子さんも、在りし日は元気はつらつ、そしてなかなかに華のある人でした。1946年の創業時、彼女はまだ26歳。その頃の写真を見ると、たいていは大きく口を開けた笑顔で、目がきらっきらとしています。ウエストをきゅっとしぼったワンピース姿のことが多く、颯爽としてお洒落。ああ、なるほど、この若さと目力、「当たって砕けろ」の精神でもって、身ひとつで会社を起こし、川端康成や元皇族から原稿をいただいたりして目玉記事をつくったんだな……と、妙に納得してしまうのです。
私が入社したのは10年前のいま時分で、まず驚いたのが、当時90歳だった鎭子さんが出社していることでした。その頃の社屋は小さな3階建てのビルで、鎭子さんのいる顧問室は1階、編集部は3階。エレベーターはなく、外階段がついているだけなのですが、彼女は毎朝10時くらいになると、その外階段をローヒールの靴でカツカツと上ってきて編集部に顔を出すのです。
「ねえ、何か面白いことはない?」がお決まりのセリフ。「雑誌のためになる、面白い企画を考えなさいよ」って、みなにはっぱをかけているわけですね。
私がお弁当のおかずにポークソテーなどを入れていくと、お肉好きの鎭子さんに、「あら、おいしそうね。あなた、お料理が好き?」と話しかけられたこともありました。そんなとき、その目はやっぱりキラキラしている。いまでも、ちょっと低めのあの声が耳によみがえることがあります。

 

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考えてみれば、今年は鎭子さんの生誕100年にあたる年。そして9月は、『暮しの手帖』の創刊月でもあります。そこでこの秋号では、以前からひそかに温めていた企画を実現することにしました。題して、「しずこさんの家を訪ねて」。
生涯独身だった鎭子さんですが、母や妹2人との絆は強く、晩年までずっと一つ屋根の下で暮らしていました。同じく独身だった末妹の芳子さんはもちろん、結婚して2人の子どもを授かった長妹の晴子さんも一緒です。8人がともに暮らした住まいは、玄関、リビング・ダイニング、キッチンと、いずれもゆったりとしていて、古き良き時代の大家族の家そのものです。
鎭子さんの家づくりは、戦後間もなく建てた、小さなバラックみたいな平屋から始まりました。やがて、『暮しの手帖』の撮影スタジオを兼ねた家がほしいと、建築家の清水一さんに設計を依頼して、1953年に二階屋に建て替えます。さらに5年後の1958年、大掛かりに改築して完成したのがいまの家です。
今回の記事では、建築家の中村好文さんと、施工に携わった元棟梁の阿部好男さんに取材にご協力いただき、間取りから垣間見える家族の関係性や、建設中のエピソードなどを盛り込みつつ、鎭子さんが家づくりに寄せた夢や希望、家族への思いをひも解きました。

 

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見どころの一つは、約8畳の広々としたキッチン。本誌の23回にわたる連載「キッチンの研究」の集大成としてつくられたこのキッチンは、細やかな収納の工夫や、無駄のない作業スペースなど、いまでも十分参考になるつくりです。
取材で伝わってきたのは、鎭子さんのいい意味での「公私混同ぶり」。わが家をスタジオとして活用し、連載の集大成としてのキッチンをこしらえ、誌面で紹介する。ああ、鎭子さんは『暮しの手帖』が大好きだったんだな。そして、一生涯、一所懸命だったんだ。そう思ったら、胸がじんわり熱くなりました。
「ねえ、何か面白いことはない?」
あの声が聞こえた気がして、日々いろいろあるけれども、私たちも元気を出して頑張らなきゃと思った次第です。

 

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それでは、最新号の記事から、いくつかを選りすぐってご紹介します。
○どんなときも、絵本を開けば
東京・原宿、ビルの地下街にある「シーモアグラス」は、絵本を愛する店主の坂本織衣さんが24年前にオープンした小さな喫茶店です。開店からコロナ禍の現在まで、坂本さんの心を照らしてきた4冊の絵本について、ご本人に綴っていただきました。あなたの人生のかたわらにも、そんな絵本はありますか?
○献立練習帖
料理をおいしくつくる以上に、「献立」をととのえるのは、なんてむずかしいのか。そんな声をよく聞きます。味つけがかぶらないようにする、箸が進むように彩りよく、育ち盛りの子どもも満足するボリュームに……。今回ご指導してくださった大原千鶴さんは、「毎日完ぺきを目指さなくていい。ほどほどでいいんですよ」と話します。では、いったいどんな点を押さえれば、「ほどほど」でも満足のゆく献立になるのでしょう? 大原さんの「献立例」には、参考になるコツがいくつも盛り込まれています。どうぞ実際にお試しください。
○秋のちいさな甘いもの
秋の夜長、食後にもう少しおしゃべりして過ごしたい。そんなときにぴったりな、旬の果物やドライフルーツを使った手軽なデザートをご紹介します。「ぶどうのキャラメリゼ」「紅玉のオーブン焼き」「干し柿の山椒ホワイトチョコ」など、全6種。つくりたての、ほんのり温かな状態で味わいます。果物の香りと風味がふんわりと広がりますよ。
○からだと病気のABC「新型コロナウイルスの感染リスクと不安を減らそう」
連載を8頁に拡大し、新型コロナウイルスの感染予防策を中心にわかりやすくまとめました。予防ワクチンも特効薬もまだ生み出されていない現在は、予防策を日々の習慣にし、不確かな情報に飛びつかないのが一番です。世の中に流布する、「これが効く」といった情報についてもコラムで解説しています。
○紙と布のフォトフレームづくり
写真を飾りたいけれど、しっくりくるフレームと出合えないなら、手づくりしてみてはいかがでしょう。主な材料は、厚紙(色紙)、はぎれ(または包装紙など)、木工用ボンド。使う道具はカッターくらいと手軽ですが、なんとも洒落たデザインのフレームが出来上がります。お気に入りのはぎれがたくさんある、という方、ぜひお試しください。

 

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いまの私たちは、先の見えない不安があり、それぞれに胸苦しさを感じつつ、それでも懸命に日々を歩んでいるように思えます。この号は何か、そんな暮らしにごく小さな希望を灯せるような内容にできたら……と思って、読み物や手づくりの記事をそろえました。暮らしというのは、地味で地道なことのくり返しですが、自分の手を動かして工夫することで、思いがけないほどの喜びや幸せを感じることができる。そしてそれは胸のうちを明るく照らしてくれる。そう思うのです。
夏の疲れが知らず知らず出てくる季節です。どうぞみなさま、心身をいたわりながら、実りの秋をじっくりと味わってお過ごしください。

 

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暮しの手帖社 今日の編集部