第3回 自分とは違う意見に、どう向き合う?

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『暮しの手帖別冊 お金の手帖Q&A』特別企画 和田靜香さん×井手英策さん
「今日よりも明日はすばらしい」。すべての人が、そう信じられる社会にするために。

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2021年、フリーライターの和田靜香さんの著書、『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』が大きな話題になりました。私たちは同じ年に、『暮しの手帖別冊 お金の手帖Q&A』という本を出版。庶民の視点から政治、経済を見つめた2冊の本の共通点は、経済学者の井手英策さんの存在です。

『お金の手帖Q&A』では、井手さんにこの本の土台となるいくつかの章の解説をお願いしました。他方、『時給はいつも最低賃金、~』の文中には、井手さんの著書の引用が幾度も出てきます。「和田さんと井手さんが話したら、きっと胸に迫る、深い議論になるのでは……」そう感じた私たちは、お二人の対談を企画。

税金について、民主主義について、学ぶことの意味について、思いもよらない方向にどんどん膨らんだお二人の対談を、全5回で、たっぷりお届けします!

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◆ようやく気づいた、税金の大切さ

和田 私は井手さんの本を読むまで、税の大切さをわかっていませんでした。私が子どもだった昭和の時代に減税が繰り返されて(※)、それに伴って私たちの生活が自助に向かわされてきたと読んだときも、最初は納得できなかったんです。わからないから。けれど3冊読んで、ようやくわかりました。減税って要するに、お金返すから自分たちでやってね、っていうことなんだと。
※1961年から75年まで(72年は除く)毎年、消費税に換算すると0,5%規模の減税が行われた。諸外国では政府が無償、もしくは安価で提供する住宅、教育、育児、保育、養老、介護等の獲得に必要な資金を国民に還付し、自分で市場から購入するようにさせた。

井手 お金持ちは何とかなるでしょうけど、普通の人、貧しい人はどうなるのって。考えただけでゾッとします。

和田 ゾッとします。けど、私もそうだったんですが、税金がないと暮らしが立ち行かないという事実に気づくのが難しいというか。実感するためには、どうしたらいいんでしょうか。

井手 例えば、病院に行きますよね。すると領収書をもらうじゃないですか。自分の払った金額が3,000円だとする。自己負担は3割ですから、本当は1万円かかってるってことです。だったら、領収書にカッコ書きで「税金から7,000円も出ています」と書かれてたらわかりやすくないですか? めっちゃ恩着せがましいけど(笑)

和田 なるほど。水道料金なども全部そうなれば、自分たちがどれだけ税金に助けられているかがわかりますね。けれど、こういう「税がいかに大切か」というお話をすると、気になることがあって。『時給はいつも最低賃金、~』の中で、小川さんが将来的な増税の必要性を語る部分があるんですけど、これを読んだ一部の人から、とても怒られまして。「増税なんてとんでもない」と……。

井手 怒られますよね。僕もどれだけ叩かれたかわかりません。

和田 今もTwitterなんかで怒られ続けてます。

井手 もらい事故だ(笑)。でもね、和田さんや僕のことを批判する人がいたとして、それはそれでいいんですよ。だって、僕らが言ったことがみんなに受け入れられて、みんなが同じことを言う社会になったら、民主的じゃないもん。

和田 あ、そうか。反対意見とか、いろいろな意見があって初めて……

井手 民主主義なんですよ。僕らがどんなに正しいと思えることを言っても、それに対して「違う」と唱える人がいることが、健全なんです。自由の本質は、「選択肢」があること。選択肢が一つしかないとき、それは強制と変わらなくなります。人類の歴史を見ていくと、少数の人間が多数の人間を支配してきた歴史なんですよ、ずっと。

和田 一部の人たちが、その他大勢を……ということですね、はい。

井手 ところがとうとうね、僕たちは、みんなで少数の人間を支配する世の中を作りだしたわけです。民って「治められるもの」って意味があります。その「治められる」ほうの僕たちが主人公。民が主人。「民主主義」ってそういうことでしょ?

和田 はい。

井手 けれど現実には、きっと和田さんもお感じのように、一部の大金持ちとか特権階級が、まだまだ世の中を動かしてるじゃないですか。結局ね、民主主義って、完成形があるわけでも、ゴールが決まっているわけでもないと思うんです。常に模索を続けている「終わりなき旅」みたいなもの。だから、よりよい明日を目指して、色んな見方・考え方がぶつかり合うのは、大事なこと。批判をされたら、「民主主義が守られてるんだな」と思うことにしたらどうでしょうか。ま、「批判は上品にね」とは思うけれど(笑)。

和田 はい、それはもう(笑)。

井手 批判をされると、相手に思いを伝えるためにどう話そうか、といったふうに、伝わる言い方を考えるようになりますしね。

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◆違いを認めないと、自分も認めてもらえない

和田 「伝わる言い方」について言うと、リベラル政党の政治家の人たちが使う言葉が、一般の人に伝わりにくいように感じてしまいます。さらに、リベラルの人たちの方が、違う意見への許容度が低いようにも感じます。

井手 わかります。リベラルと言っておきながら、違う意見は認めないって人、多いですよね。選択肢を押しつけるのって、リベラルとは正反対じゃないですか。なのに、自分にとっての正義、自分の好きなものが正しくて、そうでなければならない、って語りがちになる。そういう考えで話す言葉は、同じ意見の人には届いても、それ以外の人には伝わらないものになってしまう。伝えることよりも、やっつける、論破することが目的だから。

和田 そうなりがちです。

井手 リベラル、左翼と呼ばれる人たちは、原発は停止しなくてはならない、格差は小さくしなければならない、消費税は減税すべき、憲法は変えてはならないというふうにね、仲間であるための条件をどんどん増やしていく傾向がありますよね。

和田 はい。最近はリベラルに限らず、ポピュリズム政治(※)でも同じ傾向を感じます。仲間というより、フランチャイズ店舗のように同じ条件の中にあるようで。
※1891年に結成されたアメリカ人民党、通称「ポピュリスト党」によって広まった言葉。ラテン語で「人々」を意味する言葉「ポプルス」を語源とする。日本では、「大衆迎合」「扇動政治」と同じ意味で使われることが多い。

井手 そうすると、そこに入れない人がどんどん増えていくんです。「原発は反対だけど憲法は変えてもいいんじゃないか」と思う人がいるとする。それなら反原発運動だけでも一緒にやればいいじゃないかと思うけど、そうなりにくいですよね。

和田 そうなんですよね。私自身も、原発は止めてほしいけれど、消費税は増やしてもいいから社会保障を充実させてほしいとか、課題ごとにいろいろな意見があります。それはみんな、そうだと思うんです。それなのに、意見はみんな一緒でなくてはいけない、というのは……。政治家も有権者も、違う意見に耳を貸すことが、大切かもしれませんね。

井手 そう。話し合うってことですけど、話し「合い」になるためには、相手が話す権利を大事にしないとね。違う意見がある、それを互いに認め合うって、すごく大事なこと。だって自分が相手を認めないのに、相手には自分を認めろなんて、そんな都合のいい話はありえないもん。あちこちで違う考えがバラバラになって、自分のサークルのなかで、違うサークルの悪口を言ってたら、社会の連帯なんて生まれっこないしね。僕のことを認めてほしいから、あなたの違う意見もちゃんと聞きます、受け入れますという態度。これがあってこその民主主義なんじゃないでしょうか。

 

◆まとめと次回予告

お二人の話を聞きながら、イギリスに伝わる「他人の靴を履いてみる」ということわざを思い出しました。自分とは違う意見に接したとき、「その人の置かれている立場や境遇を想像して理解に努める」という態度を示した言葉です。感情的に共感することには慣れているけれど、共感が難しい意見と理性的に向き合うのは、なかなか難しい……。けれどあきらめずに習得したいと、気持ちを新たにしました。
次回は、いま多くの人が抱く、「漠然とした不安」について語り合います(編集部)。

第4回「『権利や自由のために闘う』ということ」は、明日8月12日に更新します。

*対談収録日:2022年1月末
(その後の社会情勢を鑑みて追記している箇所があります)

*別冊『お金の手帖Q&A』はこちらからご購入いただけます。
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写真・上山知代子/イラスト・killdisco/協力・飯田英理/構成・編集部


暮しの手帖社 今日の編集部