第4回 「権利や自由のために闘う」ということ

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『暮しの手帖別冊 お金の手帖Q&A』特別企画 和田靜香さん×井手英策さん
「今日よりも明日はすばらしい」。すべての人が、そう信じられる社会にするために。

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2021年、フリーライターの和田靜香さんの著書、『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』が大きな話題になりました。私たちは同じ年に、『暮しの手帖別冊 お金の手帖Q&A』という本を出版。庶民の視点から政治、経済を見つめた2冊の本の共通点は、経済学者の井手英策さんの存在です。

『お金の手帖Q&A』では、井手さんにこの本の土台となるいくつかの章の解説をお願いしました。他方、『時給はいつも最低賃金、~』の文中には、井手さんの著書の引用が幾度も出てきます。「和田さんと井手さんが話したら、きっと胸に迫る、深い議論になるのでは……」そう感じた私たちは、お二人の対談を企画。

税金について、民主主義について、学ぶことの意味について、思いもよらない方向にどんどん膨らんだお二人の対談を、全5回で、たっぷりお届けします!

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◆「しょうがなくね?」に象徴される社会

和田 新聞を読んでいたら、「借金頼みの日本財政はもう立ち行かなくなる」というような恐ろしいことが書かれていて。さらに内閣府の調査(※)を見ると、生活に不安がある人が77%もいて。ふと疑問に思ったんですけど、財政ってものが健全になれば、私たちの生活はよくなるんでしょうか? 財政と、私たちの不安はどうつながってるのかなと。

井手 内閣府のこの調査ね(※)。不安に思う人が最多になっている一方で、「今の生活に満足している」って答えた人も過半数いるんです。
※内閣府「国民生活に関する世論調査」令和3年9月調査
・日頃の生活の中で、悩みや不安を感じているか…「感じている」36.8%「どちらかといえば感じている」40.8%
・現在の生活にどの程度満足しているか…「満足している」7.2%、「まあ満足している」48.0%

和田 あ、そうなんですか。

井手 うん、不安であることは間違いないんだけど、満足してもいるって、なんか変ですよね。たぶん、みんなの中で、もう「不安であること」が前提になっているんじゃないかな。

和田 当たり前になってるってことですか。

井手 そう、不安はデフォルト。若い子がよく言いますよね、「しょうがなくね?」って。

和田 あーはいはい、よく聞きますね。

井手 しょうがないっていうのは、ようは「現状肯定」ですよ。現状をそのまま受け入れている。第2回で話した「今日よりよい明日を」という希望を、あきらめ始めているように僕には見える。よく「若者には自民党支持者が多い、保守化している」とか言われるけれど、そんな大層な話じゃない。守るべき価値を持っている(=保守)ならまだいいけど、誰が首相になったって、たぶん彼らは「しょうがなくね?」って言うと思う。今の状況を無批判で受け入れるとしたら、それは恐ろしいことなんだけどね。

和田 今のままで変化はしないでほしい、ということか……。それは若者だけじゃないですね。私のまわり、同世代でもたくさんいそう。

井手 和田さんの質問に戻りますと、まず、財政健全化が必須であるとは、僕は思わないんですよ。そもそもね、借金をしていない国ってないじゃないですか。

和田 けど、日本は借金がものすごい……

井手 そうだけど、どの国を見てもたくさんしてるんですよ。そういう現実を見れば、借金のない健全な財政が正しいとは、僕は思わない。もし、今より減らそうって話だとしても、どのくらいの借金ならオッケーなのかって、簡単には決められません。ただね、人間って、ゴールを作って、そこに近づこうと努力する生き物じゃないですか。国がゴールを定め、そこに向かって一生懸命やっている姿を人々に見せることは、大事だと思うんです。

和田 ああ、そこに意味があるんですね。

井手 MMT(※1)や、ベーシックインカム(※2)のような考え方を、最近、耳にしますよね。借金しまくって、そのお金をみんなに配るとしましょう。一時的にはみんなの暮らしが楽にはなりますよね。MMT推進派の人たちは、いくら借金しても財政は破綻しないと主張していますから、仮に破綻しないとします。そうすると、日本は、借金を止める理由を失います。1人に100万円配ってみんなが豊かになったら、何も問題が起きなかったとしたら、今度は200万円、次は300万円……となりますよね。だけど、そうしていくといつか必ずインフレになる。ようするに、財政は破綻しなくても、経済は破綻するわけです。
※1 Modern Money Theoryの頭文字。現代貨幣理論と訳されることが多い。自国で通貨を発行できる国は、赤字国債が増えても、通貨を発行して借金を返すことができるので、財政破綻はしないという理論。アメリカの経済学者が提唱し始めた。
※2 16世紀に誕生した考え方で、所得に関係なく、一律のお金を、すべての国民に定期的に配る政策。

和田 どんどんインフレになったら、世の中はどうなっちゃうんですか?

井手 欲しいものを高い値段で買うってことですよね。それって、「見えない税金」を払わされてるようなもんでしょ? 今はお金をもらって得したような気分でも、そのツケを将来「高い値段」という形で払うことになります。それだけじゃありません。10年後20年後にそうなったとしたら、僕らが無駄遣いしたせいで、若い人がインフレに苦しむことになります。MMT推進派は、インフレになったら増税して、インフレを抑制すればいいと言います。けれど若い世代の気持ちになってみてください。自分たちが作った借金でもないのに、その影響でインフレになり、増税される人たちの気持ちを。

和田 いやすぎる。

井手 だから、可能な限り健全財政を大事にしながら、その中で人々が安心して生きていける世の中をつくろうというのが、穏やかで、ベターな答えだと僕は思うんです。「いや健全財政なんていらない」となると、「未来がどうなるかはバクチだけど、今がよければいいんじゃね?」みたいな考え方になってしまう。重石として、財政健全化というゴール設定は必要なんじゃないでしょうか。

和田 なるほど……よくわかります。

井手 もう一つ言えば、MMTの世界では民主主義がいりません。「財政民主主義」って言葉があるんです。みんなにとって何が必要で、いくらくらいお金が必要なのか、そのためにどんな税を、誰に、どれくらいかけるのか。つまり、財政には「話し合い」が欠かせないよ、ってことです。けれど、MMTではそのプロセスがいらなくなります。だって、インフレになるまでは、いくらでも借金できますから。みんなが欲しいものを、欲しい分だけ、お金でばらまけばいい。話し合いなんていらない。でもそんなの民主主義の否定でしょ?それを平気で語る政治家がたくさんいる。僕はそれが一番怖いと思ってます。

和田 みんなで話し合って、「医療はどうする、教育は、年金は?」というふうに決めていくプロセスが大事、ということか……。

okane_0812-2『選挙活動、ビラ配りからやってみた。「香川1区」密着日記』の誌面より。

 

◆増税分は何に使われた?

井手 けれどもうすでに、日本の人たちは、話し合いの大切さを忘れてしまっているように見えます。悲しいけれどね。政府は2014年に消費税を5%から8%に、2019年には10%に引き上げました。これ、他の国から見たら驚くような大増税です。政府は、この5%をすべて社会保障に回しますと言って増税に踏み切った。けれど実際には、その8割が借金の返済に回りました。

和田 えっ。そんなことできるんですか? たしか消費税で得た税収は、医療・年金・介護にしか使っちゃいけないと法律で決まってますよね(※)。
※消費税法第一条2項
消費税の収入については、地方交付税法に定めるところによるほか、毎年度、制度として確立された年金、医療及び介護の社会保障給付並びに少子化に対処するための施策に要する経費に充てるものとする。

井手 社会保障が生み出した借金返済に回す=社会保障に全額使った、という理屈です。

和田 うわー……なんと。

井手 これはさすがに腹が立ちますよね。でもね、本当に悲しいのは、多くの国民はそれを見抜けなかったということ。だって、和田さんだって、いまこれを読んでくれている人だって、消費税増税分の使い道なんて、全然知らなかったでしょ?

和田 知りませんでした……。

井手 僕たちは税金の使い道を、もっと緊張感を持って監視しないといけません。だって、国は、僕らの財布にダイレクトに手を突っ込んで、お金を持っていくんですよ? 徴税って、国家権力以外の何物でもないでしょ? みんなから集めたお金を、国が好きに使うとしたら、それは権力の乱用ですし、取られる方も、税の使い道すら知らないなんて、民主主義として末期的です。

和田 いやあ、怖いですね……。私たちは自分の財布に手を突っ込まれてるのに監視を怠って、政治がダメだ、経済がダメだって怒るばっかりで。

井手 統計的には、多くの日本人は、政府を信用していません。けれど、お上意識はやっぱりあって、例えばフランス人のように、腹の底から疑ってはいない。疑っていないから、人任せで、知らん顔できるんです。

和田 確かに。本当に疑っていたら、いちいちチェックします。

井手 「誰かがよきようにやってくれるだろう」とみんな思い込んでいて、ちょっと難しい話になると、「わかんないから」で終わってしまう。「経済ってわからない」「財政、税の話って難しい」で済ませる社会に未来はありません。

和田 誰かがやってくれるだろう、私はわからないから、って私も言い続けてきました。反省します。

 

◆ボランティアは「偽善」?

井手 日本の人たちは、連帯して国と闘った経験がありません。フランス革命でも、ドイツ革命でも、アメリカ独立戦争でも、欧米では人々が権力と闘って、自由を勝ち取ってきました。もちろん日本にも明治維新がありました。だけどこれは、侍どうし、特権階級どうしのケンカですよね。自由や権利は勝ち取ったものではなくて、戦争に負けてアメリカ人に与えられたもの、という側面も強い。

和田 はい。

井手 連帯して自由と権利を勝ち取らなかった、これはしんどいですよね。国を信頼できないから監視するでもいいですし、信頼できないから、信頼できる仕組みを作る、でもいい。でも、そうはならなくて、ほったらかしにしてしまっている気がする。「連帯する」という体験も大事です。ボランティアなんかも、欧米では、自分も含めた「私たち」のためにやりますよね。例えば、誰かの生きる権利や自由が脅かされている状況があるとする。今の自分には直接の影響はないけれど、その状況を許してしまったら、やがて自分にも同じことが降りかかってくるかもしれない。だから助けるし、声を上げる。自分が困ったときに誰かが助けてくれる……人を助けることは、社会全体の利益なんです。

けれど日本では、ボランティアは見返りを求めない奉仕活動という意識が強い。自己犠牲で、誰かのためにやってあげること、というような。だから「偽善でしょ?」と言われたりする。昔から「情けは人のためならず」と言うじゃないですか? 文化庁の調査で驚いたんですけど、「人に情けを掛けておくと、めぐりめぐって結局は自分のためになる」という意味なのに、「人に情けを掛けてやることは、結局はその人ためにならない」と勘違いしている人が5割近くいるんです。

和田 誰かのためにすることが自分のためになる、という意識を持つのが難しいかもしれません。

井手 一人の人間が何かをするのは権利である、とは行きつかないんですね。行動を起こす理由の多くが、「権利として」ではなく、「国民の義務として」なんです。戦前も、「お国のために」でしたが、それがいまだに残っているのかもしれません。

 

◆まとめと次回予告

「日本人は政府を信用していない」けれど、「腹の底からは疑っていない」という井手さんの言葉が刺さります。自分の暮らし、自分なりの幸せを心から求めれば、税金の使われ方には無関心ではいられないはず……。きっとそこから、真の人権意識も生まれてくるのだろうと思いました。
次回はいよいよ最終回。学ぶことの意味、そして子どもたちの未来について語り合います(編集部)。

第5回「人は何のために学ぶのか」は、明日8月13日に更新します。

*対談収録日:2022年1月末
(その後の社会情勢を鑑みて追記している箇所があります)

*別冊『お金の手帖Q&A』はこちらからご購入いただけます。
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写真・上山知代子/イラスト・killdisco/協力・飯田英理/構成・編集部


暮しの手帖社 今日の編集部