「ア・ターブル」主演
市川実日子さん
特別インタビュー

7月から放送中のドラマ「À Table! ~ノスタルジックな休日~」(BS松竹東急)。本作は、暮しの手帖社の料理本『おそうざい十二カ月』と『おそうざいふう外国料理』が原案の、新感覚グルメドラマです。吉祥寺から徒歩20分の家に住む夫婦、藤田ジュンと夫・ヨシヲの物語が、さまざまな料理を作る中で紡がれていきます。本作の主人公・ジュンを演じる市川実日子さんに、お話を伺いました。

『暮しの手帖』は唯一、定期購読した雑誌

市川実日子さんにとって、『暮しの手帖』は10代の頃から近しい存在だったという。大好きな古本屋めぐりで出合ったのか、友達が教えてくれたのか。気が付いた時にはそばにあるお気に入りの雑誌だった。

  • 実家を出て一人暮らしを始めた22歳の時、定期購読を申し込みました。後にも先にも定期購読した雑誌は『暮しの手帖』だけです。ポストに憧れの雑誌が届くことが、私にとっては誉れ(笑)。往年の人気企画「商品テスト」に見るような誠実な内容で、真剣なお手紙を受け取るような気持ちで頁を開いていました。

実家暮らしと違い、一人暮らしでは何もかも自分でやらなくてはならない。母は働きながらも、ごはんは必ず手作りし、端午の節句のしょうぶ湯や冬至の柚子湯といった季節の行事も欠かさなかった。それはなんて恵まれたことだったのだろう、とあらためて、母の愛情を実感したのだった。

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ドラマで作って食べる、まっすぐ「おいしい」料理に感動

ドラマは、昨年1月から放送されたものの続編になる。前シリーズは、歴史上の人物たちが食した料理を作って食べることがテーマ。珍しい食材を組み合わせるなど、知的好奇心をくすぐる料理が登場した。今回は、暮しの手帖社の料理本『おそうざい十二カ月』と『おそうざいふう外国料理』に掲載されている料理を夫婦二人で作って食べることがストーリーの中心となる。

  • まさか、暮しの手帖社の料理本が原案に!? 初めて聞いた時は喜びに打ち震えました(笑)。この2冊は、表紙の書き文字やデザインからして大好きです。ドラマでたくさんのお料理をいただきましたが、とにかくおいしい! もうね、どれも幸せな味なんです。

毎回、2~3品の料理を夫婦で作って食べる。その中でも特に市川さんが心に残った料理を尋ねると……。

  • 「たけのことわかめとふきのたき合せ」は素材も手順もシンプルなのに、ひと口目でたけのこの味を感じて、もうひと口食べるとわかめとふきの風味が表れてくる。素材それぞれの味と香りがしっかり感じられて、塩加減、ダシのうま味の調和が絶妙。とても豊かなんです。仕上げにしぼりしょうがをたらす茶碗蒸しは、そのひと手間で香りと味と気持ちが(笑)格段に“上昇”します。高野豆腐を揚げてほんのりうす味のダシで煮る「高野豆腐のおらんだ煮」もおいしかったなぁ。挙げればキリがありません。掲載されている写真や道具はレトロな印象だけど、どのお料理もしゃれた味わいで、まっすぐなおいしさなのです。レシピに添えてある説明の文章も面白い。本を作られた方々の想いを感じます。

普段から、食事は自身で作ることが多いという市川さん。素材の味をシンプルに味わう料理が好きだという。

  • 自炊は蒸し料理が多いですね。元気な野菜をセイロで蒸して、お気に入りの塩やオイルで食べる“素材重視派”です。『おそうざい十二カ月』と『おそうざいふう外国料理』は旬の食材を生かすシンプルな調理なので、撮影中から家でも作ってみたいと思っていました。また、昔から飲みものが好きで、チャイの作り方を習ったり、豆を挽いてネルでコーヒーを淹れてみたり。中国茶に出合ってからは、それが、生きるうえでとても大事なものになりました。この手順じゃないといけない、この道具をそろえないと、なんてかたく考えなくていいのです。簡単に淹れたとしても大体おいしいですから。茶葉をパラパラッと入れて熱湯を注いで、フタをするだけ(笑)。ほらっ。

市川さんがカバンから取り出したスケルトンの水筒に、茶葉がゆらゆら。自前の水筒は、ペットボトルとは違うたっぷりとした飲み口だ。市川さんの慌ただしい日常に潤いを与えてくれる、大切なものなのだろう。

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料理の感想はすべてアドリブ。
極力自然体で、自分の言葉で

ドラマの撮影はテストがなく、「ハイッ」と声がかかるといきなり本番に入る。監督の吉見拓真さんからは、「なるべく作為的にならず、市川さん自身に引き寄せてほしい」というリクエストがあった。まるで市川さんの日常を撮っているような、自然な演技に目を奪われる。

  • 演じながら、夫役の(中島)歩君が演じるヨシヲは、こういう感じなんだ! なんて本番中にチューニングしていきました。私が演じるジュンは、こういうことで悩んで、つまずくんだな……と、当たり前ですが、現実の私とは違うキャラクターです。彼女の内面と私がアドリブでする振る舞いにはズレがあるように感じていましたが、出来上がった作品を見て、これでもいいのかなと思えました。たとえ落ち込んでいても、人は誰かの前に出れば、笑うし、食べるし、明るくも振る舞う。いろんな面があるはずだから、むしろ自然なのかも、と。ジュンとヨシヲが「近所の公園を歩いていそうな夫婦」と思える存在になることを目指しました。

料理の感想を言い合うシーンは完全にアドリブだ。自然に感想が出てくるよう、市川さんと中島さんはどんな工夫をしたのだろうか。

  • じつは、二人とも撮影前はお弁当をいただきませんでした。そうすると、料理を口にした時の喜びの大きさが全然違います。目をつむって味わいたいほどおいしくて、本音は何もしゃべりたくなかったくらい(笑)。「カット」がかかった途端、本気で食べてしまいました。おかわりまでしちゃったりして。

ドラマ撮影が終わった今、現場で味わったおいしさの“残像”が体の中に残っていて、ふとした瞬間によみがえってくる。

  • 食事をすると「あれ?」って、あのおいしさを探してしまいます。料理シーンではほぼ自分たちの手を動かしたので、磨き込まれたレシピの通りに料理をする喜びを発見しました。あらためて煮ものってすてきだなと思ったり、揚げものの楽しさを知ったり。これまで魚介類は緊張するのであまり触ってきませんでしたが、撮影でイカをさばいてみたら、「ひゃ~」と思いながらわくわくもして。想像だけでやらずにいたことは、やってみたら案外好きなことかもしれないと気付かされました。何より、自分で作ったごはんがおいしいなんて、最高に幸せです。

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花森安治の美学が私の中に

ドラマの中ではおでかけシーンも多い。国立天文台、調布飛行場、井の頭公園にある茶室。都内のスキマ的スポットが登場する。中でも市川さんが心をつかまれたのは、駒場にある日本民藝館だ。撮影が終わった後、プライベートでも訪れた。

  • 柳宗理さんのボウルやカトラリーが好きで、家で使っています。お父さまの宗悦さんのことはある程度のことしか知らなかったのですが、ドラマのロケで日本民藝館を訪ねたことがきっかけで、ちゃんと知りたいと思いました。本を読んでみたら、もう夢中です(笑)。暮らしの中の普遍的な美しさを考え抜く姿勢は、『暮しの手帖』を創刊された初代編集長・花森安治さんの美学とつながる感じがします。

『暮しの手帖』に教わったことはほかにもある。ひとつに、迷った時は、「美しいかどうか」を基準に選ぶということ。物にしても、行動にしてもだ。

  • 若い頃は人からこう見られたらどうしようとか、 これをやっておいた方がいいんじゃないかと、迷うことばかりでした。でも「それって美しいことかな?」と自分に聞くようにしたら、「正しいかどうか」よりも、もっと自分に引き寄せた価値観で判断できるようになりました。「人に美しく見られたい」ではなく、「人としてどんなふうに美しくありたいか」という気持ちに立ち返れます。『暮しの手帖』も、その昔は「美しい」が誌名に付いていたのですよね。10代の頃に出合った花森さんの考えが、今の自分につながっています。

取材・文 沼 由美子
写真 川島小鳥
スタイリング 谷崎 彩
ヘアメイク 大江一代

衣装
ワンピース (HaaT/イッセイ ミヤケ TEL 03-5454-1705)
ピアス(MAISON RUBUS. TEL 03-6427-9917)
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暮らしヒント集市川実日子さん流

    • 1.
    • 時には、海外の映画を
      字幕なしで。

    • 先日、台湾映画を字幕なしで観ました。言葉がわからないので、街の風景やファッション、光や音、画面の切り取り方など、あらゆることに集中でき、想像が広がります。すると、映像と音だけでも自分なりにわかってくる。静かに興奮するような映像体験でした。

    • 2.
    • 好きな服を
      自分のために着る。

    • 以前、とあるお店でインド製のブロックプリントの服を買おうか迷っている女性を見かけて、思わず「……絶対、似合うと思います」と声をかけてしまいました。店員でもないのに、おせっかいですよね(笑)。でも、本当にそう思ったから。年齢などにとらわれず、服は自分のために着ていいと思うのです。外に着ていかなくてもいい。家でお気に入りの服を着るだけで、自然と心が弾んできて、家事も捗り、所作ひとつも変わってくるものです。

    • 3.
    • いろいろな物の
      「物語」を知りたい。

    • 普段、手軽で便利なものの恩恵を受けていますが、ここ数年、自分が「物語」を欲していることを感じます。たとえば今、私が着ているワンピース。ここにほどこされている刺しゅうがどこの国で、どんな人に作られたものか……。 “知る”と“知らない”とでは、別のもののように感じられます。物語を知ると、自分の中でドラマが動き出して、自然と愛情が湧いてきます。道具にしても、料理にしても、物だけでなく人や植物など、いろいろな出会いがある中、実は多くの人が、そこにある「物語」を欲しているんじゃないかなと思います。

À Table!
  • 写真提供・BS松竹東急

  • BS松竹東急水曜ドラマ23
    「À Table! ~ノスタルジックな休日」

    BS松竹東急(BS260ch・全国無料放送)にて放送
    Tverほかにて配信中

    放送日時: 7月3日(水)夜11時 放送スタート
    (全13話/各話30分)
    出演: 市川実日子 中島歩 ほか
    原案:『おそうざい十二カ月』『おそうざいふう外国料理』