恋しいキッチン
第10回 Galette des Rois Paris–New York
2026年01月07日

この連載のお話を頂いたのは昨年の春でした。すごく光栄でうれしい半面、私は料理のプロではありません。「毎月、何を紹介したらいいのだろう」と台所で泡立て器を握ったまま、少し固まりました。けれど不思議なことに、最初に頭に浮かんだのがガレット・デ・ロワでした。パリに住んでいた頃、新年になるといつも買って食べていた、葉っぱの模様の丸いパイです。
パリの一月は、年明けの街がまだ少し眠そうで、パン屋のショーケースだけがやけに明るく見えました。紙の王冠が付いたガレット・デ・ロワの箱を抱えて帰る道すがら、バターの香りが先に家へ帰っていくようで、それだけで「ああ、新しい年が始まった」と思えたのです。ガレット・デ・ロワは「新年の合図」そのものだったのかもしれません。
ただ、連載が始まるのは春。ガレット・デ・ロワは本来、新年のお菓子です。「王様のケーキ」を意味するこのお菓子には「フェーヴ」と呼ばれる小さな陶器の人形が入っており、切り分けた時にフェーヴが当たった人は、その年の幸運を授かる(=王様になる)と言われています。季節を追い越して紹介したら、王冠が迷子になりそうで、私はこのレシピをいったん“寝かせる”ことにしました。
その間に、別のレシピが少しずつ浮かんできました。そして気付けば季節は巡って、ようやく一月がやってきました。
ガレット・デ・ロワは、アーモンドのクリーム(クレームダマンド)が入ったパイですが、私のレシピは少し変わっています。それは、ニューヨークでアップルパイを食べたのがきっかけです。大きな一切れに、りんごのキャラメリゼがトロリとしていて、香ばしさが甘さを支えています。「これをガレット・デ・ロワに入れたら……」と思った瞬間、頭の中でパリとニューヨークが握手をしました。
友人たちがわが家に来る日に試してみると、反応は予想以上でした。アメリカではガレット・デ・ロワ自体が珍しく、見た目も美しい。切り分けるたびに層がきらきらして、「フェーヴはどこ?」と、みんなの目が一瞬で子どもに戻るのがおかしくて、私は内心「今年の運、ここで使いきらないでね」と思ったりします。
とはいえ、作るたびに少し緊張します。今回は作りやすいように市販の冷凍パイシートを使ったレシピをご紹介しますが、それでも、冷やしたパイシートが、オーブンの熱の中で本当に気持ちよく持ち上がってくれるか。表面に描いた模様が、ほどよく開いてくれるか。焦げ目は、火力を強気に攻めた方がおいしいのに、焦がしたくない気持ちもある。矛盾だらけの心を抱えたまま、私はオーブンの前で、窓越しに生地を見守ります。……そういえば、新年もいつもこんな感じかもしれません。勇気を出したいのに、少し怖いような。進みたいのに、うまくいく確信はなくて。けれど温度を上げて、待つしかありません。
焼き上がって、庖丁を入れる時。層が「さくっ」とほどけて、りんごの香ばしい甘さがふわっと立ち上がると、やっと深く息をつきます。誰かと食べる時は、フェーヴの行方にみんながやけに真剣で、何とも愛おしい時間です。けれど、ひとりで切り分ける日も好きです。取り皿にのせた一切れを窓辺に置いて、自然光の中でしばらく眺めます。湯気の輪郭がすっと消えていくまでの時間は、言葉が追いつかないくらい静かで、きれいです。
フェーヴが当たった人が被る紙の王冠は、ほんの一瞬の役目ですが、台所の時間はちゃんと体に残ります。今年がどんな年でも、層は重ねられる。うまくいかない日も、何も起きない日も、全部重なって、ある日ふと「ちゃんとふくらんでいた」と気付くのだと思います。だから私は、今年もまず、このお菓子。パリとニューヨークが握手したこのガレットで、新年の最初の“いい匂い”を部屋に迎えます。
文・写真 カヒミ カリィ

Galette des Rois Paris–New York(ガレット・デ・ロワふうアップルパイ)
材料(直径約18cm1台分)
・冷凍パイシート(市販)…20×20cmを2枚
・玉子…1コ(卵黄と卵白に分ける)
・フェーヴ(陶器の人形/またはアーモンド)…1コ
りんごのキャラメリゼ
・りんご…1と1/2コ(大の場合は1コ) ※紅玉がおすすめですが、ジョナゴールドやふじなどでも。
・グラニュー糖…40g
・バター(食塩不使用)…12g
・レモン汁…1/2コ分
・シナモンパウダー…少々
・塩…1つまみ
クレームダマンド
・バター(食塩不使用)…30g(常温にもどす)
・グラニュー糖…30g
・玉子(溶く)…3/4コ分
・アーモンドプードル…30g
・バニラオイル…少々

作り方
1 パイシートは、表示通りに冷蔵庫でゆっくり解凍します。
2 りんごのキャラメリゼを作ります。りんごは皮をむいてざく切りにします。鍋(またはフライパン)に、りんご、グラニュー糖、レモン汁を入れて強火にかけ、一気に加熱します。焦げつかないよう木ベラで混ぜながら、水分をとばします。水分が減っても加熱を続け、鍋底に水気が残らない程度まで煮詰めます(焦げやすいので注意しましょう)。しんなりしてツヤが出たら弱火にし、バター、シナモン、塩を加えて混ぜます。バターが溶けて全体にまわったら、バットに広げて冷ましす。◎塩を1つまみ加えることで、甘さと香ばしさの輪郭がくっきりします。キャラメリゼは、水分をとばしきることで、パイの底が湿りにくくなります。
3 クレームダマンドを作ります。ボールに、常温にもどしたバターを入れ、泡立て器で混ぜます。柔らかくなったら、グラニュー糖、溶き玉子、アーモンドプードル、バニラオイルの順に加えて混ぜて、なめらかにします。
4 オーブンシートの上にパイシート1枚をのせます。3のクレームダマンドをのせて、直径12cmほどの円に広げます。その上に2のりんごのキャラメリゼを重ねます。

5 フェーヴ(またはアーモンド)を、フィリングの中央よりも端寄りに押し込みます。こうすると、切り分ける時に、ナイフに当たりにくくなります。
6 パイシートの周囲の余白に、ハケで卵白を塗ります(これがのり代わりになります)。もう1枚のパイシートをかぶせ、フィリングのまわりを指で軽く押して密着させます。フチは、スプーンの背で、生地を切らないように気をつけながら、きっちりと密着させます。

7 冷蔵庫で生地を15分ほど冷やします。◎冷やす工程は省かないようにしましょう。層の立ち上がりが変わります。
8 生地が締まったら、直径18cmの型(またはボールや器など)を当て、ナイフで丸く切り抜きます。再び冷蔵庫で生地を休ませます。できたての熱々をいただくタイミングを見計らって、ここでしばらく時間をおいても大丈夫です。
9 オーブンを200℃に予熱します。卵黄を溶いて、ハケで表面に塗ります。写真を参考に、ナイフの先で模様を描きます。生地に穴を開けないよう気をつけて、表面だけナイフを入れるように描きましょう。フチは、ナイフを縦に入れて、1cm弱間隔で切り込みを入れます。中心にナイフで小さな穴を開けて、空気穴を作ります。

10 200℃のオーブンに入れ、30〜35分焼きます。最後に温度を230℃に上げ、2〜3分焼いてしっかりと焼き色をつけたら出来上がり! ぜひ、熱々をお召し上がりください。冷めてもおいしいですが、温め直す時は、160℃のオーブンで6分ほど温めると、表面のパリッとした食感が戻り、香りもふわっと立ちますよ。

カヒミ カリィ
ミュージシャン、文筆家、フォトグラファー。1968年生まれ。
フランスで約8年、アメリカで約13年暮らし、2025年春に日本へ帰国。
『暮しの手帖』の連載「すてきなあなたに」にも寄稿。
Instagram:https://www.instagram.com/kahimikarie_official/
