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おしゃれ心に、灯を点けよう

2021年03月25日

おしゃれ心に、灯を点けよう
——編集長より、最新号発売のご挨拶

東京は、いまが桜の見ごろですが、花を見上げて歩く人びとの顔は、皆ほころんで、うれしそうです。マスクをしていても目が笑っていて、うれしさがわかるものなのですね。
早いもので、私たちの在宅ワークでの制作も、もうすぐ1年になろうとしています。せわしい仕事と、炊事洗濯といった家のこと。両方が混じり合う日々を淡々と続けていく、倦まずに、健やかに。それはなんてむずかしいのだろうと、実感した1年でした。
さて、今号の冒頭には、こんな言葉を置きました。

「どんなに みじめな気持でいるときでも
つつましい おしゃれ心を失はないでいよう
かなしい明け暮れを過しているときこそ
きよらかな おしゃれ心に灯を点けよう」

これは、初代編集長の花森安治が、『暮しの手帖』の前身である『スタイルブック』に掲げた言葉です。この雑誌の刊行は1946年の夏。終戦から1年の物資に乏しい時分に、浴衣をほどいた生地でつくるワンピースなど、工夫を凝らした「おしゃれ」を提案しました。
いま、この薄い雑誌を手に取ると、苦しいなかでも生を謳歌しようという心、生きる喜びのようなものが、美しい色彩とともにどっと伝わってきて、圧倒されます。
苦しいときに、「生きる」を楽しむって、どういうことだろう。今号は、そんなことを考えながら編みました。
巻頭記事は、「生きることは、楽しいことばかり」。
86歳の編集者、田中和雄さんは、戦時中の少年時代に宮沢賢治の「雨ニモマケズ」に出合い、不惑を過ぎてから、絵本と詩集の編集に携わるようになります。「生きることは、楽しいことばかり」という言葉は、この状況下ではいささか呑気に響くかもしれません。しかし、そこにはどんな思いがあるのか、ぜひ感じ取ってみてください。
続く記事は、今号の表紙の作品を手がけた銅版画家、南桂子さんの生き方を追った、「夜中にとびたつ小鳥のように」。
南さんもまた、1953年、42歳でパリに渡って銅版画家となり、海外でいち早く認められた、遅咲きの人です。とりわけ女性であれば、人生に制約があっただろう時代に、南さんはなぜ、そうした生き方を選んだのか。淡々と地道に続けた制作には、どんな喜びがあったのか。知己の人びとを取材して、南さんの「おしゃれ」にも触れながら、ひとりの女性の像を浮き彫りにしました。
「手元の素材で、アクセサリーを」と「おとなのための帆布バッグ」は、自分の手を動かしておしゃれを楽しもうという手作り記事です。
随筆家の若松英輔さんによる「詩が悲しみに寄り添えるなら」は、大切な人や大切な場所を失ったとき、その経験と心静かに向き合うきっかけにしていただけたらと願って企画しました。

春は、顔を上げて、胸をひらいて大きく呼吸をして、軽やかに歩んでいきたい季節です。寒さで縮こまった心身をほどいて、暮らしにそれぞれの「楽しみ」を見いだせますように。明日から、担当者が一つひとつの記事についてご紹介しますので、ぜひお読みください。

『暮しの手帖』編集長 北川史織

佐藤雅彦 最新刊『考えの整頓 ベンチの足』 ベストセラー『考えの整頓』から10年、『暮しの手帖』大人気連載 待望の第2集刊行!!

2021年03月24日

長年お待たせしました! ついに、第2集が完成しました。
『ピタゴラスイッチ』を生み出し、東京藝術大学で教鞭をとる佐藤雅彦先生の新刊です。

日常には、
数え切れないくらいの「妙」があり
そのつど学ぶ理と、
それでもこぼれる不可解さがある。

佐藤先生は、どんなささいなことでも「?」と思ったことを素通りにしません。例えば、夜中の散歩中に、偶然見かけた妙に背の高いベンチと妙に大きい足……。
本書は、先生が日常で気付いた23の「?」を、まるで謎を解くように明かしていった考察集です。
・今まで気が付かなかった巻き尺の持つ叡智
・知らない間につながっていた、あの歌姫との不思議な縁!
・家の中で一番年をとるところどーこだ?
・落とした携帯電話が知っている真実
など、ともすると見過ごしがちな日常の「妙」に立ち止まる先生は、その「妙」に魅了され、真髄に迫ります。
ベスト・エッセイに選出された「向こう側に人がいる」「たしかに……」や、カンヌ国際映画祭に正式招待されるまでが綴られた「5名の監督」ほか、全23編です。

先生の身にたびたびに起きてしまう不可解な出来事。それに気が付き、立ち止まり、新たな発見と知見を得る先生の好奇心に脱帽します。
表紙の図形の秘密も、ぜひ書店にてお手にとってお確かめください。(担当:村上)

※目次は下記のリンクよりご覧いただけます。
http://www.kurashi-no-techo.co.jp/books/b_1196.html

何気ない日々をいつくしむ ——編集長より、最新号発売のご挨拶

2021年01月25日

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こんにちは、北川です。
数日前、在宅ワーク中に、できたてほやほやの10号が届きました。
校正で何度も読んでいても、こうして「本」となった一冊を手に取り、重みを感じながらぱらぱらと読むのは、やっぱりとてもうれしいものです。
今号の表紙画は、おぎわら朋弥さんの「凧あがる」。
この絵をおぎわらさんにご依頼したのは昨秋のことでしたが、一冊に込める思いとして、
「何気ない日常こそ、かけがえのないもの」
「同じ地平で生きる、私たちへ」
という言葉をお伝えし、描く題材を考えていただきました。
「身近にある風景から考えてみますね」とおぎわらさんはおっしゃり、数週間後に受け取ったのが、この絵です。
公園の一角のような原っぱに、凧あげをするお父さんと少年、犬と散歩する人、ボールを蹴る人、寄り添って歩くカップルと、いろんな人が描かれています。
水を流したような早春の空に、夕焼けの色がすーっと混じる美しさ。
なんだか、自分も絵のなかの一人となり、高い空を見上げて、きりっと冷えた空気を胸いっぱいに吸い込むかのような、のびやかな気持ちになったものです。
なんてことない、けれども「かけがえのない」ある一日のひととき。
みなさんも、これに近い情景が胸に浮かぶでしょうか?

このところ思うのは、人は「頑張って」という言葉だけでは、なかなか頑張り続けられないなあ、ということでしょうか。
もちろん、日々の暮らしは、それなりに頑張らなければ回っていかないものですが、家庭で、職場で、淡々と頑張っている人たちが、心底疲れたときに「助けてほしい」と言えているかどうか。
「私はまだ恵まれているほうだ」といった言葉で自分をなだめて、心も身体も疲弊してはいないか。それが心配なのです。

 

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今号の巻頭には、いまだからこそ読んでいただきたい、五つの詩を置きました。
まど・みちおさん、谷川俊太郎さん、工藤直子さんによる「生きる」をテーマとした詩は、声に出して読むとゆっくり胸に落ち、いま、私たちが置かれたこの状況を、俯瞰した目で見つめることができる気がします。
続く記事、「迷惑かけたっていいじゃない」は、少し顰蹙を買いそうなタイトルかもしれませんが、けっして、「他人に迷惑をかけても好きに生きようよ」という内容ではありません。
この記事の主役は、横浜市で自主幼稚園「りんごの木」を40年近く続けてきた、柴田愛子さん。子どもから大人まで、すべての人と真正面から対等にかかわってきた柴田さんの言葉は、こんなふう。
「迷惑をかけ合える関係をどれだけつくっていけるかが、生きやすさにつながっていくと思うんです。みんな人にはいいところばかり見せているけれど、たいへんなときに支え合える相手がいることが、いちばん大事なのよ」
私は、「人にはいいところばかり見せている」に、どきっとしました。そうだな、自分はちょっと格好つけていて、そして迷惑をかけていないつもりになっているのかもしれないな、と。
この記事は、それこそ「助けてほしい」と言いにくい人に読んでいただきたいですし、少々めんどうでも人とかかわり合いながら、「助けて」が言える社会をつくっていけたら——そんな願いを込めて編みました。

年明け早々に緊急事態宣言が出されて、私たちは、なるべく出社を控えながら、次号、次々号を制作しています。
どんなことがあっても、日々の暮らしはたゆみなく続いていく。それをどう工夫して、楽しんで、満足して生きていけるか。
みなさんと同じ地平で生きる私たちが、悩んだり、笑ったり、ときに怒ったりしながら、今年も一号一号、等身大の雑誌づくりを続けていきたいと考えています。
どうぞ今年も、『暮しの手帖』をお支えください。

『暮しの手帖』編集長 北川史織

12月10日、暮しの手帖別冊『わが家の家事シェア』が発売になります。

2020年12月10日

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今年、私たちは「家で過ごすということ」について深く考えました。
そして「人と人との、心地よい距離」についても——。

私がこの本を作りたいと考えたのは、世の中がこんなふうになるなんて、想像もしていなかった2019年の夏のこと。前年に双子を出産し、1年間の育児休業から復職したばかりのころでした。
自分が納得する仕事をしたい。家をさっぱりと整えたい。子どもたちの成長に寄り添いたい。
そんな理想を持ちながら、現実には能力も時間も足りず、眠る時間を削ることでなんとか帳尻を合わせるような日々です。仕事、家事の効率を上げようと必死になりながら、一方で家人に対してはモヤモヤとしたものを抱えていました。
なぜ私だけが……。どうやったら一緒に家事を工夫していけるの? というか、世の人たちはどうしているんだろう?

2020年2月〜5月、小社WEBと誌上で「家事シェアに関する意識調査アンケート」を実施しました。回答してくださったのは784名の皆さんです。
緊急事態宣言下で家族が家で過ごす時間が長くなり、家事負担が増えたことを嘆く声、新たな家事バランスを模索する様子がうかがえる回答があるなかで、(詳しい結果は本日より、小社WEBサイトの特設ページで公開しますので、ぜひご覧いただきたいのですが)深く考えさせられたのは、「(現状の)家事バランスを変えたい」と考える人が75%いること、そして、それなのに、家事バランスを変えるために「話し合わない(話し合えない)」という人が50%、という結果でした。
家事の方法論より、むしろコミュニケーションの工夫に課題があるのかもしれない……。
私たちは家事の工夫だけでなく、互いの考えを伝え合い、すり合わせていく過程にまで踏み込んで、取材することにしました。

「1章 心地よい暮らしの形を模索中。」では、共に暮らして数年、今まさに人と共同して生活することの面白さと難しさを実感する3つの家庭を、
「2章 一緒に居る、それぞれが生きる。」では、共に暮らして十年以上、暮らしの呼吸は合ってきた一方、仕事の責任は増してきて……という3つの家庭を、
「3章 いつだって、関係は変えられる。」では、長年の勤めを終えて退職したり、病気を患ったり……。あることがきっかけで家事のバランスを見直した2つの家庭を取材しました。
共通していたのは、それぞれがよく話し、深い納得感を持って家事を担っていること。全ての家事が均等に分担されているわけではないし、日々、そのバランスは揺らぎますが、互いの暮らしを大切にしようと、何度も話し合い、試行錯誤しています。

対話が暮らしを変えていく。
そんな実感にあふれたエピソードの数々が、あなたの家庭の家事シェアを後押しし、家事を楽しくするヒントになればと思います。(担当 長谷川)

※この本の目次は下記のリンクよりご覧いただけます。
https://www.kurashi-no-techo.co.jp/bessatsu/e_2102.html

※特設ページは下記リンクよりご覧いただけます。
https://www.kurashi-no-techo.co.jp/life-style_survey_report/

連載12年目を迎えた、料理家・高山なおみさんによる「気ぬけごはん」の第2集、 『気ぬけごはん2 東京のち神戸、ときどき旅』ができました。

2020年11月27日

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◎連載12年目を迎えた、料理家・高山なおみさんによる「気ぬけごはん」の第2集、
『気ぬけごはん2 東京のち神戸、ときどき旅』ができました。

高山なおみさんの毎日の暮らしから生まれたふだん着感覚の料理、
それが「気ぬけごはん」です。
肩の力をふっとぬいて自由に作る料理には、
新たな発見と、心底ほっとするおいしさがあります。

1話につき、2~3品のレシピが紹介されるスタイルで、
連載12年目を迎えた「気ぬけごはん」は、
『暮しの手帖』本誌で大人気の料理エッセイ。
第2集となる本書は、東京から神戸へ、そしてひとり暮らしへと
大きな変化を迎えつつ綴ったエッセイのなかに、手軽なのにさすが! とうなる120品あまりのレシピがぎっしり。
「気取りのない料理が、何よりもおいしい」と、しみじみと感じていただけるはずです。
ぜひ、毎日の献立にご活用ください。

【レシピ紹介】
たとえばこんな「気ぬけごはん」

●スパゲティのオムレツ
食べ切れずに残ったスパゲティは、冷蔵庫にとっておいてオムレツの具に。

●魚の煮汁の炊き込みご飯
魚の煮つけであまった煮汁と、たっぷりのしょうがのせん切りで作る炊き込みご飯。

●ハンペンとお麩のグラタン
グラタンが食べたくなったけれど、冷蔵庫にはハンペン、乾物 カゴにはお麩……。
夜の胃袋にやさしいふわふわとろりのグラタンレシピ。

●自家製アジの干物
干物作りは、まず、自分が泳ぐところから。海水を口の中に再現し、それより少ししょっぱめな
塩水を作ればよいのです。

●野菜たっぷりの薄焼き
小麦粉さえあれば、冷蔵庫に半端に残っているもやし、白菜、しいたけなどの野菜で何でもおいしくできます。

●神戸風おでん三変化
神戸のおでんは牛すじが決め手。残ったらみそを溶き入れ、刻みねぎと七味唐辛子。次はそこに牛乳を加えて刻み葱。最後はカレールウとトマトを加えておでんカレーに。

書店にてお手に取ってご覧ください。(担当:村上)

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※目次は下記のリンクよりご覧いただけます。

https://www.kurashi-no-techo.co.jp/books/b_1195.html

花森安治選集 全3巻完結!
第3巻『ぼくらは二度とだまされない』

2020年11月26日

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花森安治選集 全3巻完結!
第3巻『ぼくらは二度とだまされない』

ついに、完結巻となる第3巻を発売しました。
本巻では、日本が経済大国へと急成長を遂げた時代、
1960年から、花森の没年1978年の絶筆までの、
激動の昭和を鋭く見つめた作品群となっています。

「もはや戦後ではない」と、日本が復興の時代の終了宣言をしたのが1956年。
その数年後の1960年には「所得倍増計画」政策がはじまり、
高度経済成長とともに、豊かさの時代へと一気に駆け上がりました。
「夢の超特急」と呼ばれた東海道新幹線の開業、東京オリンピック(1964年)、
大阪万博(1970年)開催、といった華やかさに沸く一方、
それらが生んだ歪みも顕在化してきていた時代でした。

ロッキード事件などの政治腐敗、利益至上主義の考えから起こった大量生産、
東京のスモッグ深刻化、食品偽装問題、水俣病をはじめとする公害……。
「もうけ」のために、自然や暮らしを平気で破壊してしまう企業精神や、人々のありかたを、花森は痛烈に批判。国や大企業に対して、臆することなく抗い続けました。

60年近くも前の文章ですが、まるで今のような錯覚すら覚える日本の現状と展望。
召集令状で国民を戦場に駆り出し、暮しを奪った「国」に、今度はだまされない。
今度こそ、困ることをはっきり言おう。
自分たちの暮しは自分たちで守ろうと訴えます。

庶民のあたりまえの暮しを守るため、一本のペンを武器に挑んだ檄文の数々。
この叫びは、現代日本にも通じる魂のメッセージです。
ぜひ、書店にてお手に取ってご覧ください。

外函の装画は、1957年刊行の『暮しの手帖』1世紀42号の表紙画から。
もちろん、花森安治によるものです。(担当:村上)

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※目次は下記のリンクよりご覧いただけます。

https://www.kurashi-no-techo.co.jp/books/b_1193.html

苦しいときは、笑っちゃおう――編集長より、最新号発売のご挨拶

2020年11月25日

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苦しいときは、笑っちゃおう
――編集長より、最新号発売のご挨拶

こんにちは、北川です。
つい先日、混雑する上野駅の構内を歩いていたら、ふっと、10代の頃に習った歌が胸に浮かびました。

ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく 啄木

この年末年始は、ふるさとを遠くに思いながら過ごす人も多いのだろうなあ。この「人ごみ」の中の一人ひとり、マスクをして足早に歩く人たちも、きっと……。
そんなことを思うと、すこし切なくなったのですが、みなさまはいかがお過ごしでしょうか。
本当に、めまぐるしい変化があり、「暮らし」の中身を、その意味を、いくたびも見つめ直す一年でした。しんどいこともたくさんあったけれど、得たこと、気づきもあった、そう信じたいと思います。

最新号の表紙画は、舞い散る雪の中を元気いっぱいに駆け回る3頭の鹿たち。作者は、絵本作家のきくちちきさんです。
今号は、ちきさん作の絵本「しろいみつばち」を綴じ込みの付録につけました。絵本をつくろうと決めたのは早春の頃でしたが、しだいに世の中はざわめき始め、やがて家にひとり閉じこもって仕事をする日々、ちきさんから届く生命力あふれる絵には、ずいぶんと心がなぐさめられました。
「絵本は詩であり、哲学であり、アート。子どもだけのものじゃないのよ」
そう教えてくれたのは、巻頭記事「わたしの手帖」に登場してくださった、元編集者で作家の小川悦子さんでした。
小川さんは、絵本と児童書の出版社の社長を20年余り務め上げ、世に送り出した絵本は156冊、海外絵本の翻訳も手がけられています。
その性格は、好きになったらまっしぐら。自社の絵本をリュックに詰めて、書店に置いてほしいとお願いして回ったときは、10軒中9軒にすげなく断られても、まったく傷つかなかったと話します。「だって、必ず1軒は気に入ってくれるものよ」と。
私などは、『暮しの手帖』を置いてくださっている書店に入っても、書店員さんたちがお忙しそうにしていると、物陰からしばらく見守り、ご挨拶もできずに出てきてしまうこともあるのだ……そう話したら、思いきり叱られました。
「ご自分で一生懸命につくった本でしょう? 世の中に知らしめたいと思ったら、なんでもできるはずですよ」
ああ、本当にそうだなと、心底恥ずかしくなったのでした。
この記事のタイトルとした「自分を生きなきゃ、意味がない」もそうですが、小川さんの言葉には、85年の人生から紡ぎ出された「輝き」があります。そう、「苦しいときは、笑っちゃえばいいのよ」ともおっしゃっていたっけ。
今号は、ちきさんの絵本、小川さんの記事をはじめ、私たち編集部員一人ひとりが「贈り物」を持ち寄るような気持ちで編みました。
即効性はないけれども、いまを生きるみなさまの胸にじんわりとしみいって、心が平らかになるような一冊にできたら。せわしい日々のなかで、無心に手を動かす楽しさや、自分の身体をいたわることを思い出すきっかけになれたらと。
一つひとつの記事については、明日から担当者それぞれがこちらでご紹介していきますので、ぜひ、お読みください。

このところ、寝る前にまど・みちおさんの詩集を開いているのですが、昨晩、ああいいなと思った詩を最後にご紹介します。
タイトルは「ぼくが ここに」。

ぼくが ここに いるとき
ほかの どんなものも
ぼくに かさなって
ここに いることは できない

もしも ゾウが ここに いるならば
そのゾウだけ
マメが いるならば
その一つぶの マメだけ
しか ここに いることは できない

ああ このちきゅうの うえでは
こんなに だいじに
まもられているのだ
どんなものが どんなところに
いるときにも

その「いること」こそが
なににも まして
すばらしいこと として

「いること」こそが、すばらしい。わかっているのに、どうしてときどき忘れちゃうのかな、と思います。
誰と比べるわけでもない、素のままの暮らしが、一つひとつ、あたたかに守られますように。いつもお読みくださることに感謝を込めて。
どうぞみなさま、心穏やかな年末年始をお過ごしください。

『暮しの手帖』編集長 北川史織

追伸/
絵本「しろいみつばち」にちなんだ、きくちちきさんのオンライントークイベントが、12月1日(火)20:30より開催されます。
ちきさんが「しろいみつばち」の朗読をしてくださり、『絵本ナビ』編集長の磯崎園子さんと、絵本の持つ力について語り合います。私は司会を務めます。
全国どこにいらしても(海外でも)ご参加できますので、ぜひご覧ください。

お申し込み方法は、下記のリンクにお進みください。
https://store.tsite.jp/ginza/event/magazine/17177-1551441116.html

新刊 別冊『おいしく食べきる料理術』発売中です。

2020年09月30日

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新刊 別冊『おいしく食べきる料理術』発売中です。
(別冊『おいしく食べきる料理術』)

今年、外出自粛の期間を経て、多くの人が、家にいる時間が増えました。
家で食事をとることが多くなり、普段は料理をする習慣がない人たちも、
台所に立つ機会が増えたそうです。そうすると、以前は外での仕事で忙しくしていて見えていなかった家の中のことが、いくつも見えてきますね。
思いの外、自分の家の台所のゴミが多いことに気づいた人もいるでしょう。もちろん兼ねてから、それが気になっていた人も多いでしょう。
「もったいないなぁ」と。
その捨てたものの中には、食べられたはずのものがあるからです。
それがいわゆる「食品ロス」とか「フードロス」と呼ばれるもの。
日本では、全体量のおよそ半分が家庭から出ているそうです。
本当にもったいないですね。農業や漁業の営みで生産された食料資源をムダにすることになりますし、自然環境にもよいわけがありません。食料自給率が低い日本だからなおさらです。また、お金を支払って購入した食べものですから、自らのお金をムダにしていることにもなります。
そして何より、食べものを捨ててしまうときの、「もったいないなぁ」という気持ちをなくしたいと思うのです。
よりおいしく、ムダなく料理する工夫がうまくできたら。
買った食材を献立に生かし、家にあるもので手早く料理する。
それこそが「料理上手」です。毎日の台所仕事はもっと楽しくなりますし、食卓は心豊かなものになるはず。
そんな工夫とアイデアをご紹介する本を作りたい。
そう考えて、私たちは小社のウエブサイトと『暮しの手帖』の誌面で、アンケートを実施し、その実際の事情を知ることから始めました。実に663名というたくさんの方々にお答えいただきました。
この本では、7人の料理家の方々に、おいしく食べきる台所術と129品のレシピを教えていただきました。有元葉子さん、飛田和緒さん、大原千鶴さん、荻野恭子さん、上田淳子さん、こてらみやさん、ワタナベマキさんです。
ちょっと手を動かすことで、食材のおいしさを長持ちさせる。いままで捨てていた部位をおいしく食べきる。冷蔵庫にあるものだけでおいしいひと品を作る。料理の工夫って楽しいものです。みなさんもぜひ、「もったいない」というモヤモヤなくして、「料理上手」を目指してみてください。
きっとこの本がお役に立てることと思います。(担当:宇津木)

この本の詳細とアンケート結果のまとめは下記の特設ページよりご覧いただけます。
https://www.kurashi-no-techo.co.jp/life-style_survey_report/

ゆるぎないもの ——編集長より、最新号発売のご挨拶

2020年09月25日

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ゆるぎないもの
——編集長より、最新号発売のご挨拶

窓を開ければさらりと乾いた風が吹き渡り、エアコンをつけずに一日を過ごせる、そんな心地よい季節になりました。
今年の夏は、酷暑はもちろんのこと、その「不自由さ」においてもなかなかにつらく、我慢くらべのようでしたね。誰もがそれぞれの「不自由さ」と向き合いながら、それでも何かしらの楽しみを見いだそうと工夫して、先の見えない日々を歩んできたような気がします。

私たち編集部は相変わらず在宅勤務を基本に制作を続けていて、この8号ではや3冊目、ビデオ通話の打ち合わせなどはさすがに慣れてきました。それでも、取材や撮影で顔を合わせると、なんだかうれしくて、つい一生懸命に話してしまいます。
同じ空間にいて、たがいの表情を見て、声で空気を震わせて言葉を伝えるのが、なぜこんなによいものなのか。その理由はわからないけれど、ビデオ通話の話し合いが「目的地に向かって脇目も振らずまっしぐら」といった印象なのに対して、じかに会って話すことには、「ゆとり」や「遊び」がある感じでしょうか。ちょっとの寄り道や脱線はゆるされて、会話がふわっと、空間のぶんだけ広がってゆくような。

8号の巻頭記事「どんなときも、絵本を開けば」は、東京・原宿で小さな喫茶店「シーモアグラス」を営む坂本織衣さんに、開店してから24年のあいだ、折々に心を照らしてきた4冊の絵本のことを綴っていただきました。
初めて取材に訪れたのは6月のはじめ。お店のある明治通りは自粛期間前の賑わいを取り戻し、マスク姿の人びとであふれていましたが、坂本さんは3月下旬からお店を休業としたままでした。
「どうしたらいいか、わからないんですよね」
久しぶりにシャッターを開けたという店内で、確か、坂本さんはそんなふうにおっしゃったと思います。嘆くわけでなく、つぶやくように淡々と。
そして、壁一面の本棚にみっちりと詰まった絵本から数冊を抜き出し、それぞれの物語について、ご自分のこれまでの歩みに重ねて語ってくださいました。幼いお子さん2人を育てながらお店を開こうとしていた頃、寝る前の2人に読み聞かせては、親子で心をひとつにした絵本。家事、育児、お店の仕事、ご両親の世話に追われる暮らしのなかで、働き者の主人公に自分を重ね合わせて、その日々を肯定できた絵本……。それらの話は、一つひとつがお店にともる灯りみたいに、ささやかで素朴であったかく、希望を感じさせるのでした。
私たちはたぶん、一人ひとりがこうした、「私はこれがとっても好きなんだ。なぜならば……」という物語を持っていて、たびたび胸の内から取り出しては眺め、ときに誰かに語ったりして、生きる支えとしている気がします。
喫茶店で、見知らぬ人たちに混じって過ごすひとときも。人と目を合わせて話すことも。ひとところに集い、演劇や生の音楽に胸を震わせることも。どんな「好き」も、あっさり簡単に手放していいものなど何一つないんですよね。

自粛期間中に「不要不急」という言葉がよく使われ、「自分の仕事ははたして不要不急か?」なんて自虐めいた話題があちこちで聞かれました。私たちの仕事は、自虐でも謙遜でもなんでもなく、「不要不急である」と言えます。雑誌がなくても、衣食住は成り立ちますから。
けれども、たとえば日々のごはんが栄養をとることだけではなく、心に刻まれ、人とのつながりを感じられるものであるために。自分の手を動かして何かをつくり出す、その楽しみとゆたかさを幾つになっても忘れないために。社会の潮流に対して自分はどう考えるのか、その礎とするために。私たち雑誌ができることはまだあるんじゃないかなと信じ、手探りしながら、この8号を編みました。
なお、連載「からだと病気のABC」は、いつもよりも頁を拡大し、新型コロナウイルスの予防対策を中心にわかりやすくまとめましたので、どうぞご参考になさってください。
心がどことなく張り詰める毎日のなか、この一冊を開いて、ご自分の暮らしでゆるぎないもの、大切にしたいものに思いを馳せていただけたら幸せです。
『暮しの手帖』編集長 北川史織

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花森安治選集 全3巻 第2巻『ある日本人の暮し』を発売しました!

2020年09月24日

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花森安治選集 全3巻
第2巻『ある日本人の暮し』を発売しました!

庶民の日常茶飯にひそむ哀と歓。
情感滲にじむモノクローム写真と、
花森の卓越した文章で織りなす、ルポルタージュの傑作!

『暮しの手帖』の初代編集長として30年間指揮を執った花森安治。数々の名物企画を生み出し、昭和の名編集長と評されています。
なかでも、日用品や家電製品の性能を調べる「商品テスト」は有名ですが、花森が最も心血を注いだといっても過言ではない企画が、このルポルタージュの連載「ある日本人の暮し」だったのです。
連載開始は1954年。花森自身が取材に出向いて執筆した期間は14年にわたり、その数55編におよびます。
連載第1回「山村の水車小屋で ある未亡人の暮し」(1954年)と、
第2回「ある青春」(1954年)では、戦後10年近くが経とうとする当時、貧しくとも、必死に生きる女性たちが登場します。密着取材のもと、彼女たちに寄り添うように、書き手・花森はその暮しを記録しました。
きっと手ごたえを感じたのでしょう。これに端を発し、『暮しの手帖』の誌面で取材先を募集するようになりました。
〈この号の「ある青春」は、前号の「山村の水車小屋で」にひきつづいて、いまの日本の、いわば名もない人たちの、ありのままの暮しの記録です。これは当分ずっとつづけてまいりたいと考えておりますが、つきましては、この記録について、みなさまのお力ぞえをいただけましたら、どんなにありがたいかと存じます。
 私の暮しを写してもいい、という方がございましたら、お知らせいただきたいのです。こちらの希望としては、なにか特別なことのない、どこにでもあるふつうの暮し方をしていらっしゃる方なら、どなたでも結構です。都会でも、農村や山村漁村でも、日本中どこでもかまいません。……〉(『1世紀24号』「あとがき」より)

それからというもの、取材先は全国へと広がります。
それぞれに家庭の事情を抱え、さまざまな職業に就き、激動の昭和をひたむきに生きる人々の物語が紡がれていきました。

●「しかし、私たちも明るく生きてゆく」では、ともに耳の聞こえない藤田さん夫婦が、健聴者である娘ふたりを育てる日々が、妻の一人称で語られてゆきます。

●「特攻くずれ」は、17歳で特攻隊員になった木村さん、戦後20歳で郷里に戻るも、町の人からは冷たく「特攻くずれ」と呼ばれ、良い職にもなかなか就けません。そこで意を決し、資格を取って電気屋となり、新天地・大阪へ。電気のこと以外でも、路地裏の貧しい家々をまわり御用聞きをし、人に喜んでもらえる仕事をするうちに、あたたかい世間を感じるようになっていきます。

●「共かせぎ落第の記」には、30歳の機関士・川端新二さんと、26歳の妻・静江さんが登場。夜勤のある夫の新二さんが徹夜明けで帰ってくる家は、6畳ひと間きり。そんなとき静江さんはひとり図書館へ。ふたりの夢はもうひと間。「夢」は「みるだけ」に終らせたくないと必死に思いながら……。

花森は、人情の機微には敏感で、市井の人々の懐に飛び込むと、語るつもりのなかったことや、家計の事情、本音を巧みに引き出し、その人の日常茶飯にひそむ哀歓を見事にとらえました。
まるで、その人の人生を抱きかかえるように見つめ続けた「ある日本人の暮し」。家族を、仕事を愛し、あきらめずに希望をもって生きる人々の、人生の輝きを見つけることができます。いま読んでも、いや、いまだからこそ、いっそう心を打つ記録ばかりです。
ご紹介している本の中面写真の頁は、「共かせぎ落第の記」の夫婦の、
買いたいものをさわってみるだけ、映画も看板を見るだけ、の『「だけ」の休日』シーン。取材にはいつも2名の社員カメラマンが同行し、家族に張り付いたからこそおさえることができた、そんな何気ないけれど映画のような構図の写真も見どころです。
ぜひ、書店にてお手に取ってご覧ください。

外函のデザインに用いた木綿のコラージュ写真は、1965年刊行の『暮しの手帖』1世紀81号の表紙から。もちろん、花森安治によるものです。(担当:村上)

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※目次は下記のリンクよりご覧いただけます。
http://www.kurashi-no-techo.co.jp/books/b_1192.html

書籍『いつもいいことさがし3』刊行!生きている。ただそれだけで素晴らしい。

2020年09月18日

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◎書籍『いつもいいことさがし3』刊行!
生きている。ただそれだけで素晴らしい。

昨年23年の連載に幕を閉じた小児科医・細谷亮太先生のエッセイ「いつもいいことさがし」。完結となる3巻目ができました。

誰でも年齢を重ねていきます。現場から管理へと足場を移し、定年を迎える……。あるいは、子育てからの卒業。そうした変化があります。細谷先生は、小児科医として子ども達に寄りそい、自分の子ども時代を思い出しながら、日々「いいこと」をさがしてきました。この巻では、臨床現場から遠ざかることに戸惑いながらも、いのちの大切さを伝える講演や、重い病気を持つ子ども達が楽しめる居場所作りの活動へと、全国各地を奔走。役割が変わっても、生きていることは素晴らしいと実感させてくれます。

表紙画を描いてくださったのは、細谷先生の友人でもある、画家・絵本作家のいせひでこさん。山形で生まれ育った細谷先生の原風景は、サクランボでなく林檎の木だそう。裏表紙に描かれている林檎の木の花と合わせて、さまざまな色の実が人生の来し方を現わしています。

表紙と各エッセイのタイトル文字は細谷先生の自筆。原稿は毎回、手書きのファックスでいただいていました。小学生のころ字を習われ、自作の句を墨書なさっている、読みやすく味わい深い文字を、読者の方にも是非ご覧いただきたいとお願いしました(表紙はクレヨン、エッセイは鉛筆)。

帯文「『だいじょうぶ』と寄りそってくれる本」を書いてくださったのは、詩人の工藤直子さん。本書にも詳しくありますが、医学生のころから俳句を発表し始め、俳人・細谷喨々(りょうりょう)としても活動する先生が宗匠を務める句会「螻蛄(けら)の会」の仲間です。お二人の対談「詩と俳句と人生と」は9月25日発売の『暮しの手帖』8号に掲載されます。

『いつもいいことさがし3』は9月下旬発売です。お近くの書店で、帯の細谷先生の笑顔がお待ちしています。(担当:高野)

目次は下記のリンクよりご覧いただけます。

いま、言葉を信じたい

2020年07月29日

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いま、言葉を信じたい
――編集長より、最新号発売のご挨拶

梅雨が抜けきらないなか、全国で新型コロナウイルスの感染者数が増えつつあり、どうにも気持ちが落ち着かない日々が続きます。いかがお過ごしでしょうか?
過日は、九州地方をはじめとする各地で、豪雨によりたくさんの方々が被害に遭われました。心よりお見舞い申し上げます。ご不便が一刻も早く解消され、そして、深い苦しみや悲しみが少しでも癒されますように。

私たち編集部は4月から在宅勤務態勢に入り、それはいまでも続いています。最新号は、撮影を始めようとした矢先に「緊急事態宣言」が出されたため、ある企画は内容をがらりと変更し、いくつかの企画はギリギリまで撮影を日延べして、さらに発売日を7月25日から29日に延ばすことで、なんとか発行まで漕ぎつけました。
いつもよりもお待たせしてしまい、申し訳ありません。
最新号の大きなテーマは、「暮らしから平和を考える」。このテーマを考え始めたのは、確か昨年の10月あたりのことで、私の頭にあったのは、「戦争と平和」、そして「台風への備え」くらいでした。まさか、世界中の誰もが同じ困難と向き合い、「平和」の希求がこんなに切実なものになろうとは、思ってもみなかったのです。
正直に言えば、「撮影ができないかも」となったとき、過去の料理記事などを再編集して頁をつくろうかとも考えました。それだって、みなさんのお役に立つのなら、決して悪くはない手段ですよね。
でも、なぜだろう。私はどうしても、新しくつくった記事を載せたかったのです。いま、みなさんと同じ空気を吸い、この苦しみを味わっている私たちが、できる限りの、精一杯のものをつくって差し出す。ちょっと見栄えは冴えなくなるかもしれないけれども、それが大事かもしれない、そう思いました。
じつは私自身が、このコロナ禍のなかで大きな不安に押しつぶされそうでした。まだ感染の危険があるなかで、スタッフを撮影に送り出していいのだろうか、という迷い。ビデオ通話での打ち合わせはしているにせよ、会わずに進めることでコミュニケーションに齟齬が生じ、ひいてはそれが出来上がりに響くのではないか、という焦り。
どんな状況下でも、なるたけいい本をつくって、きちんと売りたい。いや、売らなければ、制作は続けていけない。世間でよく言われる、「いのち」と「経済」のどちらが大事なんだ? なんて問いかけは、答えようのないものとして重く胸の底に沈んでいました。そんなのは、どちらも大事に決まっているじゃないか。
みなさんのなかにも、そう心のうちで叫んだ方はいらっしゃるでしょうか? 私たちは、正解が一つではない世界を、迷いながら、悩みながら、歩んでいるんですよね。でも、なんとか自分で道を選んで、歩んでいかなくちゃいけない。それがおそらく、暮らしていくこと、生きていくことだから。

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今号の巻頭は、「いま、この詩を口ずさむ」という特集としました。6編の詩と、それに寄り添う写真や絵で構成する、いたってシンプルな頁です。
夜更けに食事をつくってテレビをつけると、街角で、この数カ月の困窮をぽつりぽつりと語る人がいます。一方で、そんな他者の生活苦を顧みないような軽々しい言葉、あるいは、なんだか格好いいけれども実のない言葉を発する政治家がいる。SNSをちらっと覗いてみると、「それ、匿名だから言えるんじゃない?」と思うような、毒々しい誹謗中傷が飛び交っている。
言葉って、こんなふうに使っていいものだったっけ。ふと思ったのです。人をまっとうに扱うように、暮らしを自分なりに慈しむように、心から誠実に言葉を発していきたい。たとえ不器用でも、言葉は完璧じゃないとわかっていても。ここでは、そんな思いを呼び覚ましてくれる詩を選びました。
たとえば、黒田三郎の「夕方の三十分」は、いまで言うワンオペ育児をするお父さんと、その娘が繰りひろげる、夕餉の前のひとときを描いた詩です。ウィスキイをがぶりと飲みながら、玉子焼きなどをつくるお父さん(飲酒しながら火を使うのって、ほんとうはダメですが)。そんな父の作業をたびたび邪魔して、しかもだんだん口が悪くなる幼い娘。ふたりはいさかいを起こします。
どんな家でも見られそうな情景ですが、最後の数行を読むと、心がしんとします。ああ、暮らしって、親子って、こういうものじゃないかと思う。ぜひ、島尾伸三さんによるモノクロームの写真とともに味わってみてください。「このところ、しゃべる機会がめっきり減って、口のまわりの筋肉が凝り固まっているようだ」という方(私がまさにそうですが)、音読することをおすすめします。

最後に。今号の表紙画は、画家のミロコマチコさんに描き下ろしていただいた「月桃の花」です。
自分でも意外なほどすっかり落ち込んでしまっていたとき、「心を照らすような、希望を感じさせてくれるような絵を描いていただけませんか」と、ただそれだけをお伝えして待ちました。この絵が奄美大島から届いたときのうれしさと言ったら。「なんだか、魔よけみたいだね」とみんなで言い合ったものです。
いまは、この号を傍らの本棚に立てかけ、ときどき表紙に目をやりつつ、次の秋号を制作しています。取材・撮影がふつうにできること、人と会って言葉を交わせることは、なんてうれしく、ありがたいんだろうと思いながら。私たち一人ひとりが、決して完璧ではないけれども、それぞれに愛すべき暮らしを抱えながら。
つまずいても、悩んでも、日々は続いていくのですね。どうかみなさん、お元気で。心身をいたわって、すこやかにお過ごしください。

『暮しの手帖』編集長 北川史織


暮しの手帖社 今日の編集部