1. ホーム
  2. > Blog手帖通信

花森安治選集 全3巻 第1巻『美しく着ることは、美しく暮すこと』を発売しました!

2020年06月01日

_DSC7465

とうとう、長く制作を進めてきた一冊が完成しました。
現在でも天才、奇才、昭和の名編集長と評され、
多くの人に愛されて続けている花森安治の選集を、この1巻からお届けします!

『暮しの手帖』初代編集長の花森は、敗戦後の復興から、
経済大国へと急成長を遂げた昭和の変遷を鋭く見つめ、
家庭のささやかな幸せに向けたまなざしから、国や大企業に臆することなく抗う叫びにいたるまで、ジャナーリストとして伝えた著作を膨大に遺しました。
この選集は、花森のジャーナリズムと思想をつまびらかにする作品群です。

ところで、4年前に放送されていた連続テレビ小説『とと姉ちゃん』をご覧になったことはありますか? 暮しの手帖社の創業期からのエピソードに想を得て作られたドラマです。
ヒロイン・小橋常子(演・高畑充希さん)の雑誌作りを助ける、
天才編集者・花山伊佐次(演・唐沢寿明さん)は、花森安治がモチーフでした。
ふたりは戦後すぐに出会い、少しでもみんなの暮らしを明るくしたいと、
試行錯誤しながらファッション誌を出版します。
この第1巻はちょうどその頃、花森が新進気鋭の服飾評論家として世に登場した、
『暮しの手帖』創刊前後の作品に焦点を当てています。

1946年に出版社「衣裳研究所」を設立し、
まだ物が極端にない中で提案したことは、まず「着るもの」についてでした。
「食」や「住」の材料は庶民には思うように手に入らないけれど、
「衣」だけは、昔からの着物をタンスの中に持っている人も多い、と考えたためでした。

洋裁の知識やミシンがなくても、和服地で簡単に作れる「直線裁ちの服」を考案し、
知恵と工夫次第で、あなたはもっと美しくなれると読者に呼びかけました。
また、「着るもの」を通して「ほんとうのおしゃれ」とは何かを説き、
それまでもんぺ姿を強いられていた女性たちのおしゃれ心に、灯をともしたのです。

洋装の入門書、手引きとして愛された貴重な原稿にはじまり、
次第に洋装が庶民に広がってくる頃になると、
「必要なのは感覚であって、お金ではない。美しく着ることと、お金とは、何のかかわりもないのである。しいて関係をみつけるとすれば、美しく着るということは、なるたけお金を見せびらかさないこと、そういう意味になるだろう。……」
「いまの日本で着ものの世界を見ていると、ことに女の服では、ファッションとかアラ・モードとかニュールックとか、そうした流行だけが問題になっている。まるで「流行」だけしかないように見えるのである。
 流行がいけないというのではない、流行は、いわば着ものという木に咲いた花である。根もあれば幹もあり、枝も葉もあって、はじめて、立派に花が咲くのである。……」
と、ユーモアたっぷりのエッセイでおしゃれの本質を論じました。

昭和から平成、令和と時代を経ても決して色褪せない、今だからこそ見つめ直したい、
花森の「美学」がたっぷりと詰まった一冊となっています。
函入り、上製とした美しい本の仕様は、ぜひ書店でお手に取ってご覧ください。
もちろん本の装画は、花森安治によるものです。(担当:村上)

_DSC7483

たとえ、ままならない日々でも

2020年05月23日

表紙02_DSC7271

たとえ、ままならない日々でも
――編集長より、最新号発売のご挨拶

青葉がいきいきと、生命力いっぱいに目に映る季節です。お元気でお過ごしですか? きっと、それぞれの立場でいろんな不便や苦労に向き合い、折り合いをつけながらの日々ではないかな、と想像しています。
私たち編集部は、3月下旬あたりから段階的に在宅勤務態勢に入り、6号は校正作業をメールなどでやり取りして進め、たがいにほとんど顔を合わさずに校了しました。こんなことは初めてです。
振り返って思うのは、確かに困難はあったけれども、手抜きはなかったな、ということ。いつもと変わらずに、いや、いつも以上にしつこく、あきらめ悪く、みなでギリギリまで推敲してつくりあげた号です。
どうか、みなさんのお手元に無事に届きますように。気分がふさぎがちな、苦しみの多い日々のなか、この一冊が少しでも役立つことができますように。そう胸の内で唱えて、朝昼晩と切れ目なく校正紙に向き合っていた気がします。

私自身は、在宅勤務のこの2カ月ばかり、気持ちが落ち込むことが何度かありました。6号のつくり込みがしんどかったこともありますが、次の7号で準備していた取材撮影をいくつも中止せざるを得なくなり、一冊の設計図をかなり変えなければならなくなったからです。
本来なら、「やりたいこと、やるべきこと」から企画を考えるべきなのに、「この状況下でもなんとかできること」から考え始めなければならない不自由さ、不自然さ。しかし当然ですが、埋め草的な記事はつくりたくない。さあ、どうしよう。どうしたらいいだろう。めずらしく、追い詰められました。
でも、ある晩、疲れ切って寝床に入ったときに、ふと思ったのです。自分はこれまでそんなに、順風満帆で、欠けることのない人生を送ってきただろうか。そんなわけがない。じゃあ、ここで一つ二つ、道をとざされたくらいで、何かが大きく損なわれたような気分になるのは、まったく甘いんじゃないかな、と。
みなさんは、ある日突然に「暮らし」が足元からぐらりと揺らぎ、途方に暮れたことはあるでしょうか。私は一度だけあります。もう遠い昔、大学に進学する前年のことですが、父親が病に倒れ、たった2カ月半ばかりの闘病の末に亡くなったのです。人生の短さに、自分の暮らしの弱さに、目がくらむようでした。思うような道に進めたのは、手を差しのべてくれる人がいて、また、いくつかの幸運が重なった、ただそれだけのことです。
いま、仕事を失って困窮したり、店を開けられずに負債を抱えたり、アルバイトができずに学業をあきらめざるを得ないなど、心底困り、途方に暮れている人たちがいます。他人事じゃない、と思うのです。全員が、区別されることなく、一刻も早く救われてほしい。携わる仕事によって、「役に立つ」「役に立たない」と、人を区別しないでほしい。たとえ自分も苦しく、助けるだけのゆとりは持てなかったとしても、人の暮らしを思いやる想像力を失いたくない。そう思います。

ここでは、もっと希望の持てるような明るくて前向きな話題、暮らしに役立つようなことを綴れたら、と思って何度かトライしたのですが、ごめんなさい、力不足で、まとまらない話になりました。
このところ、なぜかしきりに胸に浮かぶ詩があります。茨木のり子さんの「自分の感受性くらい」。あまりに有名な詩ですから、ごく一部だけ引用します。

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
(中略)
初心消えかかるのを
暮しのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった
 
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

たとえままならない状況下でも、雑誌をつくり、受け止めてくれる人がいる、それはなんて幸せなことだろうと感じます。『暮しの手帖』はそもそも、終戦から間もないまだ貧しい時代に、人びとが新しい暮らしの価値観を模索するなかに生まれた雑誌です。弱い立場から懸命に声を上げて、ささやかだけれど、かけがえのない暮らしのために知恵と工夫を紡いでいく。そんな自分たちの出自を忘れずにやっていけたらと思います。
悩みや苦しみは深くても、そこから何かをつかめることを信じて。どうか、心身すこやかにお過ごしください。

『暮しの手帖』編集長 北川史織

北川IMG_1769
校了を目前とした4月下旬頃、同僚の上野さんから届いた、手づくりのガーゼマスク。つけると気持ちが明るくなります。

心の垣根をなくしたら

2020年03月24日

表1右振りDSC_0061

心の垣根をなくしたら
――編集長より、最新号発売のご挨拶

なんだか身体の節々が妙にこわばって、とくに首や肩のあたりが固まっているよう、おかしいな、疲れがとれないな……と感じるようになったのは、2週間ほど前だったでしょうか。
休みの日に、台所でこぽこぽと湯を沸かし、中国茶を淹れてぼうっとすすっていたら、ああ、そうかと気づきました。あのウイルスのせいで、どこか緊張して過ごしているんだ。自分は神経が太いほうだけど、やっぱりちょっと気疲れしているんだな、と。
みなさんはいかがですか?
買い占め、デマ、いろんな差別。目に見えないウイルスの不安が忍び寄るとともに、人のいやな面があれこれ目につくようになった気がします。もしかしたら、人ってあんがい繊細で、弱くて、ときに不安に流されてしまうところがあるのかもしれません。
けれども、どんなときでも、まずは物事を自分の胸に引き寄せて判断したい。情報に踊らされず、他者に不寛容にならず、心を平らに、やさしさを忘れることなく暮らしていけたら。
「何をかっこつけたことを」と言われそうですが、こんなときこそ、努めて格好つけて、そう思いたいのです。

心の垣根をなくしたら。
今号の巻頭記事のタイトルであり、表紙に掲げた言葉です。いまの風潮に合わせて考えたわけではありませんが、期せずして、ぴったりの言葉になりました。
大きく深呼吸してまわりを見渡してみれば、私たちの暮らしは、まだまだ「ふつう」が保たれているように思います。ほとんどの日用品が手に入り、ちゃんとごはんが食べられて、ぐっすりと眠りにつける、「ふつう」の有り難さ。
言わずもがな、そんな暮らしは無数の誰かの「働き」によって支えられています。いま、ふだん通りに仕事ができないなど、いろんな理由で苦しい思いを強いられている人たちが、まっとうに報われることを願うばかりです。
今号も、朝ごはん、春野菜、ちいさな刺繍、メイクアップ等々のラインナップで、自慢じゃありませんが、目を惹く派手な企画は何ひとつありません。しかしながら、自分の手で工夫しておいしいものをつくり、しっかり食べて、お洒落心をときめかせて暮らしていけること、それはささやかだけれど、けっこう幸せなことなんじゃないかと、いま思うのです。
どうか、私たち一人ひとりのふつうの日々が、ごく当たり前に、幸せでありますように。背すじをすっと伸ばし、顔をあげて、不安に流されずに、おそれずに歩んでいきましょう。

『暮しの手帖』編集長 北川史織

「オイスターソース」が手づくりできるって、ご存知でしょうか

2020年03月13日

01帯あり正体_DSC7177

●「オイスターソース」が手づくりできるって、ご存知でしょうか
【書籍 『手づくり調味料のある暮らし』が発売になります】

『暮しの手帖』4世紀95号~5世紀1号で連載し、好評をいただいた「うちで作れる世界の調味料」が書籍になります。
新たに17種類の調味料を加え、ボリュームは倍以上に!
全28種の調味料と、その調味料を使った料理レシピ47点を掲載した充実の1冊です。

この本に掲載する28種類の調味料のリストです。

豆板醤、XO醤、オイスターソース&カキの油漬け、辣油、トウチ&豆みそ、甜麺醤、コチュジャン、魚醤&プラホック、トマトソース&トマトケチャップ、ウスターソース&中濃ソース、青柚子こしょう&黄柚子こしょう、梅酢&梅干し、しょう油、米みそ、マヨネーズ、ポン酢しょう油、フレンチドレッシング、トルコ風ヨーグルトソース、サンバル、アリッサ、シトロンコンフィ

「市販品を買うもの」だと思っている調味料が、多くありませんか?
実は私も、料理研究家の荻野恭子先生にご指導いただくまで、
「オイスターソース」が手づくりできるだなんて、想像したこともありませんでした。
それに、白状してしまえば、「手づくりできる」と知ったところで、
「いやあ、私なんか毎日の食事づくりだけでも、てんてこ舞いだし、そのうえ調味料を手づくりだなんて、とてもとても……」とすら思っていたんです。

でも、先生のレシピの「オイスターソース&カキの油漬け」と、
これを使った「カキの炊き込みご飯」「カキのスープ」を食べたら、
「もう、そんな考えは即、捨てます……!!」というくらい、驚いてしまいました。
とにかく、お、おいしい……!!すごく、すごく、おいしい!!!
これまで食べていた「オイスターソース」とはまったくの別物です。
(というか、これまで食べていたものは何だったんだ……)
この味を知ったら、もう元には戻れない……。
市販品とはまったく異なるフレッシュな香りで、液体はサラリとしています。
雑味がまったくなくて、さわやかなうま味だけがストレートに感じられます。
そして、これがたったの50分で出来上がるなんて……。

この想像以上のおいしさと手軽さを、ぜひ、みなさんにも知っていただけたらうれしいです。
3月18日頃から、順次、書店に並びます。
どうぞ店頭でお手に取って、ご覧ください。(担当:長谷川)

01見開き1_DSC7195

01見開き2_DSC7206

新編集長からのご挨拶

2020年01月24日

あいさつIMG_0859_決
前列右から小林、長谷川、平田、北川、高野、佐々木、田村、中村
後列右から井田、菅原、上野、村上、圓田、久我、宇津木、空地

はじめまして。今号から編集長となりました、北川史織と申します。
この場をお借りして、いったい何をお伝えしたらいいものか、書いては消し、消しては書きをくり返しましたが、もうそろそろ時間切れ、まずは自己紹介をさせてください。
私は『暮しの手帖』編集部に入って9年4カ月、これまで副編集長を2年半ばかり務めてきました。「この雑誌をつくりたいなあ」と入社を志したのは、ただひとつ、表紙をめくるとある「これは あなたの手帖です」から始まる言葉に惹かれたからなのです。正直、この言葉を書いた初代編集長の花森安治のことも、雑誌が持つ歴史についても、ほとんど何も知りませんでした。おそろしいですね。

転機はおそらく、連続テレビ小説『とと姉ちゃん』が放映された4年ほど前に、この雑誌の歴史を振り返った別冊をつくったことでしょう。1948年の創刊号から1978年の第2世紀52号まで、花森安治が編んだ152冊の『暮しの手帖』は、企画もビジュアルも圧倒的に素晴らしくて、どの頁からも、腹の底から読者にまっすぐに語りかける「地声」が聴こえてきました。
本音を言いながらも、掲げる理想がちゃんとある。真摯だけれど、ときにユーモアたっぷり。そしてまた、読者の投稿頁の、知性と人間味があふれる面白さといったら。雑誌を通して、読者とつながりあう。「これは あなたの手帖です」の意味が、胸にすとんと落ちた気がしました。

「9代目編集長」という重いバトンを手渡されたとき、まず考えたのは、この「地声」のことでした。告白するまでもなく、私は花森安治のような天才編集者では決してなくて、自分を10人束ねたって、とうていかないっこないことはよくわかっています。
けれども、私は『暮しの手帖』が好きだし、この雑誌を愛してくださる人たちが好きだ。もし、私たち編集部員がこの時代を怯まずにしっかりと見つめ、読者と世の中に語りかける「地声」を持ちえるなら、私たちにはまだ、果たせる役割があるんじゃないかな。花森さんが亡くなって42年、世の中には相変わらず怒るべき理不尽がはびこり、私たちの小さくとも大切な「暮らし」は不安におびやかされているのだから。
そう思ったのです。

4号の巻頭企画のタイトルは、じつはなかなか決まりませんでした。
「丁寧な暮らしではなくても」。そんな言葉が胸の奥からすっと浮かび上がってきたのは、たぶん私のなかにずっと、「丁寧な暮らし」というフレーズにたいする懐疑があったからだと思います。
でもどうか、誤解しないでくださいね。私は、「一日一日を丁寧に送ること」を否定したいわけじゃありません。ただ、そうした暮らしぶりの中身は一人ひとり違っているはずなのに、「丁寧な暮らし」というラベルを貼ったとたん、のっぺりと無個性に思えてしまう。「そういうのは、ゆとりのある人だけにできることじゃない?」なんて、やっかみも生まれる。それがどうにもいやだったのです。
この企画で取り上げたのは、長野県の小さな集落で暮らす、写真家の砺波周平さん、志を美さん一家の生きざまです。若い働き手として集落に身を置くことは、ときに面倒な人間関係に揉まれることも。愛する家族はそれぞれが「個人」であり、日々小さないさかいもあるけれど、周平さんはそれらを丸ごとひっくるめて「いとおしい」と言います。
それはなぜ? というところは、ぜひ、記事をお読みになってつかんでいただけたらうれしいです。ただひとつ言えるのは、丁寧であろうとなかろうと、私たちの暮らしに必要なのは、自分なりの「納得」ではないでしょうか。いのちを支える「食」さえも、お金を出せば、ひとつも手を動かさずに賄えてしまう時代です。大きなものに巻かれず、自分の手と知恵をはたらかせて、一生懸命に、正直に、素のままに生きていこう。4号には、そんな思いをこめました。
たいへん長くなって、失礼しました! 私たち編集者自身が、かっこうつけず、等身大でみなさんに語りかけてゆく。そんな「地声」を持つ『暮しの手帖』をつくっていけたらと思います。どうかこれからも、「あなたの手帖」をお支えください。

『暮しの手帖』編集長 北川史織

4号表紙右DSC_0145

04砺波さんDSC_0150

暮しの手帖別冊『暮しの手帖の傑作レシピ 2020保存版』が発売になりました。

2019年12月05日

表1DSC_0010

2011年から2019年にかけて、本誌『暮しの手帖』でご紹介した料理は1800品超。
そのなかから、
日々、料理記事の試作・検証を繰り返す私たちが
「これは秀逸のおいしさ! 作りやすさ!」と
太鼓判を押す130品の「傑作レシピ」を1冊に集めました。
指導してくださったのは、総勢42名の人気料理人・料理家の方々です。

たとえば、材料を重ね入れた鍋を、オーブンで加熱するだけで出来上がる
坂田阿希子さんの「アイリッシュシチュー」。
ラム肉のさっぱりとした脂が野菜にしみ込んで、
やみつきになるおいしさです。
(第一章「心を満たすスープと煮込み」より)

たとえば、「野菜は玉ねぎさえあればあとはなくてもいいくらい」と、
教えていただいた飛田和緒さんの「焼き餃子」。
いろいろな野菜をみじん切りにして、塩をして、しぼって……
という手順が必要ないところが気楽で、飽きのこない味わいです。
(第4章「わが家の定番料理」より)

たとえば、塩をすり込むだけ、わずか2分で仕込める、
ワタナベマキさんの「塩豚」と、それから展開する
「塩豚とかぶの蒸しもの」「ゆで塩豚のサムギョプサル風」。
塩豚は仕込んだ翌日から使えて、冷蔵で1週間保存でき、
忙しい日々の食卓を助けてくれます。
(第二章「スピード勝負の平日料理」より)

ほかにも「常備野菜で飽きないおかず」「年末年始のご馳走帖」
「魚介の料理が好きになる」「仲間と集まる日のレシピ」などなど、
盛りだくさんの内容です。
台所のそばに1冊、置いていただけたら、
いろいろな気分、様々な日に、役立てていただけると思います。(担当:長谷川)

煮込みDSC_0027

焼きぎょうざDSC_0047

塩ぶたDSC_0034

◎ブラームスの4番がしみる。

2019年11月24日

3号表紙_右DSC_0104

◎ブラームスの4番がしみる。
──編集長より、最新号発売のご挨拶

こんにちは。
「啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々」(水原秋桜子)
そんな季節。
東京にも木枯らしが吹き、私たちも「いそがねば」と焦る。何をいそぐのかはわからないけど。
そんな季節です。
滋賀県の実家で一人暮らす老母に電話したら、「なんか気持ちがすーすーして、さびしいねん」と呟きました。「晩秋やからかなあ……いくつになってもあかんなあ……」「柿の木の上のほうの柿を見てもせつなくなる……」。母はいま90歳。おかげさまでとても元気ですが、心は弱る、そんな季節。
私も──そうは見えないかもしれませんが──とても感傷的な気性で我ながら弱っちい。夜はとくに「あかん」。いまもよせばいいのに、ブラームスを聴いたりしています。あーしみる。
中学、高校の頃から秋冬はそうだったなー。自分の部屋で、はかどらない勉強セットを目の前に広げ、しかし心はトランジスタラジオに。
滋賀の田舎から、遠い遠い東京の深夜放送、ガーガーザーザーという雑音の向こうに聞こえてくる音楽に耳を澄ませていました。「レモンちゃーん!」(落合恵子さんのことね)、「チンペイさーん!」(谷村新司さんのこと)なんてね。
この季節にかかるのはバラードが多い。
バッドフィンガー「明日の風」、なつかしいね。ビョルンとベニー「木枯しの少女」、ヴィグラス&オズボーン「秋はひとりぼっち」、アルバート・ハモンド「落葉のコンチェルト」、ミッシェル・ポルナレフ「愛の休日」……知っていますか?(可能な人はぜひ検索して、聴いてみてくださいね)。読み上げられるポップスベストテンを必死でメモしたものでした。あのノートはまだ実家にあるかなあ?
いまでも、ずっと聴いています(古い曲もすぐに聴ける便利な時代になったね)。
もちろんヒットソングだけではなく、映画のサントラも、ジャズも、クラシックも、どれもこれも、しみるー。
冬です、冬だ。

さあ、『暮しの手帖』もWINTER=第3号です。
今号の表紙画は、イラストレーター秋山花さんの「The color of the birds 鳥はいろんな色」。まだ2歳だった息子さんが「鳥はいろんな色なんだよ」と言ったその言葉、彼の塗った鳥の絵に「はっとした」。そのときの「気付きを記録した」作品だそうです。ぜひ書店で、花さんの鮮やかな色づかいをお確かめください。
いつものように、これからしばらくそれぞれの担当者が特集のご案内を致します。おつきあいのほど、どうぞよろしくお願いします。

それともうひとつ。私はこの号をもって編集長を退き、京都・滋賀の家族の元に帰ります。2016年の第4世紀80号から第5世紀3号までちょうど24冊、4年分を務めさせていただきました。振り返ると……とても楽しかった!
ご挨拶は本号の「編集者の手帖」にしたためております。よろしかったら、お目通しください。
ありがとうございました。

あー、ブラームスの4番がしみる。

編集長・澤田康彦

瀬尾幸子さんとタッグを組んだ別冊『素材がわかる料理帖』、本日発売です!

2019年10月11日

01瀬尾別DSC_0079

瀬尾幸子さんとタッグを組んだ別冊『素材がわかる料理帖』、本日発売です!

本誌に登場する度に、たくさんの反響が届く瀬尾幸子さんの料理。
どこにでもある材料を使って、簡単で間違いなく美味しく作れるレシピが、いつも大好評です。
そんな瀬尾さんと、「一生モノのレシピ本を」という思いで編んだ別冊が、今日店頭に並びます。
テーマにしたのは、素材。
青菜、大根、キャベツなどの野菜や、お肉各種、お魚など、おなじみの素材たちが主役です。
この素材のおいしさを引き出すための様々な知識やコツ、レシピの数々を、瀬尾さんのユニークな言葉を軸に紹介する作りになっています。
なぜ素材がテーマなのでしょう?
それは、日常で料理するときの、一番多いシチュエーションを考えてのこと。
冷蔵庫をのぞいて「今日なにがあるかな」とか、スーパーに行って「今日はなにがお買い得かな」と見て、今あるものや手に入るもので料理する。
この本は、そうした日常の料理づくりに即したものになっているのです。
日常の料理は、まず素材ありき。
けれど、「いまあるもので料理する」って、特に料理に慣れてない人にとっては、ときに難しく感じますよね。そこに、瀬尾さんは明確に答えを出しています。
「どんな素材でも、その素材のおいしさを引き出すことができれば、その料理はおいしく仕上がる」という答えです。
だからこの本では、瀬尾さんが太鼓判を押す「素材のおいしさを引き出すコツ」を、レシピに入る前に紹介する作りにしました。自然にコツを意識しながら料理できるので、料理は間違いなくおいしく仕上がります。
ご紹介する素材は全部で23種類。
瀬尾さんが「これさえ知ってれば日常には困らないよ」という素材を厳選しました。
素材の数は多くはないのですが、例えば、瀬尾さんが特に「使い勝手がいい」と思っているキャベツは、おいしさを引き出す調理法を3つ紹介しています。
ナスは4つも紹介しています。
「同じ素材でも違う楽しみかたがいくつもあるんだから、同じような素材を繰り返し使っても、日常の料理は困らないし、楽しいんだよ」と、瀬尾さんは言います。
なんだか気がラクになりませんか?
最後に、この本の案内役をご紹介しましょう。表紙をはじめ、全編に登場するのは、瀬尾さんの分身、「瀬尾ハリネズミ」。
不思議なキャラクターは、瀬尾さんの友人でもある画家の牧野伊三夫さんが、瀬尾さんをイメージして描き下ろしました。
かわいいイラストとともに読み進めるうちに、自然と「さあ今日も料理するぞ!」という気持ちになるはず。
素材を味方にすれば、料理は楽しい。
1人でも多くの方が、そんなふうに思ってくれますように。(担当:田島)

瀬尾別02DSC_0081

瀬尾別03DSC_0083

※目次は下記のリンクよりご覧いただけます。
http://www.kurashi-no-techo.co.jp/bessatsu/e_2099.html

赤い猫が目印です。

2019年09月24日

表紙正体_DSC7029

赤い猫が目印です。
──編集長より、最新号発売のご挨拶

こんにちは。
7月、どきどきしながら送りだした第5世紀1号が、おかげさまで記録的な売れ行きを示し、ほっと安堵、心から感謝申し上げる編集長であります。
ありがとうございます。
新しい表紙はいかがでしたでしょうか?
1号は今井麗さんの「ポトフ」でしたが、続く2号は、画家・絵本作家のミロコマチコさんの「ベランダにくるキジトラ」です。
そう、第5世紀の表紙は描き手が毎回替わるのです。
今回は白い表紙いっぱいに座る野良猫。なぜか真っ赤です。
ああ、赤い猫といえば、個人的には、昔むかしの『鉄腕アトム』の「赤いネコの巻」を即座に思い出します。しゃなりとした「赤いネコ」が、ヒトの言葉をしゃべるんですよ。
武蔵野の美しき丘陵。緑豊かな森や林が舞台です。次々と山を削り、木々を切り倒す人間の所業に動物たちが反乱を起こす。人間は自然の敵だ。物質文明への警鐘を鳴らすと同時に、滅びゆく緑に哀惜をたっぷりこめて込めて手塚治虫さんが描いた傑作です。ヒゲオヤジが国木田独歩の『武蔵野』を口ずさみながら散歩する冒頭のシーンがいいなあ。もう長いこと読んでないけれど、あれは秋の晴れた日の物語だったように勝手に記憶しています(ちがっていたらゴメンなさい)。
武蔵野にはつくづく秋が似合います。井の頭公園なんかも秋がいちばんいいと思う。落ち葉の季節には歩きたくなる。
赤い猫(がいるとしたら)、その散歩も秋が似合う。そして、こんな猫がさわやかな秋の日、ベランダに来てくれたらよいなあ、とも。
ミロコマチコさんは「(野良猫は)ある時を境に姿を消すことがある。いつもこれが最後かもしれないと思うと、絵を描かずにはいられなかった」と語っていらっしゃいます(「今号の表紙画」より)。それ、よくわかりますね。ぼくは絵ではなく写真を撮ることが多いかな。

……って、すみません。表紙からとりとめのないお話になってしまいました。
2号は、そんなこんなで(どんなこんなだ?)秋が来て嬉しい、その嬉しさをたっぷり詰め込みました。
巻頭の詩歌特集「秋燃ゆ」から、「うちのアイデア丼」「料理家6人の探求レシピ」や、「40歳からの体づくり」等々、お役立ち記事もいっぱいです。
ぜひ本屋さんでお手にとって、表紙の猫、そして中味をお確かめください。
例によって、明日から各担当者がご案内致します。どうぞお楽しみに!

編集長・澤田康彦

さあ、新しい世紀の始まりです!

2019年07月24日

表紙_回転

さあ、新しい世紀の始まりです!
──編集長より、最新号発売のご挨拶

「ある日、ポトフを作ろうとしたら、じゃがいもが見当たらず、代わりに紫芋を入れました。にんじんと紫芋の鮮やかなコントラストが美しく、思わず絵筆を走らせました。箸がスッと通る野菜の柔らかさや、澄んだスープの表現がうまくいったと思います」
このほっこりする文章は、表紙画『ポトフ』に寄せて。
第1号に描いていただいた画家・今井麗(うらら)さんによるものです。
(今井さんには、前号でシフォンケーキを焼いていただいたり、別冊『暮らしのヒント集 5』にもご登場いただいたりしています。)

さあ『暮しの手帖』の、新しい世紀の始まりです。
2007年の第4世紀26号から100号に到るまでの75冊、約13年間、ずっと描き続けていただいた仲條正義さんからバトンタッチされた表紙画は、今回より号替わりで、さまざまな画家・イラストレーターの方々にお願いすることになりました。
共通テーマは一言──「暮らし」です。
その第1回目が、この『ポトフ』。
「うまくいった」と今井さん。本当にそんな素敵な絵であります。
実際の表紙は、ぜひ本屋さんでご確認ください。
そして絶対、中を開いてじっくりご覧ください!
第1特集は「ちゃんと食べてゆくために」60頁。
第2特集は「自分らしい暮らしを見つけたい」34頁。
新連載もたっぷり加えた大増頁でお届けします。
詳しいご案内は、このあとからの各担当者に委ねますが、どの企画も、新世紀を迎えるにあたって、編集部員みんなで「これからどんな雑誌をつくってゆくべきか」、真面目に議論を重ねて編んだ第1号です。
雑誌をつくるということは、美しい未来を思い描くこと。
一人一人の暮らしがいちばん大切。
これからも広告をとらず、読者と向かいあって。
目指す方向は、70余年前の創刊の頃から変わりません。
どうか第5世紀の旅も、私たちとともに進んでいただければと願います。

第5世紀第1号。 
うまくいった、そう思います。

編集長・澤田康彦

『なんにもなかった 戦中・戦後の暮しの記録 拾遺集 戦後編』を発売しました!

2019年07月22日

戦中戦後シリーズ

◎創刊70周年記念出版 「戦中・戦後の暮しの記録」第3集 完結編
『なんにもなかった 戦中・戦後の暮しの記録 拾遺集 戦後編』を発売しました!

構想から足かけ3年……、庶民の戦争体験を集めて書籍化する本プロジェクトは、最新刊の『なんにもなかった 拾遺集 戦後編』をもって完結となります。

『なんにもなかった』では、1945年8月15日の「玉音放送」前後の出来事が軸となる記録を集めています。
なかに、こんな証言がありました。

焼夷弾の落ちた穴に、進駐軍が捨てた残飯をさらって食べていた。
そこに肉切れがあれば水道で洗って、闇市で売るともうかった。
衣服は着たままで、衿や袖口は、あかと鼻汁をこすったあとで、てかてかひかり、みんなどぶねずみのような汚い姿をしていた。
空襲の焼け跡に何か残っているものはないかと探したが、我が家がどこにあったのかもわからないほどに焼けてしまっていた――。

終戦の実感はというと、
日夜続いていた空襲がなくなって、安心してお日様の下を歩くことができるようになったこと。夜は部屋を明るく灯しても、誰にも咎められなくなったのがうれしかったこと――。
そんな、ささやかなことからだったそうです。

突然国を失くし、家族を亡くし、明日をも知れぬ大混乱があっても、生きることを諦めなかった方々がいました。
ここには、そんな命懸けの明け暮れだった「あの日々」を、必死に生きた人の言葉があります。生きることのできなかった言葉無きたくさんの人々の思いも背負って。

新しい元号でのはじめての夏を迎えています。
そして、戦争の実感を持たない人だらけの世の中はもう目の前です。
この今の安穏と思える時間が、わたしたちを無知でいることに慣れさせ、次の不幸を生む土壌を作らないよう、あの日々に起きていたことを伝えてゆきたい。
戦後が「戦前」とならないために。

この三冊はぜひ揃えて、次の世代、そのまた次の世代、さらに未来の世代へと残し、つないでいただきたいと、心から願っています。
(担当:村上)

愛されるレシピがずらり。100号は保存版です! ──編集長より、最新号発売のご挨拶

2019年05月25日

表紙DSC_0060

キッチン工事IMG_0774
工事中のキッチンの様子

4月から内神田に引っ越しして、ぴかぴかのオフィスで働いています。
キッチンの方から「ずがががが」「とんかんかん」と音が響くのは、遅れてスタートした台所の敷設工事。
そう、わたしたちの編集部には「検証」(試作・試食)のためのキッチンが必須なのです。
今月末の完成が待たれます。完成と同時に次号の料理記事の試作に入るのです。みんながスタンバイしているので、混むだろうなあ……順番順番!
新しいダイニングでの試食、とても楽しみです。

オフィスの入り口の書棚には、私たちと一緒に引っ越してきた『暮しの手帖』の全バックナンバーが並びました。
「お客さま、私たちの70余年をご覧ください!」って感じです。
創刊は1948年。いい色に変色した『美しい暮しの手帖』のころ。
さかんに商品テストが行われた50〜60年代。
『戦争中の暮しの記録』大特集号を経て、69年に入った第2世紀1号からはサイズも大判となり、カラーページも増え、社会的メッセージもかなり色濃いものとなっています。78年53号が花森さんの表紙絵の最後で、次号より藤城清治さんに変わりました。
1986年の第3世紀1号から100号までの表紙絵は、ご存じでしょうか、クレール・アステックスさんです。
2002年の第4世紀1号から数号はさらに大判でしたね。そして、今月この号でまた100号。第4世紀が終わり、次号からまた1号、第5世紀突入です。
現在ぴったり400冊。編集長もデザイナーも、もちろん社員もどんどん変わり、形を変え続けた『暮しの手帖』です。それぞれの号には昭和であれ平成であれ、それぞれの年の空気が保存されています。

今号では、記念企画として、各界の愛読者(と私たちが決めつける)方々に、
──『暮しの手帖』第4世紀の号で、あなたがくり返し活用する料理レシピは何ですか?
という問いを投げかけてみました。
どきどきして待っていると、大勢の方から、バラエティ豊かで、温かなレスポンスが返ってきました。
それからはけっこうな騒ぎで、料理家の先生宅にお連れしたり、ご自宅に押しかけたり……今号のメイン特集は、そんな16人の素敵な“愛読者”さんたちの、リアルな暮らしぶりのルポであり、かつまた愛されるレシピたちの完全再録、すなわち完全保存版となっているのです。
……と、そんな特集をはじめ、これからしばらく各担当者がまた当欄にて、100号の内容報告をさせていただきます。
おつきあいのほど、どうぞよろしくお願いします。
そして来たるべき1号にもぜひご期待ください。

編集長・澤田康彦


暮しの手帖社 今日の編集部