森のアトリエ雑記

小林賢太郎

第12回 森を歩く

2026年02月25日

よく森の中を散歩します。アトリエの周り、およそ40分間のコース。けっこう高低差があるので、散歩というより、トレッキングかな。トレッキングシューズ履きますし。息が上がりますけど、酸素が濃いので大丈夫。ぐいぐい歩きます。

さあ、早速、森の散歩に出かけましょう。街と森。歩いてて感じる違いは、まず、地面。落ち葉の上は柔らかくて、踏み心地がいいです。サクッ、サクッ、サクッ……。いかがですか。コンクリートジャングルにお住まいの皆さん。このやわらかな足音を、久しく聞いてない人もいるんじゃないでしょうか。

トレッキングコースの中に、竹藪を抜けるところがあります。風が吹くと竹どうしがぶつかり合って、「ロン……、ロロン……」と鳴きます。まるで、山が演奏する木琴です。

森を抜けた里山には、農家さんがちらほら。畑は、いつも季節を教えてくれます。冬は堆肥を撒く時期みたいで、なんとも懐かしい臭さが漂ってきます。確かに臭いんですけど、いやじゃないんです。「ああ、もうそんな季節か」って思います。

感触、音、におい……。歩くと、いろんなことを感じます。そして、いろんなことを考えます。アイデアがまとまったり、経験や出来事に解釈が生まれたり。かつての哲学者たちがよく歩いていたというのも、うなずける話です。

森を歩きながらよく考えるのは、
「僕はなぜ森にいるんだろう」
ということ。別にね、創作は森じゃなくてもできるんですよ。脚本のアイデアを考えることも、絵を描くことも、舞台美術をデザインすることも。机と椅子さえあれば、どこでも。近頃も渋谷で仕事があった際、合間にカフェで執筆しました。

それでも僕が森にいたい理由。それは、森にいれば人間が僕を訪ねて来ない、っていう絶対の安心感があるからです。
森には、
「あれ? コバケンさんじゃん。お疲れさまです」
と、声をかけてくる俳優やスタッフもいません。
「賢太郎さんですか? 握手してください。写真撮ってください。サイン書いてください。あと、ここと、ここと、ここに、ハンコを押してください」
なんてことだって、ない。

現れるのは、人間以外の森の仲間たち。おや、立派なキジがいますよ。紫色の首、赤い隈取。さすが、かつては1万円札にもいた、日本国の国鳥。ものすごい風格です。森の中でキジに出くわすと、ちょっと違和感があるくらいのスター性があります。「コオン! コオン!」と、鳴きます。威嚇でしょうか、それとも「どうだ、俺、かっこいいだろう」という、自慢でしょうか。

都会にいれば、人との距離はどうしたって近いです。かつて、恵比寿だの世田谷だのにアトリエを構えていた頃もありました。俳優、スタッフ、その他、多くの知り合いが、「コバケンはだいたいあそこにいる」ということを知っていますので、「ちょいと一杯どうですか」なんて、ちょいちょい誘われていました。僕も誘われると嬉しくて「じゃあ、まあ、ちょいと一杯だけ」のつもりで呑み始めて、いつのまにやら梯子酒。これが執筆のためになるわきゃないよ。

さあさあ、森の散歩を続けましょう。人工物がほとんどないので、目に入ってくるのは、茶色や緑色といったアースカラーばかり。ここにいれば、目がよくなりそうです。
そんな中で、ショッキングな光景を目の当たりにしました。山道の少し開けた所に、ちっともアースカラーじゃない、ビニールというか、プラスチックというか、おそらくエアコンのパーツであろう管みたいなものが、たくさん捨ててあったのです。不法投棄です。

すごく悲しい気持ちになりました。これ、いつか、誰かがなんとかするんだろうか。捨てた人が取りにくるとは思えないし。じゃあ、僕がどうにかした方がいいんだろうか。いろんなことを考えました。

高速道路の出入り口の路肩って、なんかゴミが落ちてません? 誰かが車の窓から捨てたであろうゴミが。ペットボトルも、コンビニ袋に入ったゴミも、自然に消滅することは絶対にありません。捨てた人がどういうつもりなのか、僕は一生理解することができないと思います。あと、電話で老人からお金を騙し取る人とかも、絶対に分かり合えないでしょう。

僕、人間は大人になったら、性格が悪い人はいなくなるんだと思ってたんです。子供の頃って、いたじゃないですか。嘘つくやつとか、自分さえよければいいってやつとか、意地悪するやつとか。でもね、本当に残念なことですが、大人になっても、いるんです。嘘で人をあざむく人。自分さえよければいいと思っているずるい人。意地悪をする人。そんなことをしたら、誰かがいやな気持ちになったり、傷ついたりすることくらい、分かっているはずなのに……。

これを「なんで」「どうして」って考え始めると、ますます辛くなります。なぜなら、「なんで」「どうして」に答えがないからです。その嘘や意地悪に理由があるとすれば、それは、その人が「そういう人」だからなんだと思います。「そういう人」には、どんなにこちらが誠意を持って話しても、言葉は通じません。

さらにトレッキングコースを進むと、他のアーティストさんのアトリエなんかもあったりします。庭先で、犬に吠えられました。それはもう、かなり激しく吠えてきました。
「違うんだよ、僕は怪しいものではないのだよ」
と言っても、通じません。犬ですから。でも僕には、話が通じない人間の方が怖いです。

これは誰にとってもそうだと思いますけど、世の中には、「話しても通じない人」とか「価値観が違う人」っていうのは、ある程度いるものです。

脚本家・演出家のことを、所有物のようにコントロールしようとする人に、これまでに何人か会ったことがあります。そういう人にとっては、僕が0から1をつくることは当たり前なんです。その人がどう生きるかは、その人の自由です。その生き方が幸せなら、それでいいんだと思います。ただし、僕には、分かり合うことができません。

……でもまあ、僕なんて恵まれてる方なんだろうな、とも思います。だって、今は平日の昼間です。こんな世の中がバリバリ動いてる時間に、森の小道をうろうろしている劇作家。ちゃんと社会人をやっている人からしたら、ずいぶん呑気に見えることでしょう。きっとみんな、いろんな人や事情にかこまれて、働いているんだろうな。「話しても通じない人」や「価値観が違う人」に悩まされながら……。本当に、お疲れ様です。

さあさあ、森を一周して、アトリエに戻ってきました。いやー、寒かったけど、少し汗ばんでいます。ああ、気持ちよかった。さて、キジと犬には会えましたね。でも、猿には会えませんでした。僕は桃太郎にはなれません。悪い鬼を退治することはできないです。だから、せめて僕たちは僕たちで、平和に過ごしていきましょう。

つづく

絵と文 小林賢太郎


小林賢太郎(こばやしけんたろう)
1973年生まれ。横浜市出身。多摩美術大学卒。脚本家・演出家。コントや演劇の舞台作品、映像作品、出版など。2016年からアトリエを森の中に構えて創作活動をしている。