恋しいキッチン

カヒミ カリィ

第15回 父に作ったカレーチャーハン

2026年06月03日

私がまだ小学生だった頃、仕事の休憩で自宅に戻ってきた父に、お昼ごはんを作ったことがありました。父は医師で、自宅で開業をしていました。病院の最上階が住まいになっていて、子どもの頃の私は、父が白衣のまま仕事場と家を行き来する姿を、日常の風景として見ていました。両親は共働きで、しかもわが家は六人兄妹という大家族。毎日の食事は、通いのお手伝いさんが昼と夜に作ってくれていました。

父は健康にとても気を使う人で、平日の昼食はほとんど毎日けんちんそばと決まっていました。鶏ささ身に、ごぼう、にんじん、大根、小松菜、こんにゃくなどがたっぷり入った具だくさんの汁は、たしかにおいしくて、体にも良さそうでした。子どもの私にも、それはよく分かりました。

けれど、毎日同じものを食べてよく飽きないなあと、不思議に思っていたものです。

ちなみに、午前中だけ授業があった土曜日には、子どもたちのお昼ごはんもまた、ほとんど決まっていました。それは、ケチャップ味のミートソーススパゲティ。今思い出すと、あれはあれでとても恋しくなる味なのですが、私たちは皆すっかり飽きていて、味気なく食べながら、皿についた赤いソースをフォークで引っ掻いて模様を描いたりしていました。おなかは満たされているのに、どこか退屈。そんな土曜日のお昼でした。

ある土曜日のことです。

学校から帰ってくると、父が仕事場から自宅に戻ってきていました。ところがその日は、お手伝いさんがお休みで、お昼ごはんが用意されていなかったのです。父の昼休みは長くありません。おなかを空かせた父を見て、私は「何か作ろう」と思いました。

冷蔵庫を開けてみると、けんちん汁に使うような食材や、玉ねぎなどが入っていました。そこで私が思いついたのが、カレーチャーハンでした。それには理由がありました。夏休みなどに祖父母の家へ泊まりに行くと、祖母がよくお昼ごはんにカレーチャーハンを作ってくれたのです。すてきなブルーの器によそわれた黄色いチャーハンは、本当においしくて、子どもたちは「毎日これがいい」と祖母にお願いするほどでした。

祖父(左)と祖母(右)。

祖母の作るカレーチャーハンにはハムが入っていました。その日、ハムはなかったけれど、ささ身で代用すれば何とかなりそうでした。父の昼休みは一時間。手早く作らなくてはいけません。私はやる気満々で、野菜を切り始めました。

実は私は、昔から少し大ざっぱな性格で、材料の切り方もわりと適当です。ところが祖母は、野菜の大きさをきちんとそろえ、驚くほど丁寧に細かく切る人でした。その几帳面さは、外科医だった父や、その後麻酔科医になった妹にも受け継がれていて、まるで定規で測りながら切っているみたいだと、いつも感心していました。私は彼らの丁寧な仕事ぶりを見ても、普段はあまり見習おうとは思っていませんでした。けれど、その日は違いました。祖母のカレーチャーハンを父に作るのなら、これはきちんと切らなければ。幼な心にそう思ったのです。

「油を入れるのは、フライパンが熱くなってからよ」

「お肉を切ったら、まな板と庖丁はすぐ洗ってね」

「おしょう油は鍋肌から少し入れて、ジュッとさせるのがコツよ」

祖母に教えてもらった言葉が、次々と思い出されました。集中して、丁寧に。でも、手早く。胸の中で何度もそう唱えながら、小学生の私は台所に立っていました。

今思えば、きっとずいぶん危なっかしい手つきだったことでしょう。野菜を切り、具材を炒め、ご飯を入れ、カレー粉の黄色が全体に広がっていくのを見ながら、私は必死でした。焦がさないように、でもべちゃっとならないように。祖母のあの味に少しでも近づきますように。そんな気持ちでフライパンを動かしていたように思います。そしてどうにか、けがをすることもなく、カレーチャーハンが出来上がりました。

食器棚を開けて、どの器に盛りつけたら一番おいしそうに見えるかも考えました。子どもなりに、ただ作るだけではなく、父に喜んでもらいたかったのです。

「パパ、できたよ!」

そう声をかけると、父はうれしそうな顔をして食卓につきました。

「おぉ、カレーチャーハンか」

父はそう言って、ひと口食べました。そしてすぐに、

「おいしいねぇ。料理が上手だね」

と褒めてくれたのです。

若い頃の父(左)と祖父(右)。

父は優しい人でしたが、しつけには厳しい人でもありました。子どもに対して、むやみに褒めるタイプではなかったと思います。だからこそ、あの時の一言は、私の中にとても深く残りました。父が本当にうれしそうに食べてくれたこと。自分の作ったものが、誰かを喜ばせたこと。その驚きと誇らしさを、私は今でもはっきり覚えています。それ以来、父は時々、土曜日のお昼時になると、私に「何か作ってくれるかい?」と聞いてくれるようになりました。

私はまだ子どもでしたから、冷蔵庫の中身をきちんと把握していたわけではありません。父からのリクエストも不定期でした。だから毎回、冷蔵庫にあるものを見て、その場で思いついた料理を作っていました。それは私にとって、とても楽しく、幸せな時間でした。

何を作ったら喜んでくれるだろう。どの器に盛ったらおいしそうに見えるだろう。味は濃すぎないかな。熱いうちに出せるかな。そんなことを考えながら台所に立つ時間は、ただの家事ではありませんでした。小さな私にとって、それは誰かのために何かをする、初めての喜びに近かったのかもしれません。

私が料理を好きになったルーツは、もしかしたら、父に作ったあのカレーチャーハンにあるのかもしれません。

最近、自分のために作るごはんと、誰かのために作るごはんは、私の中でかなり別のものなのだと感じます。家族や友人のために作る時は、喜んでもらいたい気持ちが先に立ちます。レシピを考え、材料をそろえ、少し手間をかけても丁寧に作りたくなります。けれど、ひとりで食べる時は、ヘルシーさや手軽さを優先することが多く、気づけば同じようなものを繰り返し食べていることがあります。あれ、それって父に似ているのかも。

毎日けんちんそばを食べていた父を、子どもの頃の私は「よく飽きないな」と不思議に思っていました。けれど今の私は、自分のための食事となると、案外父と同じようなことをしているのです。意外なところにDNAのつながりを見つけたようで、ふっと笑ってしまいました。

料理は、味だけでできているわけではないのだと思います。

祖母のブルーの器。黄色いカレーチャーハン。父の昼休み。熱いフライパン。鍋肌に落としたしょう油の音。そして「おいしいねぇ」という、たった一言。それらが全部混ざり合い、今も私の中で湯気を立てているようです。

さて、今夜は何を作ろうかな? 誰かの顔を思い浮かべながら台所に立つ時、私は今でも、あの幼い頃の自分に少し戻っているのかもしれません。

文・写真 カヒミ カリィ


幼い頃の私。


カヒミ カリィ
ミュージシャン、文筆家、フォトグラファー。1968年生まれ。
フランスで約8年、アメリカで約13年暮らし、2025年春に日本へ帰国。
『暮しの手帖』の連載「すてきなあなたに」にも寄稿。
Instagram:https://www.instagram.com/kahimikarie_official/