森のアトリエ雑記

小林賢太郎

第9回 森の台所

2025年11月26日

裏庭に転がしておいた丸太から、大量のキノコが生えてきました。シイタケっぽいのとか、キクラゲっぽいのとか。「っぽい」というだけで、これがシイタケなのかキクラゲなのか、確証は持てません。でもまあ多分大丈夫だろうと思って、収穫して、バターでソテーして食べました。翌朝、目が覚めたら、僕はキノコになっていました。シメジっぽいキノコです。
「うーん。まあ、いいか」
出かけてみることにしました。4センチくらいしかないので、歩くスピードがすごく遅い。遠出は難しそうです。しかたなく、キノコらしく、じっとすることにしました。キノコとして生きていく上で、自分が “ ナニダケ ” なのかを、自分で決めることにしました。「ワライダケ」っていう、いかした名前のキノコがあることは知っていましたので、「ワラワセダケ」にすることにしました。けれど、キノコですので、しゃべれません。人を笑わせることは極めて困難です。とりあえず、どこにいれば面白いかを考えました。傘立てで斜めに立っている釣竿に登って、先端に立ってみました。釣竿の先端に立っている、小さなキノコ。これはこれで、なかなか面白いのではないだろうか。しかし、僕のアトリエには僕しかいませんから、誰も見てくれません。悲しいですね。誰かに笑ってほしい。「ワラワセダケ」じゃなくて「ワラワレダケ」でいいので……。

ということになりかねないので、生えてきたキノコは食べないでいます。秋ですね。今回は、森のアトリエの、食に関するエピソードです。

若いころは、仕事中の食事といえば、書く手を止めずに片手で食べるようなことが多かったです。サンドイッチとか、カロリーメイトとか。コンビニのおにぎりを移動中の車の中で、なんてこともありました。忙しさにかまけている自分が、なんか「頑張ってる感」があって、楽しかったんですよ。でも、いいかげん大人になりまして、食事の時間を大事にしようと思うようになりました。

脚本執筆の手が止まってしまったとき、なにか食べたら書けた、なんてことがよくあります。やはり、創作にはエネルギーが必要です。
「つくる」=「生きる」=「食べる」
です。
つまり、「食べる」は、「つくる」と同じくらい大切だということ。「ながら」ではなく、食べるときは、きちんと筆を置き、食べることに集中する。そして、再び原稿用紙に向き合ったとき、新しい発想の扉が開いたりするのです。「攻めの休憩」ってやつですね。

アトリエは森の中過ぎて、徒歩圏内にレストランなどはなく、なにか食べたいものがあっても、おいそれと外食には行けません。となると、自分でなんとかするしかない。アトリエには、ちゃんと台所がありまして、なかなかに活躍しています。スタッフ曰く、僕は忙しいほど料理をするそうです。もしかすると、作品づくりに没頭し過ぎているときに、あえて頭の方向を変えようとしているのかもしれません。料理ってある程度集中力がいりますからね。

もともと料理は好きです。学生のときには中華鍋にハマってて、チャーハンばっかりつくってました。大人になって飲食店の友人が増えて、いろいろ教わっているうちに、なんだかそれなりのものをつくるようになりました。知り合いのシェフにプレゼントしてもらった庖丁は、ものすごい切れ味です。

アトリエのある地域には農家さんがいるので、パワフルな食材がいろいろと手に入ります。ワイルド過ぎるルッコラとか、ジャングルみたいなレタスとか。そのへんのやつらをザクザク切って、塩と、オリーブオイルと、煮詰めたバルサミコ酢。ガッサガッサ混ぜて、ガリガリとブラックペッパー。で、温泉卵を、ドーン。なんというか「生命のサラダ」って感じのものが出来上がります。

ゴジラの背びれみたいなほうれん草が手に入ったら、まずは細かく切ったベーコンを炒めて、そこにほうれん草を投入。もうここからは時間との勝負。1分以内、いや、30秒かな。ブロックバターを半カケ落として、バババババ! っと炒めて、火を止める間際にくるっと醤油。はい、半生のゴジラ炒めの出来上がり。ああ、葉緑素を食っている。顔が超人ハルクみたいな色になってしまいそうです。

農家のじいさんが、売り物にならないからと、変なかたちの大根をくれました。そばをゆでて、これでもかと大根おろしをつくって、麺つゆに投入。海苔をかけて……、出来ました。薬味、というレベルではありません。そばより多い大根おろし。食物繊維のそば添え、って感じ。

まあ、こんな感じで、たいして手間はかけませんが、栄養は濃いめに摂れています。

アトリエの周りを、よくコジュケイがうろうろしています。ガサガサという足音が大きいので、すぐに見つかります。丸っこくて、色がきれいな野鳥です。ずっと「かわいいな」と思っていました。ですが最近、コジュケイを見て、僕はこうつぶやいたのです。
「うまそうだな」
森にいるあいだに、僕の野生化が始まっているのかもしれません。

アルデンテにゆでたパスタに、デルモンテのトマトソースをからめる。具材は、あるもんで。名付けて「アルモンデ」。ニンニクを刻んだ後って、しばらく指がいい匂いですよね。コジュケイもうまそうですけど、自分の指もうまそうです。

つづく

絵と文 小林賢太郎


小林賢太郎(こばやしけんたろう)
1973年生まれ。横浜市出身。多摩美術大学卒。脚本家・演出家。コントや演劇の舞台作品、映像作品、出版など。2016年からアトリエを森の中に構えて創作活動をしている。