日本文学を訳すモノです
第13回 思いつきの旅、函館と青森——その先にあるものは
2026年05月20日

還暦祝いの長旅から帰ってきたばかりだというのに、ある朝、目を覚ました瞬間、無性に旅に出たくなった。私はまだ寝ぼけたまま布団にもぐり込み、航空券の比較サイトを開いた。行き先はどこでもいい。ただ、いちばん安い場所へ行きたかった。すると「青森」が破格の値段で表示された。青森。ずっと行ってみたかった土地だ。ラッキー。大好きな日本酒があって、りんごがおいしくて、しかも函館も近い。ならば夜景も見に行かねばなるまい。迷わず予約ボタンを押し、7泊8日の旅を決めた。締め切りに追われる未来の自分には申し訳ない。しかし残りの人生、こんなふうに思いつきで旅に出られる日が、あとどれだけあるだろう。行ける時に行くのだ。
航空券を取るや否や、函館2泊、青森5泊のホテルも即予約した。普段はナマケモノのように生きている私だが、こういう時だけは妙に行動が早い。そして、さらに面白いことを思いついた。青森で”即席の友達”を作ろう。登録だけして放置していたThreadsに、日本語でこんな投稿をした。
「○日から○日まで青森へ行きます。韓国文化がお好きな方、よかったらお会いしませんか」
本名は出せなかったが、怪しい人間だと思われないよう、「文章を書く仕事をしています」とだけは書いておいた。その結果、知り合いが1人もいない青森で、3人の方と会うことになった。さらに、 仲良しの蔦屋書店のコンシェルジュさんが、函館 蔦屋書店の文芸担当の方を紹介してくださった。一人旅が、急に心強いものになった。
そして出発当日。朝の便だったので、4時には起きて、顔を洗って、路線バスに乗り、5時16分の空港バスに乗らねばならなかった。ところが、娘に起こされて飛び起きた時刻は、4時40分。終わった。これは絶対、間に合わない。そう思いながらも、私は顔だけ洗い、服を引っかけ、娘がキャリーケースを引きずりながら一緒に停留所まで猛ダッシュした。すると、ちょうどバスが来た。そしてバスを降りた瞬間、空港バスが来た。すごい。今回の旅、運がいい。還暦までそこそこ善良に生きてきたご褒美かもしれない——と空港へ向かっていた途中……はっ。トラベルカードを忘れた。
旅先ではそれしか使わない、あのチャージ式カードを。為替レートが下がるたび、ちまちまと円を替えて貯めていた、あの努力の結晶を。しかも、私が持っていたのは、空港バス用の国内カード一枚と残高なしのSuicaだけ。目の前が真っ暗になった。
仕方なく空港でキャッシングをした。毎日レートを見守りながら、少しずつ両替しておいたのに、空港の両替所の高いレートに、高いカード利息。せっかく格安航空券を見つけて出発した旅だというのに。
しかし、娘が起こしてくれなかったら、飛行機もホテルも、新幹線の予約も、全部吹き飛んでいたのである。それに比べれば、安いものだ。ちゃんと飛行機に乗れたではないか。私は脳内のポジティブ回路を全力で回しながら青森空港へ到着した。
——が、ソウルの春の格好のまま来た私を待っていたのは、真冬のような寒さだった。1時間に1本しかない空港バスに乗れなかったら、新幹線の時間に間に合わない。凍えながらバスの列に並んだ。今回は函館が最初の目的地だったため、移動はなかなかの大冒険である。空港バス、奥羽本線、新幹線、函館本線、そしてタクシー。夜景を見た帰りには市電まで乗ったので、この日は公共交通機関フルコンプリート記念日と言っていい。ああ、キャリーケースを抱えて階段を上ったり下りたりするのは、なかなかの重労働だった。特に新函館北斗駅でホームへ続く長い階段を、うんうん言いながら下りた時がいちばんつらかった。ちょうど列車が来ていたので、近くのおじいさんに聞いた。
「これ、函館行きですか?」
「札幌行きだけど??」
2人ともムンクの『叫び』みたいな顔になった。私はまた、あの長い階段をキャリーケースを抱えて上り直した。はあ。足腰が丈夫なうちでよかった。
ようやく函館駅へ着き、外へ出た瞬間、感動より先に、寒っ! となった。当然だけど、青森よりずっと寒かった。ホテルまで歩くつもりだったが、急いでタクシーに乗り、運転手さんに聞いた。
「函館にも春って来ますか?」
「来ますよ。ゴールデンウィークくらいに」
まだ4月の初めなんですけど。
長い長い移動だったが、荷物をホテルに置くや否や、私はまた外へ飛び出した。函館山から夜景を見るためである。40年前、この夜景を見たことがある。まだ今ほど観光地化されておらず、もっと野性的な夜景だった。車で山道をくねくね上るたび、眼下に広がる街の灯りがどんどん低くなり、まるで星を地上にぶちまけたようだった。その記憶がずっと残っていて、いつかもう一度見たいと思っていた。今はロープウェイで一気に登れるようになっていたけれど、それでも「100万ドルの夜景」と呼ばれるだけあって、函館の夜景は美しかった。写真にも動画にも閉じ込められない美しさだった。ただ、昔みたいに静かに星を見るような気持ちではいられなかった。観光客が多すぎて、1カ所に立ち止まるだけで「迷惑です」という空気になる。ぼんやり夜景を眺めるにも、空気を読みながらさっと場所を譲る、そんな瞬発力が必要な時代になっていた。
2日目には蔦屋書店へ行った。あの規模にはいつも圧倒されるが、函館の蔦屋もとんでもなく広くてすてきだった。店長さんと文芸担当の方が、温かく迎えてくださった。私のエッセイ3冊と、発売されたばかりの往復書簡『海をわたる言葉』を目立つ場所に並べてくださっていて、本当にありがたかった。人生で初めて色紙まで書いた。字があまりにも下手なのでかなり恐縮したが、自分の本の横に飾っていただけたのは、とても光栄だった。朝、寝ぼけたまま航空券を取ったあの日の自分を、とりあえず褒めておきたい。
併設のスターバックスで原稿を書いたら、久しぶりにするすると進んだ。居心地がよく、なかなか席を立てなかったが、函館最終日、八幡坂周辺も歩いてみたくて、後ろ髪を引かれながら蔦屋をあとにした。
函館駅へ戻る道では、水色のタクシーに乗った。韓国よりタクシー代はずいぶん高いが、バスは1時間に1本あるかないかで、結局タクシーに頼るしかない。でも、運転手さんたちはみんな親切で、道すがら函館のちょっとした案内をしてくれた。タクシー代もそんな会話をしているうちにあまり気にならなくなった。
どうして今まで函館に来なかったんだろう、と思うほどすてきな旅だった。20歳の時に見た夜景ではなく、60歳になって見た夜景を、今度は娘と一緒にまた見たいと思った。本当は40年前のようにフェリーで青森へ渡りたかったのだが、あいにくの雨で断念し、新幹線で青森へ向かった。見知らぬ人たちとの出会いが待っていた青森の話は、また次回に。
文 クォン・ナミ
クォン・ナミ
韓国を代表する日本文学の翻訳家。エッセイスト。1966年生まれ。20代中頃から翻訳の仕事を始め、30年間に300冊以上の作品を担当。数多くの日本作家の作品を翻訳し、なかでも村上春樹のエッセイ、小川糸、益田ミリの作品は韓国で最も多く訳した。著書に『スターバックス日記』『面倒だけど、幸せになってみようか』など。日本語版が刊行されているものに『ひとりだから楽しい仕事』『翻訳に生きて死んで』がある。
