日本文学を訳すモノです

クォン・ナミ

第16回 東野圭吾さんを偲んで

2026年08月19日

娘は小学生のころ、ロアルド・ダールの作品が大好きだった。韓国で翻訳されているロアルド・ダールの作品をすべて読み終えたとき、娘はとても悲しんだ。
「ロアルド・ダールさんは亡くなってしまったから、もうこれからは新しい作品が読めない」
娘が生まれる前に亡くなった人なのに、小学生の今になって悲しむなんて。

東野圭吾さんの訃報を聞いたとき、娘のその言葉を思い出した。そして、その悲しみに共感した。東野圭吾さんが亡くなってしまったから、もうこれからは新しい作品を読むことができない。しばらく言葉が出なかった。そして、もう彼の新しい本を読むことができなくなった読者たちに、「お悔やみ申し上げます」と言いたくなった。

韓国での彼の人気は群を抜いている。彼の訃報は、日本とほぼ同時に韓国のすべてのメディアで報じられた。「韓国人に愛されたミステリーの巨匠」「韓国のファンも涙 日本ミステリー界の巨匠・東野圭吾さん死去」など、数え切れないほどの追悼記事が掲載された。あらゆるコミュニティーにも、瞬く間に訃報が広がった。主婦向けのコミュニティーにまで。それほど、性別や立場、思想の違いを超えて、彼の作品は愛されていた。大手書店が発表した統計によると、この10年間で最も売れた海外作家は東野圭吾さんだった。韓国人作家を含めても、ノーベル文学賞を受賞したハン・ガンさんに次いで第2位だった。だからこそ、彼の訃報に接したとき、私はまず、あれほど多くの読者たちの悲しみを思い浮かべずにはいられなかった。

故人との関係によって、悲しみは種類も、色も、重さも違うのだと思う。読者が感じる喪失感と、翻訳者が感じる喪失感もまた違うのではないだろうか。これからはもう読めないという読者としての悲しみに加えて、もう彼の本を翻訳する機会がないのだという絶望感も同時に押し寄せてきた。

エッセイ『翻訳に生きて死んで』にも書いたが、韓国で日本文学ブームが訪れる数年前から、私は何人もの作家の企画書を出版社に持ち込んでいた。そして、そのすべてが却下された。その中の一人が東野圭吾さんだった。東野圭吾さんの作品が韓国で初めて翻訳出版されたのは、ずっと後のことである。そして彼は、日本文学ブームの中心に立つことになる。私がどれほど早く彼を見つけていたか、お分かりいただけると思う。自慢したいわけではない。ただ、最初に翻訳する機会を逃したことが、悔しくてたまらない。

もう時効だと思うので話してもいいだろう。数年前、ある出版社の関係者に会ったときのことだ。その人は、スマートフォンに保存してあった一枚の写真を、いかにも秘密めかして見せてくれた。雪山を背景に、スキーウエアを着て東野圭吾さんと一緒に写っている写真だった。東野圭吾さんの作品は、出版されればすぐにベストセラーになる。それだけに、出版社の版権獲得競争は熾烈で、日本まで直接足を運ぶ関係者も少なくなかったようだ。しかし、東野圭吾さんは、版権交渉のために訪ねてくる出版社の人とは会わないようにしていたらしい。そこでこの人は、彼に会うために一計を案じた。東野圭吾さんが主催するスノーボード大会に自ら参加したのである。写真を見た瞬間、私が最初に口にした言葉は、
「わあ、今でもこんなにハンサムなんですね!」
50代の東野さんの写真を見るのは初めてだったが、相変わらずイケメンだった。そうです。私は面食いです。

私はジャンル小説をあまり翻訳しないので、東野圭吾さんの作品を訳したのは二冊ほどである。東野さんの作品を翻訳していたあいだは、朝起きるのが楽しみだった。とにかく、面白いのである。翻訳するとき、最後まで読んで全体を把握してから訳す人もいるが、私は次のページを楽しみにしたいので、読みながら訳すほうだ。まず最後まで一度ざっと訳し、そのあともう一度、最初からじっくり訳し直す。ほかの小説でも続きは気になるが、これはミステリーである。しかも、最後のどんでん返しが醍醐味の東野圭吾作品なのだから、一日でも早く先を訳したくなる。
その作品を訳し終えたあと、ある新聞のインタビューで私はこう話した。

「こんなに楽しかったのに、翻訳料をいただいてもいいのだろうかと思いました」

訃報のあと、実店舗でもネット書店でも、彼の追悼コーナーが大々的に設けられた。あらためてその作品数の多さに驚かされる。日本で出版された作品のほとんどに、韓国語版が存在するのだ。 こんなにも早く旅立つことをご存じだったからこそ、これほど多くの作品を残してくださったのだろうか。ご自身がいなくなったあとも、長く長く読んでもらえるように。今から東野圭吾さんの本を読み始めて、一カ月に一冊ずつ読んだとしても、これから何年も楽しむことができる。そして何年か後、すべての作品を読み終えたとき、その人もきっと私の娘と同じように、東野圭吾さんがこの世を去ったことを心から悲しむに違いない。

東野圭吾さん、本当にありがとうございました。
あなたのおかげで、多くの韓国の読者が幸せな時間を過ごすことができました。その幸せは、これからも長く続いていくはずです。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

文 クォン・ナミ


クォン・ナミ
韓国を代表する日本文学の翻訳家。エッセイスト。1966年生まれ。20代中頃から翻訳の仕事を始め、30年間に300冊以上の作品を担当。数多くの日本作家の作品を翻訳し、なかでも村上春樹のエッセイ、小川糸、益田ミリの作品は韓国で最も多く訳した。著書に『スターバックス日記』『面倒だけど、幸せになってみようか』など。日本語版が刊行されているものに『ひとりだから楽しい仕事』『翻訳に生きて死んで』がある。