反復横跳び、ときどき休憩

岡本真帆

第18回 日の当たる時間

2026年10月14日

一番好きな家事は、洗濯かもしれない。と言っても、洗うのは洗濯機がやってくれるから、服を洗う喜びはそこまで知らない。私が好きなのは、洗い終わった洗濯物を干す時間だ。

社会人一年目に借りた家は、代々木上原のワンルームだった。職場は原宿の広告制作会社で、原宿から3駅以内に住めば家賃補助が出るということで、対象エリアでなんとか住む場所を探した。2階建てアパートの1階で、玄関を入るとすぐにリビングがあり、部屋を抜けると奥に2畳ほどのキッチン、行き止まりにトイレと風呂がある変わった間取りの物件だった。手狭だったけれど新築できれいなところを気に入って、他にほとんど内見もせずに決めた。窓はリビングの玄関側に一つだけ。洗濯物を干せるのはそこしかなかった。窓の外には人通りがあっていい環境とは言えなかったけれど、他に場所がないので、休日になるとそこに干した。

平日は朝から晩まで仕事ばかりしていて、帰宅は終電かタクシーだった。シャワーを浴びたらベッドに倒れ込み、そのまま就寝。生活のこと、家のことはいつも後回しだった。それでも、仕事に明け暮れる毎日が好きだった。洗濯は休日にまとめてやった。一人暮らしとは言え、1週間分の洗濯物はそれなりにずっしりと重みがある。

南向きの小さな窓を開けて、洗濯物を軒下に吊す。日当たりがいいのは午前中の3時間。あとは隣家に遮られてしまう。それでもそのわずかな時間に、体の中の細胞がハッと目を覚まし、じわじわと動き出すような感じがした。日の当たる時間に家にいるのは、音楽のサビを聴いているようだった。私は太陽を浴びたかったのか、と思った。

その部屋は、1回目の更新をしたタイミングで隣人が突然物音にものすごく厳しくなり、昼夜を問わず、どんな小さな物音でも壁を叩かれるようになってしまったため、泣く泣く引っ越した。次に住んだのは、私を哀れんだ仲介業者が見つけてくれた、中野坂上のアパートの2階だった。洗濯機をベランダに置くタイプの部屋で、雨ざらしで傷んでいくのを気にしながらも、前の部屋より人目を気にせず干せるのがうれしかった。その次は横浜市の日吉。リビングが広くなって、独立洗面台のある新築の部屋だった。浴室乾燥機もあったけれど、天気のいい日はやっぱりベランダで干したかった。この部屋も1階で、小さな庭がついていたので、アウトドアチェアを置いてみたりもした。観葉植物のウンベラータもよく育った。

その後に住んだ故郷・高知の中村の家は、もともと祖父が住んでいた家で、土手が近くて風通しがよく、とにかく夕方までずっと日当たりがよかった。パリッと乾いたタオルを取り込むときも、ふかふかの布団を取り込むときも、誇らしい気持ちになった。セカンドハウスに選んだ東京・三鷹の部屋は初めて洗濯機の置けない物件で、洗濯をしたいときは近所のコインランドリーまで歩いて行った。洗剤の匂いの中で洗濯物が乾くのを待つ時間も、それはそれで幸せだった。けれど、ベランダに出て日射しを浴びる時間のことが、私はやっぱり恋しかった。

今の自宅は、これまで住んだ部屋の中で一番ベランダが広い。隣家との距離もあり、マンションの前には緑道が広がっている。洗濯機には乾燥機能がついているし、浴室乾燥機だってある。それでもわざわざ洗濯物をベランダまで運んで、一つ一つハンガーにかけたり、ピンチに吊したりしている。ため込んでしまったときは重いし、干し終えるまでに時間もかかる。めんどくさいなあ。内心毒づいてもいる。けれど干しているうちに、ベランダを抜ける風と陽光を感じ、ああ、生活しているなあ、と思う。

干し終えて、部屋の中から風に揺れるTシャツたちを見ていると、なんだか焼肉みたいだと思う。網の上で大事に大事にお肉を育てているときの愛しさのように、衣服の一つ一つが陽を浴びて、少しずつ乾いていくのを見るのが、私は好きだ。

文 岡本真帆


岡本真帆(おかもとまほ)
歌人、作家。1989年生まれ。高知県出身。SNSに投稿した短歌「ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、傘もこんなにたくさんあるし」が話題となり、2022年に第一歌集『水上バス浅草行き』を刊行。ほかの著書に『あかるい花束』『落雷と祝福 「好き」に生かされる短歌とエッセイ』。東京と高知の二拠点生活、会社員と歌人の兼業生活を送るなかで気づいた日々のあれこれを綴る。