恋しいキッチン

カヒミ カリィ

第7回 映画から台所へ。揚げたてのマラサダドーナツ

2025年10月01日

映画や本に登場する料理を、自分の台所で作ってみたくなることがあります。物語の中のひと皿が妙に心に残り、「どんな味だろう」と想像が膨らみ、気付けば材料をそろえてフライパンや鍋に向かっています。

私が初めてそんなふうに思った映画は、子どもの頃に観た『クレイマー、クレイマー』でした。父と子がぎこちなくフレンチトーストを焼く、何げなくも印象的な名場面です。分量も適当で、フォークでかき混ぜた玉子液に食パンを大ざっぱに浸し、フライパンに並べて焼いたら、仕上げに砂糖をパラパラと。スクリーンの中の遠い世界と自分の朝食が同じ線でつながったような、不思議な気持ちになったのを覚えています。

以来、映画の中の料理を作ることは、楽しみのひとつになりました。『ゴッドファーザー』でマフィアの家族が囲むミートボールスパゲッティや鶏のカチャトーラ。『フライド・グリーン・トマト』の酸味と甘味を残した青いトマトの揚げもの。『青いパパイヤの香り』で手際よく作られたニョクマム風味の空芯菜炒めなど。どれも再現の先に「映画の時間を味わう」という特別な喜びがあり、ワクワクします。

娘が生まれてからは、おひさまパンや、フライパンで作るカステラなど、絵本や物語に出てくるお菓子や料理を一緒に作ることも増えました。小さな手が粉をまき散らす様子も、楽しい思い出です。

今回ご紹介するのも、そんな日々の中で娘と観た映画『ホノカアボーイ』からのひと品です。舞台はハワイの小さな町。そこで倍賞千恵子さん演じるBee(ビー)さんが、心地よさそうなキッチンでマラサダを作ります。風に揺れるカーテン、ゆっくり発酵する生地。観終わった後、娘と「これ作ってみたいね」と話し、その日のうちに挑戦したのを覚えています。それ以来、マラサダはわが家の定番レシピになりました。

マラサダは、イーストで発酵させた生地を油で揚げて、砂糖やシナモンパウダーをまぶしたポルトガルの伝統菓子で、ハワイで広く親しまれるようになったスイーツです。

私がアメリカのランカスターという田舎町に住んでいた頃は、時々日本の食材が無性に恋しくなるので、納豆やあんこなどを手作りしていました。日本に戻ればもう必要ないと思っていましたが、不思議なことに、帰国してからもどうしても自分で作りたいと思う料理が時々あるのです。マラサダもそのひとつ。理由は簡単で、揚げたてのおいしさに勝るものはないからです。砂糖をまぶしたばかりの熱々を頰張る瞬間は、なんて幸せなんでしょう!

マラサダは、ベーキングパウダーで作るドーナツとは異なり、イーストで発酵させます。そのおかげで、ふんわりしっとり、もちもちとした独特の食感が生まれます。発酵の時間は少しかかりますが、待つ時間さえも何だかいい感じなのです。ハワイの古いギターの曲を聴きながら、娘とおしゃべりしたりして、のんびりと待つのが好きです。

発酵はオーブンやホームベーカリーに任せてもいいし、夏なら室温に生地を置いておくだけで充分。寒い季節は、ちょっと工夫してみましょう。2倍の量で作り、一次発酵後に半分を冷凍しておくと、次は気軽に作れます。(発酵や冷凍については、作り方のところで詳しくお話ししますね。)

油の中でぷくっと膨らみ、甘い香りが家じゅうに広がります。砂糖をまとったマラサダを皿に並べると、普段は甘いものを控えているわが家も、その日ばかりは歓声に包まれます。娘が「やっぱり最高だねぇ」と言いながら頰張る姿を見ていると、その光景そのものがごちそうのように思えてきます。

食べ物は、不思議なほど記憶を呼び覚まします。あるひと口が、映画のワンシーンや家族との時間をよみがえらせるのです。マラサダを揚げるたび、私は『ホノカアボーイ』の中で流れるゆったりした時間と、初めて作った時のランカスターのキッチンや、窓からの景色を思い出します。ハワイの小さな町から届いたようなそのお菓子は、わが家にとって「記憶を結ぶドーナツ」となりました。

まだ食べたことがないなら、ぜひ一度作ってみてくださいね。材料はとてもシンプル、でも揚げたてをかじった時の香りと食感は、きっと想像以上です。目がまんまるになって、「また作りたい」と思うはず。映画のシーンを思い浮かべながら味わうマラサダは、ただのおやつを超えて、ちょっと特別な存在になることでしょう。

文・写真 カヒミ カリィ



Beeさんのマラサダドーナツ

材料(6コ分)
A
・強力粉…150g
・薄力粉…50g
・グラニュー糖…20g
・ドライイースト…3g
・塩…2g
◎アメリカでは、料理に使う小麦粉はall purpose flour(万能小麦粉)を使うことが多く、グルテンの量は中力粉が近いです。今回は、日本で手に入りやすい強力粉と薄力粉をミックスして使うレシピです。

・玉子…1コ
・牛乳…80gほど
・バター(食塩不使用)…20g
・薄力粉(打ち粉用) …適量
・揚げ油…適量

トッピング
・グラニュー糖…適量
・シナモンパウダー、抹茶、きなこ…適宜

作り方
1 バターは常温にもどします。牛乳はひと肌に温めます。クッキングシートを8cm四方に切り、6枚用意します。
2 ボールにAを入れて、泡立て器でよく混ぜ合わせます。
3 別のボールに玉子を溶きほぐし、1の牛乳と合わせて130gにします。2に加え、5分ほど手でよくこねます。
4 3に、1のバターを加え、再び10分ほど手でよくこねます。ドロッとした生地に弾力が出てくるまで、しっかりとこねましょう。手にベタベタとつく場合は、打ち粉を少し振ってからこねると、まとまりやすくなります。
5 生地をまとめ、とじ口を下にし、ボールに入れてラップをします。約2倍の大きさになるまで一次発酵します。

◎発酵について

マラサダは暖かいハワイでよく作られるお菓子なので、やや高めの温度、27〜30℃が向いています。寒い季節で、オーブンなどの発酵機能を使わない場合は、以下の方法をお試しください。
・大きめのボールに40℃前後のお湯を張り、その上に、生地を入れたボールを重ねる。フキンをかけて30分ごとにお湯を換える。
・電子レンジやオーブンの中に、生地を入れたボールと一緒に熱湯を入れたマグカップなどを置いて扉を閉める。発酵に適した環境を作りやすいのでおすすめ。

時間は30分から1時間ほどですが、気温によって発酵スピードが変わるので、時々大きさを確認してみてくださいね。出来上がりの見極め方は、以下です。
・体積が約2倍になる。
・表面が滑らかでツヤがある。
・指に粉をつけてそっと押すとゆっくり戻る、または、少し跡が残る。

6 生地をボールから取り出し、まな板などに置きます。打ち粉をして、厚さ2cmほどにのばし、6等分にして丸めます。◎Beeさんはたっぷりと生地を作り、庖丁で四角く切っていますが、今回は6コ分なので、形を合わせやすい丸にします。
7 クッキングシートに6の生地をとじ口を下にしてのせ、かたくしぼったフキン、ラップの順に優しくかけたら、二次発酵(同じく27〜30℃)で20分ほど休ませます。
8 揚げ油を160℃に熱し、7の生地をクッキングシートごと、油にそっと落とし入れます。両面をきつね色に揚げます。くれぐれも温度が高くなり過ぎないように注意。意外とすぐに色づくので、目を離さないように気を付けましょう。途中で自然にクッキングシートがはがれたら取り除きます。
9 油をきり、温かいうちにグラニュー糖をまぶし、好みでシナモンパウダー、抹茶、きなこを振りかけたら、出来上がり! グラニュー糖は、思うよりたっぷりとかけると、ちょうどよい甘さになります。熱々のうちに召し上がれ!

◎冷凍について

生地を冷凍する場合は、手順6で形成した後に、打ち粉をしてバットに並べ、生地同士がくっつかないように冷凍し、固まったら保存袋に入れ替えて冷凍します。解凍は、冷蔵庫に移してゆっくり解凍してから、室温に置いて、二次発酵してから揚げます。二次発酵の時間がかかりますが、揚げ上がりがふわふわとしておいしくなりますよ。



カヒミ カリィ
ミュージシャン、文筆家、フォトグラファー。1968年生まれ。
フランスで約8年、アメリカで約13年暮らし、2025年春に日本へ帰国。
『暮しの手帖』の連載「すてきなあなたに」にも寄稿。
Instagram:https://www.instagram.com/kahimikarie_official/