日本文学を訳すモノです
第7回 忘れていた“危機脱出”
2025年11月19日

2023年、日本で児童書の年間ベストセラー1位となった絵本、鈴木のりたけさんの『大ピンチずかん』。東京の書店で、カラフルに並ぶその表紙を見つけた時、思わず手に取った。「面白い」と思うと同時に、ふと考える。
「『大ピンチ』って、韓国語ではどう訳せばいいんだろう?」
ああ、これぞ職業病だ。韓国では翻訳の際に、外来語をできるだけ避ける。特に児童書では、その傾向が強い。だから「大ピンチ」をそのままタイトルに使うわけにはいかないのだ。いくら考えてもぴったりの言葉が浮かばず、「私が訳すわけでもないし」と本を閉じた。
ところが、しばらくして、まさかその『大ピンチずかん』の韓国語版翻訳の依頼が届くとは。まるで私を追いかけてきたみたいだった。
喜びとともに頭に浮かんだのは——「『大ピンチ』って、どう訳せばいいんだろう?」
「ピンチ」はもともと英語の in a pinch に由来するが、日本語では「困った!」「やばい!」のように、日常の失敗やドジを明るく言い換えるための言葉として生まれ変わっている。韓国語に置き換えるなら「危機」という言葉しかない。しかし「危機」には、「大ピンチ」といったときのような軽やかさがない。
結局、韓国語版のタイトルは「危機」に「脱出」を添えて、子どもらしい躍動感を加え、『危機脱出図鑑(위기탈출도감)』となった。現在、韓国では第2巻まで刊行され、第3巻の翻訳もすでに完了している。
前置きが長くなったけれど、じつは私がここで話したいのは、この『大ピンチずかん3』に収録されている、ある“大ピンチ” エピソードのことだ。3巻の中には、鉢植えの前で子どもがホースを持って水をまいていて、その奥には家があり、大きく開いた窓が描かれている絵がある。思わず背筋がぞくりとした。
——まったく同じ大ピンチを、私は28年前に体験していたのだ。
28年前の夏、私たち家族は軽井沢にいた。日本での生活を終え、韓国に帰国する前に、軽井沢で2カ月を過ごしていたのだ。当時、娘は2歳。私は毎日、よちよち歩きの娘の手を引いて近所を散歩した。商店街の店先から音楽が流れると、娘は立ち止まり、小さな体で踊った。土の道では落ち葉を拾い、小石を集め、犬を見かけると飼い主に許可をもらってなでさせてもらったりした。小さな発見が詰まった、楽しい散歩だった。
ある日、土いじりで手が汚れたとき、ちょうど背の高い木々に水をやっているおじいさんを見かけた。私は声をかけた。
「すみません、娘の手を少し洗わせてもらえますか?」
3秒ほどホースの水を借りるだけのつもりだったが、おじいさんはにこやかにうなずき、「水の勢いが強いから、少し弱めてくるよ」と言ってホースを私に渡した。
止める間もなく、おじいさんは蛇口の方へ行ってしまった。申し訳なさでいっぱいになった私は、せめて代わりに水をまこうと思った。そして、次の瞬間——「きゃっ!」という声が。
木々のすぐ向こうに家があるとは、まったく気付かなかった。それまでの人生で、あれほど冷や汗をかいたことがあったかな。おじいさんは穏やかな笑顔で「いいよ、いいよ」と言ってくれたが、こっちはしばらく心臓が止まりそうだった。
その後、長い年月がたち、すっかり忘れていたこの出来事に、『大ピンチずかん3』の一枚の絵の中で再会したのだから、叫ばずにはいられなかった。
この大ピンチ、まさにあるある。
“涙の数だけ強くなれるよ”って好きな歌があるけど、ピンチの数だって、人を強くしてくれる。子どもたちも、『大ピンチずかん』のピンチをくぐり抜けながら、大人になっていくのだろう。
……こんなドジな大人には、ならないでほしいけど。
文 クォン・ナミ
「TOMORROW」作詞:岡本真夜、真名杏樹 作曲:岡本真夜
クォン・ナミ
韓国を代表する日本文学の翻訳家。エッセイスト。1966年生まれ。20代中頃から翻訳の仕事を始め、30年間に300冊以上の作品を担当。数多くの日本作家の作品を翻訳し、なかでも村上春樹のエッセイ、小川糸、益田ミリの作品は韓国で最も多く訳した。著書に『スターバックス日記』『面倒だけど、幸せになってみようか』など。日本語版が刊行されているものに『ひとりだから楽しい仕事』『翻訳に生きて死んで』がある。
