恋しいキッチン
第9回 医食同源の冬じたく わが家の薬膳鍋レシピ
2025年12月03日

気付けばもう師走。朝、目を開けた瞬間に頬をなでる空気はひやりとしていて、このまま布団の中で丸くなっていたいなあ、と毎朝のように思います。それでも思い切って外へ出てみると、空気はキリッと澄み渡り、足元では枯れ葉のじゅうたんがカサカサと鳴ります。その音を聞くと、「ああ、やっぱり冬もいいなぁ」と感じます。
そんな冬の入り口の東京で、娘の通う学校ではインフルエンザが流行し、学級閉鎖の日が続きました。アメリカにいた頃もこの時期はいつも風邪やインフルエンザが流行していましたが、満員電車で通学する子どもが多い東京では、その勢いが一段と激しい気がします。日本の冬をきちんと過ごすのは久しぶりということもあり、私たち親子の体は、まだこの寒さと乾いた空気に十分には慣れていないのかもしれません。
そんな中で、毎日のように意識しているのが「医食同源」という言葉です。私は決してストイックなタイプではありませんが、台所に立つ時にはいつも、「今日はどんなふうに私たちの体を支えようかな」と考えます。風邪をひきそうな時や、実際に熱を出してしまった時でも、食事を少し工夫することで回復が早くなったり、そもそも大きく体調を崩さずに済んだりする……そんな実感が、暮らしの中で少しずつ積み重なってきました。
意識して取り入れているのは、まず季節の食材です。冬には体を温めてくれる根菜類やきのこ、長ねぎや白菜などが店先に並びます。旬のものは新鮮でおいしい上に、栄養価も高く、しかも値段も手ごろ。毎日の食卓に、これほど心強い味方はありません。きのこはみそ汁にもシチューにもそっと紛れ込ませ、長ねぎは加えるだけで体の芯からほっと温まる気がします。緑黄色野菜は、料理に入れると色鮮やかでよりおいしそうに見せてくれます。これらは、お肉や魚に比べると少し地味かもしれませんが、コクやうま味を加える食材でもあり、陰の立役者です。
日本に本格的に戻ってきてから何度か体調を崩し、久しぶりに東京の病院のお世話になりました。その時勧められて飲むようになったのが漢方薬です。最初は「ゆっくり効いていくおだやかな薬」という印象を持っていましたが、実際に飲んでみると思いのほか早く症状が軽くなり、本来の体調が戻ってきたような感覚がありました。東洋医学は、長い時間をかけて暮らしの中から生まれ、受け継がれてきた知恵なのだと、改めて教えられたように思います。
薬膳は食卓の漢方のようなものでしょうか。食材一つ一つに意味があり、組み合わせ方にも理由があるという考えは、毎日の献立を考える上で新しいヒントをくれます。今回ご紹介するのは、わが家の冬の定番「薬膳鍋」です。きっかけは、昔仕事で訪れた韓国で出会ったサムゲタンでした。丸鶏にもち米やナツメ、にんにくなどを詰めてじっくり煮込んだスープを、旅行中の少し疲れた体で口に含んだ時、体の芯からじんわりと温かさが広がっていくのを感じました。
韓国ではサムゲタンは夏に食べる料理だと聞きました。暑さで消耗した体に、滋養たっぷりの温かいスープを注ぎ込むという発想は、日本の「土用の丑の日」のウナギにもどこか通じます。国や言葉が違っても、季節の厳しさに向き合いながら、食べ物の力を借りて体を整えようとする人間の知恵は、よく似ているのだと思います。
そのサムゲタンからヒントを得て、家で作る薬膳鍋には、骨つきの鶏肉とたっぷりのしょうが、にんにくを入れます。スープにはナツメやクコの実、白きくらげ、干し椎茸を浮かべ、八角とローリエを忍ばせます。そこへ根菜、きのこ、豆腐を入れ、最後に葉物野菜をさっとくぐらせると、鍋の中は冬の恵みでいっぱいになります。コクを足したい時には松の実や干しやまいもを加えたり、仕上げの香りづけとして香菜を少し散らしたりすると、また違った表情を見せてくれます。

薬膳鍋に入れる食材には、一つ一つにささやかな「効能」があるとされています。例えば、
・鶏肉……気血を補い、お腹を温める
・しょうが……新陳代謝の向上、血行促進、疲労軽減
・にんにく……滋養強壮、食欲促進
・八角……女性ホルモンのバランスを整える、胃腸を整える
・ナツメ……免疫力の向上、精神安定、老化防止、滋養強壮
・干し椎茸……免疫力の向上、コレステロール排出、胃腸を整える
・松の実……便秘解消、美肌効果
・クコの実……抗酸化作用、血糖値や血圧の降下、美肌効果
・ローリエ……胃を丈夫にする、抗酸化作用、美肌効果
・干しやまいも……滋養強壮、胃の調子を整える
こうして並べてみると、いつも何気なく鍋に加えている具材たちが、小さな薬箱の中身のようにも見えてきます。もちろん、全てを難しく考える必要はなく、「今日はちょっと疲れているからナツメを多めにしようかな」「肌が乾燥気味だからクコの実をたっぷり入れてみよう」という感じで、ゆるやかなめやすとして付き合うのが、ちょうどいいなと思っています。
風邪やインフルエンザが流行し始めたと聞くと、わが家では「そろそろ薬膳鍋の日だね」と目を合わせます。ぐつぐつと音を立てる鍋を囲みながら、「今日はナツメを1コ多く食べてみようかな」などと話していると、不思議と不安も和らいでいくよう……食卓の湯気の向こう側で、元気にご飯を食べている家族や友人の姿を見ていると幸せな気持ちになります。
薬膳鍋は、特別な日のごちそうというより、日々の延長線上にある料理です。冷蔵庫にある野菜や豆腐を鍋に入れ、体を想いながらゆっくりと煮込む。その時間そのものが、私にとっては「自分たちの体調に耳を傾けるひととき」なのかもしれません。
寒さが一段と厳しくなるこれからの季節、皆さんもどうか、それぞれの暮らしに合った薬膳鍋で、心と体を温める時間を持ってみてくださいね。
文・写真 カヒミ カリィ

薬膳鍋
薬膳ス-プ(2~3人分)
A
・鶏骨つき肉…約500g ※鶏手羽先、手羽元、もも肉など。
・干し椎茸…2枚
・にんにく(庖丁で軽くつぶす)…4コ
・しょうが(皮ごとうす切り)…1片分
・長ねぎ(青い部分)…1本分
・日本酒…カップ1/3杯
B
・ナツメ …5コ
・白きくらげ…3g
・クコの実…大サジ2杯
・八角…2コ
・ロ-リエ…1枚
・松の実…大サジ1杯
・干しやまいも…適宜 ※生のやまいもで代用しても。疲労回復や消化促進の効能があります。
具材(種類や量は好みで)
・長ねぎ(白い部分/斜めうす切り)
・根菜(ごぼう、にんじん、れんこんなど/ひと口大に切る)
・きのこ(えのき、舞茸、しめじなど/食べやすい大きさに割く)
・葉野菜(ニラ、春菊、水菜、白菜など/長さ4cmほどに切る)
・肉や魚介(豚うす切り肉、タラ、鮭、ホタテ、牡蠣、白子など/食べやすく切る)
・豆腐(木綿でも絹ごしでも/食べやすく切る)
・香菜(食べやすく切る)
仕上げの調味料
・塩
・コショー
・ポン酢しょう油
・コチュジャン
・しょう油 など
作り方
1 白きくらげは洗ってからたっぷりの水に30分ほど浸し、ひと口大に切ります。干し椎茸は水適量で20分ほどもどし(もどし汁も使う)、軸を除いて半分に切ります。
2 薬膳スープを作ります。鍋に水1~1.5Lをはり、A(干し椎茸のもどし汁含む)を加え、中火にかけます。沸いたら弱火にして、アクを取りながら、15分ほどコトコト煮ます。
Bを加え、さらに15分ほど煮込みます。
3 土鍋に2のスープを移し、長ねぎの青い部分を除いて、中火にかけます。まず長ねぎの白い部分、根菜、きのこ、肉や魚介を加えます。火が通ったら、葉野菜、豆腐を加え、サッと火が通ったら香菜をのせて、出来上がりです!
4 器に具とスープをよそい、好みの調味料で味をととのえてからいただきます。

カヒミ カリィ
ミュージシャン、文筆家、フォトグラファー。1968年生まれ。
フランスで約8年、アメリカで約13年暮らし、2025年春に日本へ帰国。
『暮しの手帖』の連載「すてきなあなたに」にも寄稿。
Instagram:https://www.instagram.com/kahimikarie_official/
