森のアトリエ雑記
第10回 手帖の暮し
2025年12月24日

ゾンビ級に忙しいです。いえ、ゾンビが忙しいかどうかは定かではないですが、休まず動き続けている、という意味で。
複雑なスケジュールを目視で確認できる手帳は、僕にとって魔法のノートです。
「来週はねえ、木曜日の午後だったら大丈夫ですよ」
みたいに、なにも見ないでスケジュールの話ができる人っていますよね。頭ん中、どういう仕組みになってるんだろう。僕、スケジュールの話は、手帳見ながらじゃないとダメなんですよ、覚えられなくて。
みなさんのスケジュール管理はスマホですか? 僕の周りも、いろんなことがデジタルに置き換わりましたが、スケジュール管理だけは紙の手帳を使い続けています。
見開きで1カ月がまるっと見えるカレンダー型のタイプを使っています。長年、月曜始まりのを選んできました。しかし、月発(げっぱつ)の手帳をお使いの方は、きっと同じことを感じていると思います。一般的に、カレンダーって、日発(にっぱつ)なんですよね。(「げっぱつ」だの「にっぱつ」だの、そんな言葉はありません。造語です)
月発の手帳は、カレンダーと照らし合わせるとき、日曜日の位置が違うから見づらいんですよ。これが少々厄介。たとえば、カレンダーの月曜日に丸をつけ、「左端から二番目に丸をした」と、映像として記憶してしまう。するとどうでしょう。手帳では、左端から二番目は火曜日です。これがうっかりの原因にもなります。
そこで、ある年、アトリエスタッフのみんなと、「よし、今年は思い切って、手帳を日発にしてみよう!」となったことがありました。さっそく大好きな有隣堂に行って、日発の手帳を買ってきました。壁に貼られた11ぴきのねこのカレンダーと見比べてみる。なるほど、おんなじ構成だ。これは見やすい。小さな変化ですが、けっこうわくわくしました。
……が、日発はその1年だけでした。翌年は、また月発に戻しました。一週間を月曜日からカウントしたいから、というより、「土・日」をセットにして考えたいからです。僕のような自由業の人にとっては、平日の方が道も街もすいてて動きやすいので、土日は集中して仕事をする48時間のセットなのです。
3色ボールペンが、しおりとして挿してあります。基本的には青のボールペンを使いますが、締め切り日だけは赤で書きます。「稽古初日」とか「入稿」とか「note」とか「暮しの手帖」とか。黒のインクは、絵を描くときに使いがちです。僕の手帳の後半は、絵だらけなんです。
予定が入ると、マスの真ん中らへんに書き込みます。上下は開けておきます。前後に予定が入ったとき、上か下かに書き加えられるように。
終わった日には、ズバッと斜線を引きます。この瞬間が、気持ちいいんです。「今日も24時間を使い切ったぞ! ズバッ!」って感じで。それに、これをやっとくと、手帳を開いた瞬間に今日が何日か、わかるし。
余白には、いろんなことが書き込んであります。忘れてはいけないやることとか、仕事で会った人の似顔絵と名前とか。近頃は天体観測が好きで、国際宇宙ステーションが上空を通過する時間とか、流星群の極大期なんかも書いてあります。

年末が近づくと、本屋さんや文房具屋さんには、翌年用の手帳がずらりと並びますね。わくわくします。
「革表紙の立派なシステム手帳、かっこいいなあ」
「スヌーピーの手帳、かわいいなあ」
などと、あれこれ物色するんですが……。結局、毎年同じ、ペラッペラの、大学ノートみたいなやつを買います。
これに、透明なビニールのカバーをかけて使ってます。紙の表紙って、1年間も持ち歩いていれば角がボロボロになります。でもビニールのカバーがしてあれば、しっかり守られます。手帳とカバーの間に、気に入ってるデザインのノートの表紙を挟んでいます。これは、実際に最後まで使い切ったノートから切り離したものなので、それなりにくたびれています。だから、手帳が新品になっても、新品には見えないのがお気に入りのポイント。外見はクラシックカーでありながら、中身は新車。僕なりのカスタムです。
このビニールのカバーには、表紙の裏側のページに、なにかと挟み込んでおくことができます。今挟んであるのは、自分の名刺と、京都で引いたおみくじと、楽しかった展覧会のチケットと、空中でキャッチできた葉っぱ。
さらに、このビニールカバーを使うと、もう一冊、同じサイズのノートを合体させることができます。昔はスケジュール帳とアイデアノートをそれぞれ持ち歩いていたんですが、これで一冊にまとまりました。スケジュールも、舞台や映像のアイデアも、この一冊に収まっているのです。
ところで、「手帳」とも「手帖」とも書きますよね。意味の違いを調べてみました。「手帳」は、母子手帳や生徒手帳のように、なにかが印刷されているもの。で、「手帖」は、なにも印刷されていない自由に書き込めるもの。という使い分けの傾向があるらしいです。つまり僕のは、前半が「手帳」で、後半が「手帖」ってことになるのかな。
机に向かっているときは、かたわらに。出かけるときは、カバンの中に。手帳と一緒に暮らしている、と言っていいほど、肌身離さず持ち歩いています。ちなみに、この原稿を書いている今も、Macのすぐ右側に、ガバッと開いておいてあります。今回はどんな挿絵にするか、文章と同時にアイデアを描いているのです。
僕がいつも買っている1月始まりの手帳には、その前に12月のカレンダーもついています。前年度の手帳の12月の予定を、新年度の手帳に手書きでデータ移行する。この作業が、けっこう好きです。
「この新しい手帳にも、1年かけて、びっしりとスケジュールとアイデアが書き込まれるんだなあ」
そう思うと、なにか自分が更新されていくような、前向きな気持ちになれます。
つづく
絵と文 小林賢太郎
小林賢太郎(こばやしけんたろう)
1973年生まれ。横浜市出身。多摩美術大学卒。脚本家・演出家。コントや演劇の舞台作品、映像作品、出版など。2016年からアトリエを森の中に構えて創作活動をしている。
