恋しいキッチン
第14回 赤くて甘い季節がじゅわっと溢れるトマトサンド
2026年05月06日

最近、店頭においしそうなトマトが、手に取りやすい値段で並んでいるのをよく見かけます。
トマトは私の大好きな野菜のひとつ。けれども、アメリカに住んでいた頃は、春に苗を地植えし、夏に収穫していたため、ずっと「夏野菜」だと思っていました。ところが気になって調べてみると、トマトが本当においしくなる時期、いわゆる“味の旬”は、春から初夏、そして秋から初冬の年に二度あるのだそうです。
たしかに夏は露地栽培の収穫量が多くなる季節です。けれど、南米のアンデス山脈地方を原産とするトマトは、昼夜の寒暖差や強い日差し、乾燥した気候によって、味がより濃く育つのだとか。春から初夏にかけての乾いた空気や、朝晩の涼しさは、トマトにとって甘味を蓄えるための大切な条件なのですね。冷涼で湿度の低い北海道や東北、関東地方では、夏から秋にかけてもおいしいトマトが収穫されるそうです。
こんなに好きなのに、今まで春がトマトの旬だと気付いていなかったなんて。少し驚きました。
ところで、トマトは野菜なのか、それとも果物なのかという話を聞いたことはありますか。植物学上は、花が咲いたあとに実る果実なので、トマトは果物に分類されます。一方、日本の農産物の分類では、一般的に一年草として畑で育てられるものは野菜とされるため、トマトは野菜として扱われています。
この「野菜か果物か」という議論は、日本だけのものではありません。19世紀のアメリカでは、関税をめぐって「トマトは果物である」と主張された裁判がありました。その際、最高裁判所は「野菜畑で育てられていて、食事には出されるがデザートにはされないから」として、トマトを野菜と判断したのだそうです。なんとも不思議で面白い植物です。
さらに韓国では、トマトを甘い果物のように食べる文化があると聞きます。スライスして砂糖をかけておやつとして食べたり、イチゴの代わりにミニトマトを使ったショートケーキがあったりするのだとか。サラダの中のトマトを見慣れている私たちには少し意外ですが、逆に、アメリカにはイチゴを使ったサラダもありますから、そう考えると納得してしまいます。
トマトについては、話し始めると切りがありません。
アメリカに住んでいた頃、わが家の庭の日陰に、前年のこぼれ種から芽を出したトマトがありました。普通なら、脇芽を取り、支柱を立て、水や肥料に気を配って育てるところです。けれど、何も手をかけずに育てたら一体どうなるのだろうと気になったので、その株には水も与えず、そのまま様子を見ることにしました。すると案の定、株は塀や地面を這うようにもじゃもじゃと広がっていきました。やがて、驚くほどたくさんの実をつけたのです。そのまま放っておくと、また翌年も増えてしまいそうだったので、赤く熟した実を収穫し、恐る恐る口に入れてみました。
すると、これが信じられないくらい甘くておいしかったのです。皮の内側に夏がぎゅっと詰まっているような力強い味。同じ時期に、手をかけて育てていたトマトよりもずっと味が濃く、思わず笑ってしまいました。トマトは乾燥気味に育てると良いとは知っていましたが、自然のたくましさと、植物が自分の力でおいしくなる姿に、あらためて驚かされた出来事でした。
アメリカでは、トマトの収穫がピークを迎える夏になると、各地でトマトにまつわるフェスティバルが開かれます。南部では「トマトの女王」を選ぶお祭りや、エアルームトマトと呼ばれる昔ながらの品種の中で大きなものを称えるイベントなどもあり、その中でトマトサンドイッチを楽しむ催しが行われることもあります。
トマトサンドイッチ。名前だけを聞くと、とても素朴です。けれど、これが本当においしいのです。新鮮なトマトと、マヨネーズのコク。そしてパン。それだけ。トマト好きの私が、これを知って素通りできるはずがありません。初めて食べた時の幸せな気持ちは、今でも忘れられません。
トマトのサンドイッチと聞くとつい、きゅうりやチーズ、ベーコンなどを挟みたくなるかもしれません。けれど、それではBLTや、具だくさんのサンドイッチになってしまいます。もちろんそれもいいのですが、今回の主役はあくまでもトマト。むしろトマトだけだからこそ、最高においしくなるのです。
その分、トマトのスライスの厚さ、パンを焼くか焼かないか、マヨネーズの量、塩の加減によって味が大きく変わります。とても簡単なのに、実は奥が深いサンドイッチです。
今回ご紹介するレシピは、材料も作り方もシンプルです。けれど、せっかくなら少しだけ丁寧に作ってみてください。トマトはよく熟したものを選び、厚めに切ります。パンは片面だけバターで焼いて、外は香ばしく、中はふんわりと。そこに、トロリとしたマヨネーズをたっぷり塗り、みずみずしいトマトを挟みます。
市販のマヨネーズでも十分ですが、時間がある時には手作りのマヨネーズに挑戦してみるのもおすすめです。熱々のトーストにマヨネーズが少し溶け、トマトの汁と混ざり合う瞬間は、もうそれだけでごちそうです。
春から初夏のトマトがおいしい季節。ぜひ、シンプルなトマトサンドイッチにかぶりついてみてください。ひと口食べれば、パンの間から最高においしい、赤くて甘い季節がじゅわっと溢れ出すはずです。
文・写真 カヒミ カリィ

トマトサンドイッチ
材料(作りやすい分量)
・パン (白パン、全粒粉、クルミやひまわりの種などナッツやシード入りのものなど、好みのもの) …適量
・トマト(完熟の大きなもの/常温)…適量
・マヨネーズ(おすすめは手作りのシトラス・マヨネーズ)…適量
・バター…適量
・塩、粗挽き黒コショー、ハチミツ…少々

作り方
1 トマトは1cm以上の輪切りにし、数枚用意します。まな板に並べて両面に塩を振り、5分ほどおきます。出た水分をキッチンペーパーでしっかり拭き取ります。
◎これがうま味を凝縮させる最大のコツです。塩の浸透圧で余分な水分が出ると同時に、トマトのうま味がグッと凝縮されます。

2 2枚のパンの片面にバターを塗ります。フライパンを中火で熱し、バターを塗った面を下にして、焼き色がつくまで焼きます。
◎焼くのは片面だけです! これでカリッ&ふわっの両方の食感が味わえます。
3 パン2枚の焼いていない面に、マヨネーズを端までたっぷり塗ります。1枚のパンのマヨネーズの面に、トマトを数枚重ねてのせて、ハチミツを数滴垂らします。黒コショーをたっぷり挽いて、もう1枚のパンでサンドします。

4 手で軽く押さえます。3分ほどおいてなじんだら半分にカットして、出来上がり!
◎マヨネーズは、トマトの汁をパンになじませるソースになります。熱いうちにパンでサンドしたら、数分待つのがコツです。トマトの汁とマヨネーズが乳化し、パンのセンイに絶妙になじみます。
サンドイッチのためのシトラス・マヨネーズ
材料(作りやすい分量)
・卵黄(常温)…1コ分
・植物油(菜種油やグレープシードオイルなどクセのないもの)…150〜180ml
◎エキストラバージンオリーブ油だけで作ると、サンドイッチには少し重く、苦味が出てしまうことがあります。オリーブ油を使いたい場合は「植物油3:オリーブ油1」くらいの割合でブレンドするのがおすすめです。
・レモン汁…大サジ1/2杯~
・白ワインビネガー(または米酢)…適量
・マスタード(おすすめはディジョンマスタード)…小サジ1杯
・塩…小サジ1/4杯~
・コショー…少々

作り方
1 ボールに卵黄、マスタード、塩・コショー、白ワインビネガー小サジ2/3杯を入れて、泡立て器でよく混ぜます。
2 油を、最初は一垂らしずつ加えながら、泡だて器でひたすら混ぜます。ここが一番重要です! 乳化が始まってトロンとしてきたら、油を少しずつ糸のように細く垂らして混ぜ続けます。
◎あえて少しゆるめに仕上げます。市販のものより少し柔らかめに仕上げると、パンに塗った時になじみが良く、ソースのような口当たりになります。
3 レモン汁、白ワインビネガー小サジ2/3杯を加えて混ぜ、塩やレモン汁で味をととのえます。
◎パリに住んでいた時、マヨネーズやドレッシングは買うよりも手作りするひとが多く、お酢や油も量を計らずに目分量でちゃちゃっと作るので感心していました。マヨネーズに、レモンの皮やにんにくのすりおろしや、ハチミツなどを少し加えると、ゆで野菜や白身魚にも最高に合うので、余った分でぜひお試しください。

カヒミ カリィ
ミュージシャン、文筆家、フォトグラファー。1968年生まれ。
フランスで約8年、アメリカで約13年暮らし、2025年春に日本へ帰国。
『暮しの手帖』の連載「すてきなあなたに」にも寄稿。
Instagram:https://www.instagram.com/kahimikarie_official/
