森のアトリエ雑記
第19回 森で、森の絵を描く
2026年09月23日

僕はよく、森の絵を描きます。演劇公演のポスターに、絵本の中の絵に、舞台美術の背景に。この『森のアトリエ雑記』の挿絵にも、しばしば森の絵が出てきますよね。なかなかごちゃごちゃしてて、性格が表れてる気がします。僕の森の絵、最大の作品は、緞帳(どんちょう)です。ステージ全体を覆う、巨大なカーテン。細密に描いた森の絵を、拡大して布にプリントしました。
自然をモチーフにすることは、子どもの頃から好きでした。釣り雑誌の表紙のイラストに憧れて、水面でルアーを咥えている鱒とかをよく描いてました。そうすると同時に水や石や植物もモチーフになりますからね。
今思えば、僕にとっての最初の絵の教科書は、安野光雅さんの絵本だったと思います。小学生の頃、すべてのページに森しか描いていない『もりのえほん』が大好きで。隠されている動物を探して、いつまでも見ていました。真似して、“隠し絵”をずいぶん描いたのを覚えています。
安野光雅さんといえば、『ABCの本』や『あいうえおの本』の影響も、かなり受けました。アルファベットやひらがな、1見開きに1文字ずつ、ちょっと不思議な立体文字が描かれています。内容の面白さも素晴らしいのですが、僕は安野さんが描く木目に惹かれました。絵から読み解くに、安野さんはおそらく、タモとかナラとかの木目を描いていたんじゃないかと思います。森のアトリエにある家具のなかには、僕がデザインして、大工さんに作っていただいたものがけっこうあります。木目や色のイメージを伝えるとき、「こんなのを」って、安野さんの絵本をサンプルにしたこともありました。
僕は絵を写実的に描くだけじゃなく、規則性をもたせて説明的に描くのが好きです。「絵」と「図」のあいだくらいを狙うことがよくあります。そういう意味でお手本になっているのが、アンリ・ルソーです。ルソーの描く森が好きです。平面的でレイヤーを感じる構成。描くのに都合よく、すべてこちらを向いている葉っぱたち。湿度を感じる、ぬめっとした重さ。この気持ちの悪~い気持ち良さが、いいんです。
森の絵を描くときは、資料を探す必要がありません。だって、ちょいと窓の景色に目をやれば、そこに森が広がっているのですから。ここにいるときは、いつだって溢れる緑が目に入っています。たぶん、目にいいです。
そんな森の中にあるアトリエ敷地内に、最近、クヌギの木を2本買って植えました。森の中にあるアトリエの敷地に、木を買って植える。ちょっと意味がないように思えるかもしれませんが、いやいや、これには狙いがあるのです。僕、カブトムシとかクワガタとかが大好きなんですけどね、捕まえて、飼育ケースの中で死なせてしまうことがどうしても辛かったんです。そこで、庭にクヌギの木を植えることで、プライベート・サークル・オブ・ライフを見たかったんですよ。マイ・クヌギに、カブトムシやクワガタが棲みついてくれて、樹液を吸って、交尾して、卵を産んで、幼虫になって、サナギになって、そして次の夏、再びこんにちは。最高でしょ。これが僕の夢です。
「絵を描くこと」と「コントや演劇を発表すること」、僕はこのふたつを、天秤にかけていたことがありました。子どもの頃から、漫画家やイラストレーターに憧れていました。一方で、お笑いや演劇も大好きでした。美術の大学に進んだときには、まだ、将来は絵やデザインで飯を食っていくんだろうなと思っていました。けれど、大学生活の4年間をかけて、天秤量りが逆転しました。エンタメを人生のメインにして、美術やデザインをサイドに置こうと思うようになったのです。
そして、コントや演劇が僕の職業になり、舞台や映像作品を発表し続けました。そうしていくうちに、コントや演劇のために、自分で絵を描く機会、デザインをする必然が、どんどん出てきたんです。結局、「エンタメ」と「美術」、そのどちらもが僕の仕事になったのでした。
「得意なことや、興味を持った物事に逆らわない」
ということが、僕を創作に導いてくれていると感じています。実は、森にアトリエを構えたばかりの頃は、
「僕にはちょっと贅沢すぎるかな」
なんて思ってたこともあったんです。でも今となっては、
「森の中にアトリエを構えたい」
この気持ちにも、逆らわなくてよかったと思っています。僕にとって、「自然」と「表現」は切り離せないものです。森のアトリエと、その周辺の環境は、僕にたくさんの学びと刺激を与えてくれます。
植物や農業、星空や田舎暮らしを、演劇の題材にしたことがあります。これから僕は、どんなテーマを自然からもらうのでしょうか。
秋を迎えて、夜には虫の声がします。テーマ「虫」の演劇か……。いやいや、苦手な人もいるテーマかもな……。では、テーマ「きのこ」は? お、なかなか面白そうですね。『きのこ物語』。登場人物、全員きのこ。あと、森のアトリエの近くには、川が流れています。テーマ「釣り」とか……? 『釣りキチ三平』が好きだから、そういう“釣りロマン”を描くのもいいなあ……。
そのうち、
「次の演劇のテーマは“土”だ!」
とか言い出すかもしれません。うーん、地味すぎますかね。

つづく
絵と文 小林賢太郎
小林賢太郎(こばやしけんたろう)
1973年生まれ。横浜市出身。多摩美術大学卒。脚本家・演出家。コントや演劇の舞台作品、映像作品、出版など。2016年からアトリエを森の中に構えて創作活動をしている。
