森のアトリエ雑記

小林賢太郎

第2回 森のアトリエにやってくる、人間以外のみなさん

2025年04月23日

東京を離れ、自然豊かな森にアトリエを移した著者。人との関わりが減って楽になったぶん、かわりに人間以外のみなさんが集まってきました。といっても、遠くからバンビが微笑んでくれたり、肩にとまった小鳥がハモってくれるような世界ではありません。なんというか、もっとこう、生々しいです。

でかいキジが現れます。言わずと知れた、日本の国鳥。とくにオスは見た目が派手で、キャラ立ちがすごいです。いつも優雅に歩いています。そして目が合うなり「コォーン!」と吠えるので、びっくりします。強そうなので、桃太郎の家来としては、けっこうな戦力になると思います。

どこからか聞こえてくる「ホーホケキョ」は風情がありますが、至近距離のウグイスはかなりやかましいです。やる気のあるやつは「ホー、ホケキョッキャキョッ!」と、尾ヒレをつけてきます。以前「ホーホケキョ」っていうタイトルのラジオコントを書いたことがあるんですが、アトリエでネタを考えていたときにちょうどウグイスが鳴いたので、それがアイデアのきっかけになりました。どんなことでもコントの素材になるものです。ところで、ウグイス色って渋い黄緑色のことを言いますけど、実際のウグイスって、ほぼ茶色です。で、渋い黄緑色なのは、どちらかというとメジロだと思うんですけど、どうなってるんでしょうか。

アトリエの敷地内に水が湧いているところがありまして、そこに青いサワガニがいます。触ろうとしたら、ハサミを立てて「やんのかこら」って感じを出してきました。じゃんけんでなら負ける気がしないのですが、挟まれたら痛そうです。カニよ、そう殺伐とするな。できれば、君らとも仲良くやっていきたいのだ。

ヘビはわりといます。マムシとか。毒ヘビですが、こちらが何もしなければ、何もしてきません。でも、うっかり踏んだりしないように、ヤブを歩くときは気をつけます。僕が車を停めたいスペースに、立派なアオダイショウがいました。すっごいゆっくり進んでいて、けっこう待たされました。僕は参勤交代の列が通過するのを、頭を下げて待つ庶民。森の動物は、僕より偉いんです。

夜。姿は見えないのですが、なにか生き物と生き物の、命がけの戦いであろう叫び声が聞こえます。そして、しばらくすると、やみます。決着がついたんでしょう。最寄りの道の駅に、サルやイノシシと遭遇したときの注意事項が書いてありました。「目を合わせるな」だそうです。でも、目が合うかどうかは向こう次第ですよね。サルやイノシシが現れたら、僕、絶対見ちゃいますもん。

野うさぎがいます。かわいいですよ。ピーターラビットみたいな薄茶色のやつです。ものすごく警戒心が強くて、こちらのわずかな動きに反応して、あっという間に茂みに逃げ込みます。見るには、室内から、窓を閉めたまま、動かずにいるしかない。ある日、庭の雑草を食べている姿を2階の窓から発見しました。写真を撮ろうとカメラを向けたら、もうそこにはいませんでした。「逃げた」というより、「消えた」速さです。bunnyの語源は、vanishだろうか。

高いところから「ワッワッワッ! クツクツクツ!」と聞こえることがあります。リスです。たくさんいるので、見かけない日はほとんどありません。でも、アトリエに人間のお客さんが来ると、現れません。僕のことはどうやら覚えたようで、まったく警戒している様子がありません。それどころか、「こいつは大丈夫なやつだ」みたいに、ちょっとなめられてる気がします。庭で掃き掃除なんかしてると、僕の横すれすれを走り抜けたりします。「ビビらせてやろう」ということでしょうか。感じ悪いです。

そんなリスとは、ひとつエピソードがあります。ある日の夕方。アトリエの敷地内に、リスの赤ちゃんが落ちていました。大きなマテバシイの木の下です。巣から落ちたんだと思います。見たところ外傷はなく、のん気にスヤスヤ眠っていました。そこは僕が通る場所だったので、踏んづけてはいけないと思い、移動させることにしました。軍手をはめて子リスをそっと持ち上げると、手のひらに体温と鼓動が伝わってきました。それがもう、ホームラン級にかわいいのです。

浅い段ボール箱をお盆にして、マテバシイの根元に運びました。これ以上、手でつかむことを遠慮して、箱ごと置いておくことにしました。

いろんなことを考えました。
「これだと、かえって目立って、肉食動物に見つかっちゃうかな」
「もっと高いところに置いたほうがよかったかな」
「頼む親リス! 早く気づいて巣に連れて帰ってあげて!」
アトリエに入り、執筆に戻ったはいいけど、心配で何度も様子を見に行きました。もちろん、親リスが迎えにくるのを邪魔しないように、できるだけ遠くからです。その日はアトリエに泊まりました。

翌朝、まだ薄暗い時間に見に行きました。子リスは、いなくなっていました。どうなったのかは、僕にはわかりません。森にはヘビもフクロウもいます。どうあれ自然界の選択です。僕は干渉すべきではない。それでも何度も思い出して、どうすればよかったのかと考えてしまいます。

海外の記事に、野生の子リスを拾った人のことが出ていました。やはり僕と同じように、ほっとけない状況だったようです。その子リスは弱っていたらしく、しばらく保護して、元気になったら野生に逃がすつもりだったそうです。しかし……その人の現在のプロフィール写真が衝撃でした。大人になったリスが肩に乗っているのです。ナウシカです。くー! うらやましくなんかない。うらやましくなんかないぞ!

今思う、野生動物に対する僕なりのマナーは、
「彼らの世界を尊重し、できるだけ関わらないこと。ただし、人の都合で彼らを困らせるようなら、それを避けるためにできることはやる」という感じです。

先日、劇場で俳優やスタッフのみんなと話していたら、かなりの割合の人がペットを飼っているとわかりました。いいですよね、動物って。苦手な人もいるかもしれないけれど、僕にとって、純粋な彼らとの対話はとても大切です。散らかった自分が整うような気がします。

つづく

絵と文 小林賢太郎


小林賢太郎(こばやしけんたろう)
1973年生まれ。横浜市出身。多摩美術大学卒。脚本家・演出家。コントや演劇の舞台作品、映像作品、出版など。2016年からアトリエを森の中に構えて創作活動をしている。