森のアトリエ雑記
第6回 紙と私
2025年08月27日

神保町の文房具屋さんで、色や厚みが不ぞろいの紙束を買ってきました。裁断で余った部分を寄せ集めたものだと思います。紙の色を活かして絵を描いてみたり、蛇腹に折って小さいハリセンをつくってみたり。けっこうな量があるので、ガシガシ使えて楽しいです。
Amazonの緩衝材の紙で、折り紙をします。正方形にせず、長方形のまま、ジグザグ、でこぼこ、規則性を決めて、パキパキと折り、立体に仕上げていきます。ミウラ折り、楽しいですよ。ひとしきり触ったり眺めたりしてから、捨てます。
マップケースを持っています。「かわいい紙」と書かれているひきだしがあり、開けると、かわいい紙が入っています。広島のお弁当屋さん、“むさし”の包装紙。柿の葉寿司の箱に入っている、どれがサバでどれがシャケかわかる表。
アトリエの壁にはブリキ板が入っていて、マグネットを使って紙を貼れるようになっています。ポスターや、視力検査の表や、外国で買ってきたラッピング用の紙や、お相撲の番付などが貼ってあります。あとは、紙のリングを連結させた不思議な工作や、手作りのひらがな表なんかも貼ってあります。ああ、好きな紙たちに囲まれる幸せよ。
子どもの頃から僕の傍には、ずっと白い紙がありました。家でひとりで絵を描くのが、最高に幸せな時間だったのです。新聞の折り込み広告の中から、裏が白くてざらざらしている紙を探すのが日課でした。お小遣いをもらえば、コクヨの学習ノート「じゆうちょう」を買い込みました。そのうち「計算用紙」というのがコスパが良いことに気づきました。さらには、普通紙を箱で買うようになりました。とにかく、白い紙さえあればご機嫌でした。だって、ずっと絵を描いていられるんですもの。
「子どもは子どもらしく、お友達と外で遊びなさい」という風潮が、僕には苦痛でした。スポーツとか、流行りものとか、僕は、みんなとちょっと興味の方向が合わず、周りの子どもたちとうまく馴染めませんでした。中には、僕のことを好きじゃないクラスメイトもいたようで、僕はいろんなめにあってきました。BB弾で打たれても「家に帰って絵を描けば、僕だけの大好きな世界に逃げられるから大丈夫」って思っていました。紙は僕にとって、最高の個室だったのです。
今でも、手の届くところに紙がないと不安になります。ノートは肌身離さず持っています。新幹線の移動中とか、喫茶店にナポリタンを食べに行くときだって、思いついたことをいつでも書けるようにしています。iPhoneのメモ機能も使っていますが、僕のメモは絵や図が多いので、やはり紙とペンが便利です。
アトリエの机の上には、紙の束が入っている浅い箱が置いてあります。台本の裏紙とか、メモ帳とか、白い紙がグチャッと入っています。その上にペン立てがのっていて、中には色鉛筆がグチャッと入っています。この「グチャッ」がいいんです。きれいにそろえず、ちょっと雑に扱えるくらいが、ちょうどいい。思い立ったアイデアを、思考の勢いに任せて、グチャグチャッと描けるようにしてあるんです。

紙といえば、舞台作品の映像を配信で販売したとき、紙のチケットをつくりました。配信って一般的には、申し込むとURLが送られてきて、そこから作品を観られる、といった仕組みです。すべての工程がオンライン上で済ませられて、実にスマート。ですが、うちのは、わざわざ紙のチケットを使って視聴する方法も設けました。紙のチケットの裏側に視聴コードが書いてあるのです。視聴コードは、通し番号のように、かぶることがありません。つまり、世界でたった一枚の、手に入れた人専用のチケットなのです。紙のチケットがあってもなくても、観られる配信映像は同じなんですけど、あえて。
「入場券」が好きなんです。映画でも演劇でも、動物園でも水族館でも、展覧会でもスポーツ観戦でも、あの小さな紙を手にしたときのワクワク感。「これがあれば入れる」「観られる」ああ、たまりません。使用済みのチケットって、とっておきたくなります。栞に使ったり、手帳のカバーに挟んどいたり、マグネットで壁に貼っといたりして。そのチケットを見るたびに、鑑賞体験を思い出すよろこび。紙って、記憶装置です。
紙モノのデジタル化といえば、電子書籍がありますね。それでもやっぱり、僕は紙の本が好きです。好きになった本は、本として手元に置きたくなります。舞台公演や映画のポスターをつくる際の打ち合わせには、よく会議机の上に紙の本が資料として並びます。画集や写真集などをペラペラめくりながら、目と指先から伝わってくる刺激を、ヒントにするんです。
どんなにデジタル化が進んでも、アナログが完全に消えてしまうことはないんだと思います。音楽だってそうですよね。ダウンロード販売やサブスクといった、デジタル中心の流通になったけれど、それでもレコードはいまだに存在し続けていますもの。僕の好きなバーには、壁一面の棚にレコードがぎっしり並んでいます。またジャズを聴きに行こう。ウイスキーを飲みながら、物語を考えよう。もちろん、アイデアはスマホじゃなくて、紙のノートに書きますとも。
いつかこの雑記も、紙の本になったらいいなあ、なんて、楽しく妄想しています。
つづく
絵と文 小林賢太郎
小林賢太郎(こばやしけんたろう)
1973年生まれ。横浜市出身。多摩美術大学卒。脚本家・演出家。コントや演劇の舞台作品、映像作品、出版など。2016年からアトリエを森の中に構えて創作活動をしている。
