森のアトリエ雑記

小林賢太郎

第7回 虫と私

2025年09月24日

森のアトリエの敷地内に、センサーでスイッチが入る仕組みのライトがあります。暗い時間の車の出し入れのために取り付けました。

夜、庭で静かに焚き火をしながら暗さを楽しんでいたら、例のセンサーライトがパッと点灯しました。でも、僕も炎も、センサーが反応する距離ではありません。タヌキでも歩いたのかなと思いましたが、動物の気配もありません。ライトは、5分ほどすると自動で消えます。

暗さが戻ってきたと思ったら、……また点灯しました。動物の気配もなし。なんで!? 近づいてみると、照明器具に小枝がひっかかっていました。これが風で揺れて、センサーが反応したのかな、と思ったら、小枝が歩き始めました。ナナフシでした。ナナフシとは、木の枝に擬態した、ヒョロ長い虫です。

ときどき見かけるんですよ。ナナフシ。細い木に見える虫。そんなナナフシが、ある日網戸にへばりついていたんですけど、完璧に「木」という字の格好になっていました。キミは漢字がわかるのかい。これを、ナナフシの七不思議のひとつとする。

足が1本足りないナナフシがたまにいます。「ロクフシだな」って思いましたが、ナナフシの足は元々6本なので、1本ないということは計5本なんです。じゃあ、ゴフシ? いやいや、ゴと言ってしまうと、ナナよりも2少ないということになってしまいます。ないのは足1本だけです。「フシ」って「節」だろうから、関節のことかしら。しかし、ナナフシの関節は視認できるだけでも18カ所あります。ジュウハチフシなのです。ではなぜナナフシっていうの? 「ナナフシの七不思議」。コンプリートは、まだです。

森のアトリエの周りは、とにかく昆虫見放題。面白そうな奴がいると、僕はその場で観察を始めます。

アシナガバチ
アトリエの軒下に、しばしばハチの巣ができます。今日はアシナガバチの巣をひとつ発見しました。攻撃性のないタイプのハチですが、あんまり近づくのはよろしくない。でも今回は、窓のすぐ外。つまり、室内からガラス越しに至近距離で観察できます。巣はハニカム構造。無数の六角形が、美しく組み合わさっています。生き物の不思議を感じることができました。アシナガバチの顔は、よく見ると仮面ライダーみたいで、かっこよかったです。

ミツバチ
アトリエのすぐそばの木の根元あたりに、コブ状に膨らんだ部分があり、穴が空いています。“ ウロ ” です。その周辺の樹皮が、波を打つように「ブワッ」と動きました。正体は、ミツバチの群れです。ミツバチは黄色くて丸くて小さくて、怖くないハチです。どうやらそのウロが巣になっているようです。そこに、宿敵オオスズメバチが1匹飛んできました。怖い方のハチです。ミツバチたちは、一丸となって「ブワッ」と威嚇をしていたのでした。スポーツの観客がやるウェーブってありますよね。あれの素早いやつって感じ。ミツバチはスズメバチに襲われると、集団で反撃します。みんなでスズメバチを捕まえて、団子状に包囲するのです。これを“ 蜂球(ほうきゅう)”といいます。そして、みんなで一斉にブーン! って羽ばたき、蜂球内の温度を上げ、スズメバチを蒸し殺すんだそうです。あんなにかわいいのに、なんという恐ろしい戦術。大好きな絵本、レオ・レオニの『スイミー』を思い出しました。

シオカラトンボ
焚いている蚊取り線香の皿のフチに、シオカラトンボがとまりました。「俺には効かん」とばかりに。シオカラトンボは、僕の車の鼻っ面にとまっていたこともありました。ロールスロイスのあれみたいでした。シオカラトンボって、青くてきれいですけど、塩辛にはちっとも似てないですよね。と思ったら、このシオカラトンボの “ シオカラ ” って、イカの塩辛じゃなくて、昆布の塩辛が由来らしいです。

ミヤマクワガタ
焚き火をしていたら、すぐそばにミヤマクワガタが飛んできました。なかなか立派なオスです。観察しようと、僕は顔を近づけました。すると奴は、6本ある足の後ろ4本を使って垂直に立ち上がり、キバを剥き出しにして威嚇してきました。あれ正確にはキバじゃないんですけど、まあ、そういう勢い。前足2本は大きく広げ、まるで横綱の土俵入り。僕に対して、無言の「やんのかこら」。いやいやいや、ミヤマさん。飛んできたのはそっちじゃないですか。僕はケンカは買わず、虫を無視して一献傾けました。

セミ
夜も深まり、焚き火の後始末をして、アトリエの戸締まりをしていました。すると外に置いてあった椅子の角に、なにか白く光るものが見えました。サナギから抜け出たばかりのセミでした。抜け殻につかまって、じっとしてます。氷砂糖のような半透明の白に、爽やかな青や緑のスジ。とてもきれいで、僕は蚊に刺されながらも見入っていました。
数時間後、色が少しアブラゼミっぽく変化してきました。人間にはない命の工程。面白くて、美しくて、不思議でした。翌朝、抜け殻だけを残して、奴はいなくなっていました。うれしかったです。セミに朝4時とかに熱唱されると、うるせえなって思います。けれど、あんな姿を見せられちゃったら「鳴け、生きろ」って思えてきます。

宇宙人
ゲジゲジとかムカデとか、そういう人間と姿が遠すぎるひとたちを、僕は宇宙人と呼んでいます。胴体がヒモ状で、足の数が40本とかって、もう生き物としてデザインが滅茶苦茶すぎるでしょ。モンスタークラスのゲジゲジが玄関でいきなり死んでたりします。どこから入ってきたのか、屋内で死んでいるのです。死にに来ないでほしいです。ムカデに噛まれると、とても痛いらしいんですが、殺すのも何なんで、安全に捕獲する装置を作りました。装置といっても、大きいペットボトルを半分に切っただけなんですけど。でもこれが大活躍しています。アトリエの建物内に迷い込んできたやつを、パコっと閉じ込めて、下敷きみたいな板をすっと差し込んで持ち上げます。そして建物から離れたところに解き放つ。さあ、自分の星へお帰り。

バッタのたぐい
スズムシ、マツムシ、キリギリス、コオロギ。夜になると、虫たちがきれいな声で鳴きます。ベランダに置いたスノコにキリギリスが挟まっていたときは、引っこ抜いて逃してやりました。そのうちバイオリンを持った緑色の紳士が訪ねて来るかもしれませんね。夜、虫たちの声に耳を澄ますと、心が静まります。空を見上げると無数の星。オリオン座の中って、こんなに細かい星があるんだなあ、なんて思いながら、願い事をするのです。

「解き放った宇宙人たちが、恩返しに来ませんように」

つづく

絵と文 小林賢太郎


小林賢太郎(こばやしけんたろう)
1973年生まれ。横浜市出身。多摩美術大学卒。脚本家・演出家。コントや演劇の舞台作品、映像作品、出版など。2016年からアトリエを森の中に構えて創作活動をしている。