日本文学を訳すモノです

クォン・ナミ

第14回 楽しかったよ、青森 

2026年06月17日

一昨年、黒柳徹子さんの『続 窓ぎわのトットちゃん』を翻訳した。
『続 窓ぎわのトットちゃん』は、トモエ学園が焼け落ちたあと、トットちゃん一家が青森へ疎開してからの物語だ。苦しい戦後を生き抜き、やがてトップスターになるまでが描かれている。翻訳した作品の舞台を歩ける機会は、翻訳者にとって何よりうれしい。その青森を、運よく見つけた格安航空券のおかげで訪ねることになった。

​函館で2泊3日を過ごし、青森駅に着いた。11歳のトットちゃんが上野から夜行列車に乗ってたどり着いた地だ。激しい雨が降っていた。
雨はずっと止まず、青森の初日はホテルにこもって過ごした。幸いホテルは駅の中にあり、外に出なくても食事もショッピングも楽しめた。夕食は、前日の不快な寿司の味を上書きすべく、おいしい寿司を食べた。 実は前日、函館の回転寿司でとんでもないことがあった。ねぎとろ軍艦を口に運んだ瞬間、チクリと鋭い異物感があって見てみると、なんと頭に色のついた爪楊枝だったのだ。幸いけがはなかったし、その場で騒いでも周りのお客さんの迷惑になると思い、何も言わなかった。シャリの上のネタではなく、エッセイのネタをもらった——そう思うことにした。
ところが、夕食に寿司を選んだことを後悔した。翌日、地元の方と遅めの朝食で「のっけ丼」を食べることになっていたのだ。

2日目、Threadsで連絡をくれた最初の方と会った。BTSファンの明るくて気さくな女性だった。彼女とはあらかじめ、のっけ丼を食べてから青森県立美術館へ行く約束をしていた。のっけ丼は、好きな海鮮を選んで作る「自分だけの海鮮丼」だ。さすがに2食続けて生の海鮮は厳しかったけれど、とてもおいしかった。お腹を満たしたあと、青森県立美術館へ向かった。
雨上がりの美術館は、白い建物と青い空と広い野原——それ自体がひとつの作品だった。巨大な「あおもり犬」に出会い、奈良美智さんの絵を原画で見ることができたことも、「青森に来てよかった」と思わせてくれた。ご親切にねぶたミュージアムのワ・ラッセと、お土産を買えるA-FACTORYも案内してくださった。

3日目、強風注意報の出る中で会ったのは、デザインの仕事をしている30代の女性で、一緒に昼食をとることにした。彼女が案内してくれたのは老舗の中華料理店。偶然にも、のっけ丼の店の真向かいだった。高齢のご夫婦が営むお店で、野菜たっぷりのラーメンをいただいた。やはり地元の人のおすすめに勝るものはない。
どこへ行くつもりか聞かれたので、明後日、浅虫温泉に行ってみようと思っていると答えた。ラーメンを食べ終えてそのまま別れるものと思っていたら、「じゃあ、浅虫温泉に行きましょうか」と彼女。ラッキー。途中でダイソーに寄ってタオルを買い、駅前にある小さな足湯にも浸かった。すごくシャイな彼女は、コロナの後遺症で長く外出できなかったが、この春になってようやく出かけられるようになったのだという。

3人目は地元の人ではなく、東京からやって来た読者の方だった。去年、神保町の書店「チェッコリ」でサイン会をしたとき、なんと5枚もの手書きの手紙を持って来てくださった方。私が格安で買った青森行きの航空券より高い新幹線に乗って、1泊2日の日程で青森までいらっしゃった。ドラマの主人公をそのまま連れてきたような、30代の女性だった。弘前公園で桜を眺めて、夜は居酒屋でお酒を飲みながら、旧知の仲のように話が弾んだ。翌日は三内丸山遺跡を一緒に見て回り、彼女は東京へ戻っていった。

そしてひとりで過ごした最終日。新町通りをぶらついていて、数ある飲食店の中でたまたま入ったのが「新鮮市場」にあるお店だった。寿司に恨みがあるわけではないけれど、最後の日だし、やっぱり食べておこうと思った。今度はちゃんとおいしかった。よかった。

おなかを満たしてから気付いたのだが、「新鮮市場」はなんと青森市役所の地下だった。せっかくだからと庁舎にも入ってみると、6階から8階が図書館になっているではないか。書店と図書館は素通りできない。もしかして私の本が1冊くらいあるかもしれない——そんな淡い期待を胸に上がってみたところ、入った瞬間、思わず立ち止まった。一般の本の4倍はありそうな大きな絵本が置かれていて、それがまさに私が韓国語に翻訳した本だったのだ。

館内は撮影禁止かもしれないと思い、スタッフの方に尋ねてみた。「この本、私が韓国語に翻訳したものなのですが、写真を撮ってもよろしいでしょうか」と。名前を名乗り、実は自分の本があるかと思って上がってきたのだと話した。

しばらくすると責任者の方がいらして、快く許可してくださった。さらに私の本を2冊持ってきてくださり、大判の絵本と合わせて3冊をきれいに並べ、「記念に」と写真を撮ってくださった。 感動はそれだけでは終わらなかった。スタッフの方が資料利用票を手に戻ってきて、こうおっしゃった。
「『面倒だけど、幸せになってみようか』は貸出中でした。つまり、当館にはナミさんの本が3冊全部あるんです! これは記念にお持ち帰りください」
口をぽかんと開けたまま、両手で受け取った。その温かい心遣いがありがたくて、涙が出そうになったが、ぐっと飲み込んだ。その小さな利用票は、あの日の気持ちごと、今も大切に保管している。

​私の故郷・大邱(てぐ)も、青森と同じくりんごで有名な街だ。その共通点だけでも親近感を抱いていたけれど、今回の旅で出会った人たちのおかげで、その縁をぐっと身近に感じている。
ありがとうございました。るみさん、りえさん、まみさん。
楽しかったよ、青森。

文 クォン・ナミ


クォン・ナミ
韓国を代表する日本文学の翻訳家。エッセイスト。1966年生まれ。20代中頃から翻訳の仕事を始め、30年間に300冊以上の作品を担当。数多くの日本作家の作品を翻訳し、なかでも村上春樹のエッセイ、小川糸、益田ミリの作品は韓国で最も多く訳した。著書に『スターバックス日記』『面倒だけど、幸せになってみようか』など。日本語版が刊行されているものに『ひとりだから楽しい仕事』『翻訳に生きて死んで』がある。