第1回 本当のチャンスに、かけ声はない
2025年04月16日
家の近所に、小さな定食屋がある。厨房をぐるりと囲むカウンタースタイルで、5〜6人も座れば満席になるような、こぢんまりとした居心地のいいお店だ。店の隅に備え付けられた小さなテレビでは、たいていNHKのニュースが流れていて、その音に混じって、野菜を刻む音、唐揚げを揚げるパチパチという油の音、食器の触れ合う音、そして奥さんのやさしい声が聞こえてくる。
私はこの店が好きで、週に一度は訪れている。注文するのはたいてい蒸し鶏の定食。ヘルシーだけどしっかりとボリュームがあり、心も体も満たされる。じわじわとおいしさが染みてくるようなごはんだ。白米って、こんなにおいしかったっけと、毎回あらためて驚く。つやつやのお米の最後の一粒まで、具だくさんなお味噌汁の最後の一滴まで、静かにかみ締めて、食事を終える。
食後は、できるだけ静かに会計を済ませたいと思っている。店内に流れる心地よい空気を、できるだけ邪魔したくないからだ。小銭をまさぐるのもまどろっこしいので、私はPayPayを使うことが多い。
ある日も、いつものように蒸し鶏定食を食べ終え、席を立つ。奥さんが気づいて、「ありがとうございます」とレジの前に移動する。私はスマホを出してPayPayを立ち上げた。「1,150円です」。金額を打ち込んで、数字に間違いがないことを確認してもらう。PayPay! と小気味よい決済完了の音が鳴る。店内にはちょうど、唐揚げを揚げる油の音と、厨房に立つ店主がお客さんに「おまたせしました」と話しかける声が交差していた。
「スクラッチチャンス!」
そこへ突然、まるでゲームセンターの呼び込みのような、甲高い声が響き渡った。唐揚げのパチパチを突き破り、NHKのニュースをかき消し、店内の空気を一気に切り裂く。音の発生源は、私のスマホだ。私の、PayPayだ。
恥ずかしい、と思った。ものすごく、恥ずかしかった。
穏やかな空間に、あまりにも場違いな音を響かせてしまったことが、申し訳なくてたまらなかった。油の音、テレビの音、奥さんのやわらかな声—— そこになじんでいたはずの私が、突然その調和を乱す存在になってしまったようで。私が何か“得をしようとしている”かのようで、余計にいたたまれなかった。誰もそんなふうに思っていないかもしれない。でも私は、「この人、キャッシュバック狙ってますよ」と言われたような気がして、思わず視線を落とした。
奥さんの「ありがとうございました」という声に応える前に、私はスマホをポケットにしまい、できるだけ自然な速度で、でもなるべく早く、扉を開けて店を出た。振り返ることもせず、あの心地よい空気を自分が壊してしまった申し訳ないような気持ちのまま、足早に立ち去った。
歩きながら、気づいた。
ああ、電源ボタンをすぐに押せばよかった。
決済後すぐさまアプリを閉じたら、音が鳴ることを防げたのに。
いつもより白米をゆっくり噛んで、味噌汁の最後の一滴まで味わって、「今日もいいごはんだったな」と思っていたからこそ、気が緩んでしまったのだと思う。
私は、なるべく音を立てずに過ごしたい人間だ。公共の場では静かにしていたいし、大きな声で騒ぐ人を見ると、つい目をそらしてしまう。自分が誰かの視界に入りすぎないように、風景の一部としてそこにいたいと、いつも心のどこかで思っている。
一人でいるときの私は、とても静かだ。
誰かと一緒にいるときは、自分の中にある明るさや、相手を励ましたい気持ちが自然と出てくる。笑ったり、話したり、向日性のようなものが前に出てくる。けれど一人のときは、すんとしている。声も動きも小さくして、その場にただ在るように過ごしている。そんな自分を、突然スポットライトで照らされるような「スクラッチチャンス!」は、どうしても苦手だ。
「PayPay!」はまだいい。支払いの完了を伝えるだけだ。でも「スクラッチチャンス!」は、なにか別の次元のノリがある。私の意思とは関係なく、それは勝手に鳴る。誰が望んだチャンスなんだ。私が今求めているのは、スクラッチではなく、静かなお会計だ。
そもそも、チャンスというのは、自分で見つけるものじゃないかと思う。何がチャンスだ。誰かが声高に“チャンスだよ!”と叫んでくる時点で、もうそれは私のものではない。押し付けられたチャンスは、ただのノイズになる。PayPayに限らず、人生のいろんな場面で、「これはあなたのチャンスです」と差し出されるものに対して、私はどこか身構えてしまう。本当にそうか? それ、誰のためのチャンス?
思えば、学生時代に「今が勝負だよ」と言われたときも、就職活動で「この会社はチャンスだよ」と言われたときも、どこか冷めた気持ちになった。本当のチャンスって、静かに心の内側から湧いてくるようなものじゃないか。うれしい、とか、やってみたい、っていう気持ちの先にあるもの。だから、音を立てながらやって来るチャンスには、つい「勘弁してくれ」と思ってしまう。
忘れた頃に、スクラッチチャンスはやって来る。驚いて、恥ずかしくなって、そっと逃げ帰る。私は、静かに湧き上がるチャンスを見逃したくない。
本当のチャンスに、かけ声はない。
文 岡本真帆
岡本真帆(おかもとまほ)
歌人、作家。1989年高知県出身。SNSに投稿した短歌「ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、傘もこんなにたくさんあるし」が話題となり、2022年に第一歌集『水上バス浅草行き』を刊行。ほかの著書に『あかるい花束』『落雷と祝福 「好き」に生かされる短歌とエッセイ』。東京と高知の二拠点生活、会社員と歌人の兼業生活を送るなかで気づいた日々のあれこれを綴る。