反復横跳び、ときどき休憩
第10回 植物の名前
2026年01月14日

最近、部屋のインテリアに凝っている。昨年の夏、これまでよりも広い部屋へ引っ越したのをきっかけに、自分好みの部屋作りを始めた。ソファや大きなテレビを買い、新しい観葉植物を迎え、秋には、冬の寒さに耐えられるようにとかわいいカーペットを敷いた。現代にはありがたいことにInstagramがある。インスタに投稿されている、オシャレな人のすてきな部屋をたくさん眺めるうちに、やってみたい色の組み合わせや、取り入れてみたい家具、まねしてみたい収納方法などがあふれてきて、気付けば部屋のインテリアに夢中になっていた。その結果、大変居心地のいい部屋ができあがりつつある。帰ればお気に入りの空間があるのは、うれしい。
リビングの日当たりがとてもよく、観葉植物ものびのびとしている。以前からいつも何かしらの植物と一緒に暮らしてきた。高知との二拠点生活を始める前は、東京の一人暮らしのワンルームで、小さなウンベラータを育てていた。黄緑色の葉っぱがハートの形をしていて、明るいところが好きな、背が高くなる植物だ。家にいるときはカーテンを開けて日光浴をさせてやり、大事にかわいがって、1年経ったところで伸びた枝を剪定し、挿し木で2株に増やした。
でも、植物を育てるのが上手だというわけではなく、2株目のウンベラータは日光の当たりづらいところに置いていたため、冬の間に元気がなくなってしまった。多忙のあまり水やりを怠っていたのも大きかった。着いていた葉っぱのほとんどが落ち、高知への引っ越しを決めた頃には、新芽から出た新しい葉っぱ2枚だけになっていた。
一方、私の母は植物を育てるのがとても上手で、庭には季節ごとに色とりどりの花が咲いている。室内にもいろんな種類の植物があり、帰省するたびにそれぞれの近況をプレゼンしてくれるので、私はへえ、ほう、と相づちを打つ係になる。
引っ越しのトラックから、元気のないウンベラータが新しい部屋に運び込まれたとき、その場に居合わせた母はひっと小さく悲鳴を上げ、「かわいそう」と言った。
日当たりのよい環境になったからなのか、暖かく、風通しがよかったからなのか。すっかり弱っていたウンベラータも徐々に元気を取り戻し、初夏にそれぞれ一回り大きな鉢に植え替えると、長い夏の間にぐんぐん伸びた。母特製の赤玉土のブレンドがよかったのかもしれない。
2つのウンベラータは私の背丈を追い越して、もはや簡単に運べるようなサイズではなくなってしまった。近頃は高知の自宅をほとんど留守にしているため、ウンベラータは母に預けている。適宜剪定し、挿し木したものを友人たちに配っても、まだわさわさと成長していて、今では実家の一部が森のようになっている。
最近気付いたことがある。私が観葉植物に興味を持つようになったのは、ここ数年のことだ。だからだろうか、どうしてなのか、植物の名前がすぐに覚えられない。
例えば、今、私の自宅には5つの植物がある。サンスベリア、エバーフレッシュ、フィカス・アルテシマ、オリーブ、ポトス・ゴールデン。あたかもすらすらと名前を列挙したように思えるかもしれないが、ちゃんと名前を言えるようになるまで結構時間がかかった。
エバーフレッシュは、細かい葉が扇のようにひらく観葉植物だ。夜になると眠るように葉を閉じる。朝と夜とで見た目が変化するその姿が愛らしく、私は熱心に観察し、水やりをする朝にはよく話しかけている。なのに、名前だけがどうしても覚えられない。目の前にエバーフレッシュがなくても、あの細い葉っぱの形状はいつでも思い出せるのに、名前を言おうとすると「ハッピー」とか「シェアード」のような言葉が浮かんでしまい、混乱する。いや、ハッピーじゃない。絶対ハッピーじゃなかった。そうじゃなくて……シェアードはどこからきた? 「新鮮で幸福そうな名前」というイメージはあるものの、エバーフレッシュという名前はいつも思い出せなくて、「夜 葉っぱが閉じる植物」で何度も検索してしまった。
エバーフレッシュなら、まだいい。ちょっと英語っぽいので、イメージからの連想でたどり着ける。一方サンスベリアや、フィカス・アルテシマは、難しすぎる。植物名はラテン語や地名が由来で、推測の手がかりが少ない。見た目が個性的すぎて、私はビジュアルの方の情報処理に精いっぱいで、名前を覚えることまで手が回らないのかもしれない。
しかし、一緒に暮らしている植物の名前くらいは覚えておきたいもの。何度も名前を口に出して、耳になじませていくうちに、自宅にいる子たちの名前は、思い出せるようになった。こうやって原稿を書いたことも、記憶の定着に一役買っているかもしれない。
じつは今、思い出せない植物がある。おなじフィカスなんとかという種類のやつだ。私の家にある、フィカス・アルテシマよりも濃い色をしている。フィカス……レ……。レがつくことは覚えているのに。レガ……レガレイラ……? フィカス・レガレイラ。それっぽいけど違う。レガレイラは、有馬記念に出ていた馬の名前だ。大負けしてショックだったので脳に刻まれてしまっている。感情が大きく揺さぶられたら記憶に残るということなんだろうか。本当の名前の前にレガレイラが躍り出ている。フィカス……レンガ……ガレン……グラン……レン……レンブラント……?
※正しくは「フィカス・ベンガレンシス」でした。
文 岡本真帆
岡本真帆(おかもとまほ)
歌人、作家。1989年生まれ。高知県出身。SNSに投稿した短歌「ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、傘もこんなにたくさんあるし」が話題となり、2022年に第一歌集『水上バス浅草行き』を刊行。ほかの著書に『あかるい花束』『落雷と祝福 「好き」に生かされる短歌とエッセイ』。東京と高知の二拠点生活、会社員と歌人の兼業生活を送るなかで気づいた日々のあれこれを綴る。
