反復横跳び、ときどき休憩
第13回 変なあだ名
2026年04月08日

暖かくなってきたので、ふたたび朝活に力を入れている。最近は5時半に起き、6時台の電車に乗っている。職場の近くにあるカフェへ、電車が混み合う時間よりも前に移動してしまい、そこで始業ぎりぎりまで原稿を書く作戦だ。朝、ぼんやりする時間を電車の座席で過ごすと、不思議とそんなにストレスを感じないから、無理をしているという感覚もなく、このやり方を試し続けている。
朝ごはんを食べないと空腹で何も手に付かなくなってしまうので、簡単な朝食を準備してから、家を出ることにしている。
布団から抜け出したら、まずケトルに水をためてスイッチを押し、それと同時に冷凍おにぎりをレンジにかける。その間にトイレへ行き、顔を洗って、着替えて、身支度をする。おにぎりは週に一回まとめて作り置きをしていて、あらかじめ具を混ぜ込んでから握って冷凍しているから、チンしたあとは海苔を巻くだけ。コンビニのおにぎりがどんどん高くなっているから、自分で作ってみることにした。作り置きできなかった週は、冷凍ご飯をチンして、朝パパッと明太子や梅干しなどの具を詰め込み握る。そうして熱々のおにぎりの形をラップで整えたら、6P チーズと一緒にチャック付きポリ袋に入れて、リュックにしまい込む。これで完成。濃いめに入れた緑茶のボトルも忘れない。
これらを、行儀が悪いかもしれないけれど、私は電車を待つホームで食べている。待ち時間が5〜10分あるので、このときに軽く食べておくのだ。いきなりご飯を食べると血糖値が上がり、電車の中で眠くなってしまうことが多いので、それを防ぐために、先にチーズを食べる。一口サイズのチーズを味わい、緑茶でほっと一息ついたら、そのあと、おにぎりを取り出す。
温めてから20分はたっているはずなのに、おにぎりから盛大に湯気が立ち上る。日の光を浴びた吸血鬼が朝日の中で溶けていくみたい、といつも思う。白い水蒸気がじゅわーっと広がっている。太陽に照らされたその光り輝くおにぎりから、強いエネルギーを感じる。
おにぎりはだいたい大きめに握っているので、わずかな時間で全部は食べられない。胃腸の調子によってはチーズだけで十分に感じるときもある。それでも、その後のガス欠を避けるために、1口、2口は必ず食べる。
おにぎりの湯気が目立ちすぎているのだろうか。それとも、駅のホームで食べているみっともなさからだろうか。ほぼ毎朝、向かいのホームで電車を待つ人と、目が合ってしまう。ジャージ姿の学生や、ぼーっと宙を眺めている女性、スーツ姿の会社員が、ふとした瞬間、視線をこちらに向けている。気のせいではないと思う。かなりの高確率で、誰かと目が合う。ひまわりの種を手に持ったハムスターがそれを手放さないように、私も、だからといって食べるのをやめたりしない。そのまま2〜3秒見つめ返す。それから目をそらす。気づいていないふりをして、もぐもぐと食べ続ける。
こういうときに思うのは、彼らの頭の中で、あだ名を付けられているんだろうな、ということだ。妙な目立ち方をしている(ような気がする)ときは、声に出すことはないにせよ、心の中で変な呼び方をされているんじゃないかと妄想してしまう。例えば、安直に「おにぎりネキ*」あたりだろうか。
朝活を長く続けるには、毎日同じ電車に乗ることが大事だと思っている。通勤ラッシュが本格的に始まる少し手前の時間帯を選んで、毎朝必ず同じ時刻の電車に乗る。以前は雰囲気で起きて、気分で駅に向かい、そのときやってくる電車に乗っていた。
同じリズムで同じ時刻の電車に乗り続けるうちに、ホームで電車を待つ顔ぶれも、車内にいる人たちも、体感7割くらいは同じだと気づいてしまった。世の中のみなさんは、私が思っている以上に、規則正しく生きている。
同じ時間の同じメンツに、何度もおにぎりを頰張っている姿を目撃される。つまり、5時半起床に成功して6時台の決まった電車に乗るたびに、私はどんどん「おにぎりネキ」というあだ名に収束していくのだ。たった一度くらいでは名付けられないかもしれない。しかし10回以上目撃したら、きっといつかは別のあの人だって、私にオリジナルのあだ名を名付けてしまうだろう。
シンプルに「おにぎりの人」で済むならいいかもしれない。「おむすびマン」とか、いや、マンじゃないから「おむすびウーマン」か、とか。無限の可能性が、湯気のように広がる。それぞれの頭の中にある私の呼称を紙に書いてほしい。キャラクターの名前を決める公募みたいに、私のあだ名をみんなで決めよう。
今日も、強く差し込む朝日の中で、生まれたてのおにぎりの包みを開く。
*ネキ=アネキ(姉貴)を表すネットスラング
文 岡本真帆
岡本真帆(おかもとまほ)
歌人、作家。1989年生まれ。高知県出身。SNSに投稿した短歌「ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、傘もこんなにたくさんあるし」が話題となり、2022年に第一歌集『水上バス浅草行き』を刊行。ほかの著書に『あかるい花束』『落雷と祝福 「好き」に生かされる短歌とエッセイ』。東京と高知の二拠点生活、会社員と歌人の兼業生活を送るなかで気づいた日々のあれこれを綴る。
