新刊のご案内
編集長より、最新号発売のご挨拶
2025年07月24日

––編集長より、最新号発売のご挨拶
こんにちは、島﨑です。
暑い暑い日が続きますね。皆さま、元気でお過ごしでしょうか。
本号の『暮しの手帖』は、「戦争を考える」という大きな柱を立てました。ふだんは「日々の暮らしに役立つ内容を」と心がけて制作している小誌ですが、戦後80年のいま、どうしても、皆さまとともに立ち止まり、戦争について考えたかったのです。巻頭特集「いま、『一銭五厘の旗』を立てるなら」をはじめ、「硫黄島の日々を振り返る」「トーベ・ヤンソンと戦争の時代」「翻訳者に教わる、知らない戦争を教えてくれる本」といった企画を用意しました。
巻頭特集「いま、『一銭五厘の旗』を立てるなら」では、「この社会のどんなことが気になりますか?」とSNSを通じて広く問いかけ、ご投稿を募りました。同時に、各界の方々に、同テーマでご寄稿をお願いしました。ご参加くださったのは、瀧波ユカリさん、柚木麻子さん、長島有里枝さん、坂本美雨さん、尾崎世界観さん、しりあがり寿さん、馬田草織さん、内田也哉子さん、藤原辰史さん、山崎ナオコーラさん、宇多丸(ライムスター)さん、高橋源一郎さん。そして、各位から端切れ布をご提供いただき、編集部員がそれらを縫い合わせて、「一銭五厘の旗」を作りました。
「『一銭五厘の旗』って何?」
そう思われる方は多いことと思います。これは、高度経済成長に沸く1970年に、小誌の初代編集長・花森安治が発表した「見よぼくら一銭五厘の旗」という随筆に由来するものです。「一銭五厘」とは、先の戦時下のハガキ一枚の値段とされ、花森は随筆の中で、前線に出兵した際に上官から「貴様らの代りは一銭五厘で来る」と怒鳴られたと書きました。また、戦争を経て、庶民がやっとの思いで手にしたはずの民主主義が、経済偏重主義にまぎれて打ち捨てられている、とも。そして読者に、庶民を顧みない為政者や大企業に対して、「一銭五厘の旗」を掲げ、物を言おうと呼びかけたのです。

創刊から30年間にわたって編集長を務めた花森は、とにかく「物申す人」でした。国に対して、世間に対して、いつも何かに憤り、意見している。その頃の誌面を眺めながら、私は最近、思うのです。私たちも、もうちょっと、物申した方がいいんじゃないかな、と。
何かあっても、事を荒立てず、受け流すのが大人である。世の中にはそういう価値観があるみたいです。でも、私たちは少しばかり、我慢強すぎるのかもしれません。
モヤモヤすること、なんか変だなと思うこと、嫌なこと、辛かったこと、こうなればよいのにと思うこと。自分のためにも他者のためにも、平気なふりはやめて、みんなでもっと言った方がいい。そう思うのです。
というのも、言うべきことを言わないで黙っていると、いつの間にか、自分自身がそれに慣れてしまうから。そして、はっと気づいた時には、大きな声を持つ人が小さな声をかき消して、抗いきれないほどの流れを作ってしまっているものだから……。
今回の投稿募集には、想定したよりもはるかに多くのご応募をいただきました。テーマは多岐にわたり、ずしりとしたものを手渡された感がありました。紙数の関係で、本誌にごくわずかしか掲載できなかったことが、とても残念です。急ぎ、小社のホームページに特設サイトをもうけ、やはり一部ではあるのですが、掲載させていただくことにいたしました。本誌とあわせ、ぜひご覧いただけましたらうれしく思います。
そして、これを読んでおられる皆さまもぜひ、いまこの社会について気になっていることを、SNSなどを通じて教えてくださいませんか。
もうひとつ、お知らせです。
本号より、新連載が始まりました。エッセイストの古賀及子さんと詩人の向坂くじらさんが、往復書簡の形でそれぞれの近況をつづります。おふたりならではの観察眼と洞察力、言葉のセンスによってつむがれる日常は、おかしみと発見に満ちています。肩の凝らない楽しい文章をぜひ、ご堪能ください。
『暮しの手帖』編集長 島﨑奈央
37号の目次、特設サイトは下記のリンクよりご覧いただけます。
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特集「いま、『一銭五厘の旗』を立てるなら」
