普通をしっかりやっていく

2023年01月25日

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普通をしっかりやっていく
――編集長より、最新号発売のご挨拶

こんにちは、北川です。
この冬いちばんの寒気が列島に流れ込んでいるとのことで、大雪に見舞われた地域では、いろいろお困りの方もいらっしゃるでしょうか。路面凍結もこわいですから、みなさま、どうぞご安全にお過ごしください。
今号の表紙画は、イラストレーターの水沢そらさんによる「春よ、こい」。草むらに花々が咲き乱れ、蝶やイモムシが生を謳歌している――そんな絵で、ひと足早い「春爛漫」をお届けします。函館市出身の水沢さんは、子ども時代、この時季は春を待ち焦がれていて、これはそんなときに思い描いていた春の表現だそうです。
水沢さんが絵に寄せてくださった言葉(169頁)より。
〈そういえば今は亡き父も毎年飽きもせずに言っていました。「はやく春、来ねえかなぁ。寒いの飽きたなぁ」って〉

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思えば、巻頭記事「湯宿さか本 坂本菜の花さん 普通をしっかりやっていく」の取材撮影で能登半島にある石川県珠洲市を訪れたのは、昨年の11月半ば、紅葉真っ盛りの時季でした。いまはすっかり雪景色だと聞きます。
「湯宿さか本」がどんな宿か、もしかしたらご存じの方もいらっしゃるかもしれません。宿をつくった坂本新一郎さんが自ら掲げたキャッチコピーは、「いたらない、つくせない宿」。いわゆる観光地にあるわけでもなく、温泉が湧いているわけでもない。客室には、鍵もテレビもトイレもなく、客は囲炉裏のある広間にいちどきに集まって、夕食・朝食をとります。
客の都合に合わせてくれるホテルなどに慣れていると、ちょっと面食らうかもしれませんが、これがとても心地よく、「叶うならば、あと一日いたいなあ」と思うのです。なぜでしょう?
一つは、坂本さん家族が手分けしてつくる、心尽くしのお料理。そばがき、鰤大根、焼きおにぎりなど、素朴に見える料理が、なんて洗練されていておいしいことか。もう一つは、一家の人柄と暮らしぶりでしょうか。新一郎さん、妻の美穂子さん、娘の菜の花さん。早朝から、炭に火をおこしたり薪をくべたりと、とにかく一日中、ほとんど休む間もなく働いているご家族ですが、自分たちの「まかない」はつどつどきちんとつくり、楽しみを忘れず、暮らしをおざなりにしていません。言葉を交わすと、ユーモアに満ちていてあったかく、人との会話ってこうありたいなあと思うのです。
説明が長くなりましたが、今回の記事の主役は、新一郎さんから宿の経営を引き継いだ菜の花さん、23歳。私が菜の花さんを知ったはじまりは、編集部の人に誘われて観たドキュメンタリー映画『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』でした。
映画は、沖縄のフリースクール「珊瑚舎スコーレ」に通う菜の花さんが、この学校の夜間部に通う地元のおじい・おばあ(戦争中に学べなかった方たちです)と触れ合い、やがて沖縄に横たわる基地問題に目を向けて学校の仲間たちと取材をしたり、新聞にコラムを書いたりする姿が描かれます。外からやってきた十代の菜の花さんだからこそ見えるもの。他者を思いやりながらも、恐れずに、素直に語られる言葉。「この人にお会いしてみたいなあ」と思い、はじめて「さか本」を訪ねたのは2020年の11月でした。
その頃の菜の花さんは、実家に戻り、宿の仕事を始めて2年ばかり。毎日の仕事と暮らしを自分の手で回していく大変さに向き合い、そんな中で、社会とどうかかわっていけばいいのか、悩み、もがいている……ように見えました。そう、私たちには一人ひとりに「守るべき暮らし」があるがゆえに、日々は本当に忙しく、よくないとわかっていても、社会の問題をスルーしてしまうことがあるんじゃないでしょうか。
それから2年、久しぶりにお会いした菜の花さんは、なんだか顔つきがすっかり「大人」になっていました。所作はいっそうきびきびとして無駄がなく、「覚悟を持って働いていると、人はこういうふうに変わっていくのだなあ」と思ったものです。
普通をしっかりやっていく。
この記事のタイトルとしたのは、菜の花さんがふと漏らした言葉です。「普通」を「日常」と置き換えるなら、いま、「普通」を大切にすることはむずかしくなっている、そう思うのは私だけでしょうか。どんな人も、自分の生き方を否定されずに、のびやかに生きていくこと。どんな子どもも充分に食事をとれて、学びたい道があれば、不自由なく進める。そうしたことが、本当に「普通」になることを望みます。
そのためにはどうしたらいいのか、未来のために何を選んでいけばいいのか、自分の暮らし、すなわち足元から考えていきたい。そう願って、この記事を編みました。お読みいただき、ご自身の暮らしに重ね合わせながら考えていただけたらうれしいです。

そのほかにも、沖縄の離島を舞台にした「伊平屋島に生きる理由 是枝麻紗美さんとクバの葉の民具」、「アフガニスタンから来たバブリさん」、「憲法を語ろう」などの読み物、旬の魚介やレモンを楽しむ料理記事、韓国の手仕事「ポジャギ」の記事などを揃えました。あすから、担当者が一つずつご紹介します。
年が明けてはや1カ月が経とうとしていますが、今年も私たちがこの手を動かして、精いっぱい暮らしを楽しんでいけますように。寒さ厳しい日々が続きます、どうぞご自愛ください。

『暮しの手帖』編集長 北川史織


暮しの手帖社 今日の編集部