ひとって可愛い

2023年07月25日

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ひとって可愛い
――編集長より、最新号発売のご挨拶

こんにちは、北川です。
早いもので、今日は最新号の発売日。私は焦りながらこの原稿に向かっています。どうしてこう、なんでもギリギリにやるのかなあ……と自分にツッコミを入れ、いや、子どもの頃からそうだったじゃないかと、夏休みの読書感想文を思い出したりします。ああ。
仕事や家庭でいろんなことがあり、なんだかくさくさするなあ、というとき。または、ちょっと「人間疲れ」しちゃったなあというとき。みなさんは、どんなふうに気分転換をされますか?
私は「寄席」に行きます。寄席って何? と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、むかし東京にはそちこちにあったという、演芸専門の小屋です。落語をはじめ、漫才、マジック、紙切り、ジャグリング……と、さまざまな芸人さんたちが入れ代わり立ち代わり舞台に現れては、10~15分くらいの芸を披露して、さっと退く。
編集部のある神田と、浅草の住まいのあいだには、「鈴本演芸場」(上野)と「浅草演芸ホール」という二つの寄席があります。仕事でちょっと気分が落ち込むと、帰りにふらっと立ち寄って(寄席はどのタイミングでも入れます)、2時間ばかりアハハと笑う。すると、あら不思議、温泉に入ったあとのように心身がぽかぽかとくつろぐんですよ。
巻頭記事「わたしの手帖」には、そんな寄席でおなじみの落語家、春風亭一之輔さんにご登場いただきました。落語好きじゃない方も、〈『笑点』の新メンバー〉といえば、きっとお顔が浮かぶことでしょう。

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さて、落語家が本編に入る前に場を温めるような話をする、それを「まくら」と呼びまして、身辺雑記的な話をしたり、政治家や芸能人の不祥事をちくっと皮肉ったりするのが定番でしょうか。これが誉め言葉になるのかどうか、私は以前から、一之輔さんがまくらで語る「家族の話」が好きでした。
クールで、歯に衣着せぬ物言いがじつに爽快な夫人。きっと賢い子なのだろうなあと想像する、人間観察に優れた発言をする3人の子どもたち。一人ひとりの個が立っていて、だから身内の話をしても客はしらけず、おおいに笑える。考えてみれば、落語って、人のヘンで可笑しみを誘うところ、情けない失敗談、どうにも治せない悪い癖等々がもとになっているわけで、ちゃんと「人」を見ていなければできない話芸なのかもしれません。
そんなことを考えつつ臨んだ取材ですが、はたして一之輔さんは、人を見る目に優れた方でした。けれども、けっして突き放してはいなくて、どこかあったかい。タイトルの「ひとって可愛い」は、「ほら、偉い人って隙があって『可愛い』じゃないですか」という一之輔さんの言葉からとっています。
他人の弱点や失敗がどうにも許せないとか、そういう自分がイヤになってしまうとか、私たちは生きるなかで日々いろいろありますよね。そんなとき、自分の状況や心理も含めて、ちょっと引いたところから眺めてみる。今日は今日、あしたはあしたの風が吹くと考えて、しくじっても、あんまりクヨクヨしない。落語には、そんなふうに促してくれる不思議な力があるような気がします。
肩の力が抜けた一之輔さんのお話から、寄席に行った帰りのような、リラックスした気分を味わっていただけたらうれしいです。

表紙画は、酒井駒子さんの「ねむり」。あどけない子どもの昼寝姿は、もう無条件に可愛いものですが、酒井さんがこの絵に寄せてくださった言葉を読むと、はっとさせられます。子どもはもちろん、誰もが安心して眠れる世界、それをひとつの言葉にしたら、「平和」なのかもしれません。
「もう二度と戦争を起こさないために、一人ひとりが暮らしを大切にする世の中にしたい」
毎回くり返すようですが、それが『暮しの手帖』の創刊時からの理念です。
今号は「表参道・山の手大空襲を語り継ぐ」という特集記事を編み、空襲を体験した3名の方々と、地元の戦災を語り継ぐ活動をされている「山陽堂書店」店主の遠山秀子さんの思いをお伝えしています。記事では、むごたらしい空襲の話ばかりではなく、それ以前に確かにあった、穏やかで平和な暮らしの情景を描きこみました。そこには、いまの私たちの暮らしと何ら変わらない、「日々のささやかな喜び」が満ちています。
そしてまた、体験者の方々が、いまなぜこのつらい話を私たちに託すのか。どうか、結びのほうに盛りこんだメッセージをお読みください。肉声ではなくても、その言葉の強さに打たれるはずです。

最後に、このたびの大雨による災害を受けられた方々に、心よりお見舞い申し上げます。一刻も早く、もとの穏やかな暮らしが戻ってきますように。
暑さがたいへん厳しい日々が続きますが、みなさま、お身体を大切にお過ごしください。

『暮しの手帖』編集長 北川史織


暮しの手帖社 今日の編集部