75周年の「奇跡」、ありがとうございます

2023年09月11日

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75周年の「奇跡」、ありがとうございます
――編集長より、『創刊75周年記念別冊』発売のご挨拶

こんにちは、北川です。
じつは、今年の3月あたりから、私たち編集部は本誌と並行して、『創刊75周年記念別冊』をコツコツと制作していました。ようやく完成し、手にとってパラパラとめくると、本誌が仕上がったときとはまた違った感慨が湧き上がってきます。うれしいなあ。
表紙の絵は、初代編集長の花森安治が描いた、1世紀5号(1949年10月発行)の表紙画です。ちょっと並べてご覧いただきましょう。今回の別冊の表紙のほうが色鮮やかで、ディテールもくっきりとして美しいと思われるはずですが、これはまったく同じ絵なんですよ。
それだけ印刷技術が進歩したということですが、もしもこれを花森さんが見たら、悔しいような、うれしいような、なんとも複雑な気分になるんだろうなと想像します。

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この別冊の大きなテーマは「自己紹介」です。
戦後まもない東京では、いろんな雑誌が雨後の筍のように創刊されたそうですが、1948年9月20日に産声をあげた『暮しの手帖』も、その一つでした。当初から広告をとらなかったこの雑誌が、75年もの間、時代の変化に揉まれながらも残ることができたのは、なぜなのだろう。創刊からいまに至るまで、変わらず抱き続けている理念って?
もしかしたら、『暮しの手帖』を長くお読みいただいている方にとっては「基本の知識」かもしれない「自己紹介」も、冒頭でコンパクトにわかりやすくまとめてみました。巻末には、日本の戦後の歴史とともに歩んだ『暮しの手帖』の主なトピックを「年表」に。
もう一つ軸にしたのは、読者の方に綴っていただく、「『暮しの手帖』にまつわる人生の物語」です。
表紙をめくった頁にある、「これは あなたの手帖です」から始まる花森さんの言葉の通りで、『暮しの手帖』を単なる雑誌というよりも、個人的な「手帖」のように思ってくださる方も多いように感じています。たとえば余白に感想を書き入れたり、心に留まった文章に線を引いたり。また、編み物の記事などは、「いまは忙しくてなかなか編めないけれど、仕事をリタイアしたら、きっと」と付箋をつけておき、掲載から10年後に念願かなって編んだ、といったお話を何度か伺ったこともありました。
そこで、「あなたの暮らしを変えた記事、心に残る記事を教えてください」と投稿を募ったところ、思った以上にたくさんの方からご投稿をお寄せいただき、うれしい悲鳴でした。それらのご投稿と、該当する記事の誌面を一緒にレイアウトして並べてみたところ、一つひとつに人生のドラマがあって、素晴らしい。やっぱりこの雑誌は「読者とともに歩んできた雑誌」なのだなあと、しみじみとありがたく思いました。

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もしも私が「心に残る記事」を選ぶとしたら……と考えたときに真っ先に浮かぶのは、1世紀49号(1959年)の連載「ある日本人の暮し」です。この連載は、市井の人びとの悲喜こもごもある暮らしぶりを花森自ら取材・執筆したルポルタージュで、映画のワンシーンのようなモノクローム写真の力も相まって、胸に迫るのです。
どの回も心に残りますが、私がもっとも好きなのは、この1世紀49号の回で、タイトルは「共かせぎ落第の記」。鉄道機関士である夫とその妻が、時にすれ違いがあって悩みながらも、慈しみあいながらつましく暮らしていく心情が綴られた記事です。
じつは7年前、まさにこの記事の主人公である川端新二さん・静江さんご夫妻から「読者アンケートはがき」をいただき、そこにはこんな言葉がしたためられていました。
「第1世紀49号の『ある日本人の暮し』に登場させていただきました。今から57年前のことです。貴誌は全部、大切に持っています。当時、若かった私共夫婦も、今では合わせて170歳になりました。熱烈な、『暮しの手帖』の応援団のひとりと自負しております」
すごい! ああ、この川端さんご夫妻にお会いしたい! 
当時の編集長だった澤田さんに話をしたところ、「取材に伺ってみたらどう?」と勧められ、記事にしたのは4世紀84号(2016年)。今回の別冊には、この記事を再編集して掲載しています。モノクロームの写真は、当時のネガが発掘できたので、新たにデータ化して印刷しました。これがとても美しいので、どうぞ写真もじっくりとご覧になってください。

75年の間、手から手へとバトンをつなぐようにして発行し続けてきた『暮しの手帖』。広告をとらない雑誌ですから、購読してくださる方々がいらっしゃらなければ、けっして成し遂げられなかったメモリアルです。まさに「奇跡」だなあと思うのですが、これは手前味噌ではなくて、つねに伴走してくださる読者の方が起こしてくださった奇跡。心より、お礼を申し上げます。
そのほかの内容としては、往年の名作料理をいまに作りやすい解説を添えてまとめた「とじ込みレシピ集」や、「すてきなあなたに」「家庭学校」などロング連載の秘話を紹介する記事、花森安治の愛らしい絵を刺繍にして楽しむ記事など、ちょっと欲張って盛りだくさんになりました。付録の「花森安治 挿画ステッカー」は、スマホやパソコン、お手紙などにどうぞ。
秋の夜長に、お茶でも飲みながらゆっくりと楽しんでいただきたい、面白くって温かな一冊に仕上がりました。ぜひぜひ、お手に取ってご覧ください。

『暮しの手帖』編集長 北川史織


暮しの手帖社 今日の編集部