「標準語」からはみ出たなにかが過剰にある。

『K氏の大阪弁ブンガク論』
『K氏の大阪弁ブンガク論』 江 弘毅 著 ミシマ社
1,700円+税 装釘 尾原史和、鎌田紗栄(BOOTLEG)

 著者によると、「大阪(関西)人は似非大阪(関西)弁をすごく嫌う」そうで、
「テレビや映画で『しばくぞ!』とか『あかんやん』という台詞があって、俳優に『ば』や『か』が強く発音されるイントネーションで言われると、速攻『なんやそれ』とツッコミが入り、『ちゃうやんけ』と腹が立つ」そうです。
 すみません、それはわかっているので、なるべく使わないようにしているのですが、たまに使っちゃいます、似非大阪弁。
 なるほど、「ちうねん」ではきっしょいのか。ん?じゃ「ちがねん」? あれ「がうねん」か? むずかしい。「めっちゃ」は「っちゃ」じゃなく、「めっちゃ」だそう。

 町田康さんの傑作小説『告白』。「なんかしとんじゃ、われ」と、周囲とぶつかりながらしか生きられない主人公の熊太郎。思弁的で、今なら「コミュ障」と言われそうな性格で、意に反して、どんどん社会からはみ出た存在になっていって身を持ち崩し、ついには、自分の正義を通すために、「河内十人斬り」という事件を起こす。最後には、真実本当の自分の心の奥底をさらい直し、虚無のなかで自害する。熊太郎の思弁、内面を、絶妙な河内弁で語り、著者が「あかんではないか」とツッコミを入れる。私の選ぶ小説ベスト10に入る作品です。
 本書でも、その『告白』を「これこそ完全無欠、大阪ブンガクの金字塔や!」と評し、「ようこんなもん、よう、一丁書いてこましたろやんけ、と思うわ」と感嘆する。ほかにも、谷崎潤一郎の『細雪』、織田作之助、山崎豊子、富岡多惠子……。関西弁だからこそ、という名著を扱っています
ここでいうブンガク論とは、いわゆる文学論ではないかもしれない。大阪弁・関西弁の言葉選びのセンス、言い回しの技術、表現法。街場の地域性を生き生きと表現する大阪弁作品を、岸和田出身の筆者が、おもろく、そして真剣に解説するものだ。
 著者によると、作られた「標準語/共通語」からどうしょうもなくはみ出ているなにかが過剰にあるのが大阪弁なのだそう。だからこそおもしろい。そこらへんをわからんとなあ、というところを、関東戎夷(じゅうい)にもわかるように、標準語大阪弁交じりで解説してくれています。(宇津木)


暮しの手帖社 今日の編集部