生きる喜びをくれるから

2020年06月02日

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生きる喜びをくれるから
(新連載「はじめてのお楽しみ」)

もう何年も前のことですが、料理家のホルトハウス房子先生からお電話をいただき、「あなた、お能はお好き?」と聞かれたことがありました。「お好き」と言うほどじゃありませんが、何度か観たことはあり、興味はあります。そうお答えすると、「用事で行けなくなってしまった公演があるから、もしよろしければ」と、チケットを2枚送ってくださいました。
休日に友人と連れたって能楽堂へ出かけると、なんと席は「かぶりつき」のまん真ん中で、まわりは着物すがたのご婦人方ばかり。なんだか恐縮しながらも、絢爛豪華な衣装の細部まで間近でじっくり眺め、およそ6時間、腰が痛くなりつつ堪能したのでした。
以来、ときどきテレビでお能の公演を目にすると、細部まで映るのはいいのですが、なぜだか非常に淡々としたものに感じてしまいます。演者の息づかい、衣擦れの音、観客が息をのむ一瞬……。たぶん、そうしたものが一体となって、「生」で伝わってくるから、夢中になれるんだな。生意気ですが、そう思ったりするのです。

前置きが長くなりましたが、このたび始まった新連載「はじめてのお楽しみ」は、そうしたライブならではのいろんな娯楽文化を、文筆家でイラストレーターの金井真紀さんが体験してまとめる読み物です。
大人になっても、ちゃんと体験したことがない、しかし機会があれば行ってみたい、そんな娯楽ってありませんか?
金井さんは、落語好きで俳句もたしなむ趣味人ですが、それでも体験したことのない娯楽はあるそうで、その一つが「浪曲」。えっ、浪曲とは?? と思わず検索したくらい、恥ずかしながら、私は無知でした。そしてYouTubeで少し聴いてみたものの、どこがいいのか、正直よくわからない。ちょっぴり不安を覚えつつ、金井さんと取材に出かけた先は、私が暮らす浅草にある「火曜亭」でした。
この日の公演は、いまをときめくスター浪曲師の玉川奈々福さんによるもの。平日の夜で、ざんざん降りなのにもかかわらず、会場は立ち見が出るほどの盛況ぶり。あんがい若い人も来てるんだなあ、ときょろきょろしているうちに、奈々福さんが登壇。そしてそして……。続きはぜひ、金井さんの軽妙な文章でお楽しみください。

なぜこの連載を始めたかと言えば、暮らしって家の中でおさまることだけじゃなく、非日常にわくわくと胸を躍らせ、磨き抜かれた芸にうっとりする、そんな「ハレ」の時間もあってこそメリハリがつくんじゃないかな……と思うからなのです。娯楽って、生きる喜びをくれる、大事なものなんじゃないかな、と。
赤の他人と同じ空間に集い、一緒に大笑いしたり涙したりして、感動を反芻しながら家路につく。いまは残念ながら「火曜亭」もお休みですが、あの素敵な一夜が、早く、早く、戻ってきてくれることを願います。(担当:北川)


暮しの手帖社 今日の編集部