素直なセンス オブ ワンダーを。

『日高敏隆 ネコの時間』
『日高敏隆 ネコの時間』 日高敏隆 著
平凡社 1400円+税 装釘 重実生哉

 タイトルはこうですが、いわゆる流行りのネコの本ではありません。
 日高敏隆(1930-2009年)は、動物行動学の第一人者。たしかに、ネコが好きで何匹も飼っていたし、ネコに関する著書もあり、この本のなかでも書いています。でも、あくまでこの本は、「自然の不思議」についての純朴な疑問や感動を端に発した考えや気づきを記した随筆集。この本に登場するのは、ネコやイヌをはじめ、チョウ、ホタル、セミなどの昆虫、ほかにもドジョウ、ヘビ、カタクリ、サクラなどの植物まで、とても多彩です。

 本書の「STANDARD BOOKS」というシリーズは、「科学と文学、双方を横断する知性を持つ科学者・作家」の作品を集めた選書だそうです。たしかにこの本も、科学と文学が織りなす魅力的な随筆が編まれた一冊です。

 ちょうどこの本を読んでいた昨年10月、小社の敷地に生えている山椒の木で、葉を食べていた青虫たちが、次々に蛹になっていました。ある日見かけた青虫が、2~3日後には蛹になっていて、越冬して春にはアゲハチョウになる。そのとき蛹の体内では、組織が、まったく別の生き物のように違ったものに、劇的に組み変わるプロセスが行われるのだそうです。羽化したら全く違った美しい姿です。まさに生き物の不思議です。

 春が近づくと、「サクラの蕾も膨らみ始めました」なんて、毎年テレビから聞こえてきます。でも、近所のサクラ並木から低く垂れた枝先を、毎日のように目にして歩いていると、11月、12月の寒空の下で、もう膨らみ始めている花芽を見ることができます。暖かくなったから膨らむのではなく、前年の夏から少しずつ少しずつ、長い時間を計りながら花は準備しているのだそうです。これにも感心します。

 チョウとガの違いは何か、なぜ同じ季節、同じ花に同じ種のチョウが集まるのか、なぜサクラは1年の決まった時季に花をきちんと咲かせるのか。
 そんな、自然に対する驚き、疑問、感心という「センス オブ ワンダー」の気持ちから、不思議を解き明かそうと、調べて思いを巡らせる日高さん。そして読者に、わかりやすい解説をやさしく語りかけてくれる。日高さんは第一人者である科学者ですが、自然に向かう気持ちはとても素直で、文章からロマンチストでもあるように思われます。それが日高さんの「科学と文学を横断する」文章の魅力に表れているのでしょう。

 感受性をはたらかさなければ、サクラの蕾も、チョウの蛹も、不思議を感じずに通り過ぎてしまうかもしれません。でも、素直な気持ちで自然の不思議に目を向けると、いろいろな面白いことが見えてくる。そんな楽しさを教えてくれる一冊です。(宇津木)


暮しの手帖社 今日の編集部