暮らしのなかで学びたい

2024年05月24日

暮らしのなかで学びたい
――編集長より、最新号発売のご挨拶

こんにちは、北川です。
発売日の今日、ちょっとドキドキしながらSNSを覗くと、「今号の表紙の犬が可愛い!」「きくちちきさんの絵で嬉しい」といったご感想が目に入り、こちらも嬉しくなっています。
絵本作家のきくちちきさん、アートディレクターの宮古美智代さんと表紙画の打ち合わせをしたのは、まだコートを着ている季節でした。話をするうちに「主人公は、きくち家の愛犬・くろでいこう」と決まり、やがて届いた「くろの絵」は、なんと4点も。すべてを宮古さんにデザインしてもらい、贅沢にもしばし悩んで、この絵に決まったしだいです。
頭にちょこんと蝶がとまった「くろ」の表情は、なんともユーモラス。タイトルは「あたらしい友だち」です。

さて、このところ、朝ドラ『虎に翼』に釘づけです。
ご存じのように、主人公の寅子(ともこ)のモデルは、日本で女性初の弁護士となった三淵嘉子(みぶち・よしこ)さん。1914年生まれといいますから、『暮しの手帖』の創刊者、花森安治と大橋鎭子(しずこ)の、あいだくらいの年齢です。
法曹の世界のみならず、社会全体が圧倒的に「男性中心」で回っていた時代に、抱いた疑問は物おじせずに言葉にする寅子が、どうやって道を拓いていくのか。今週は、子どもを授かったものの、まわりの男性たちの一見優しげな無理解によって、弁護士事務所を退職するという展開でした。
SNSのポストを読むと、多くのかたが、このドラマに自分の境遇を重ねて言葉を綴っているのが印象的です。もっと言えば、自分がなぜ、いまの人生を送っているのか、日本の社会のありようと照らし合わせ、その「気づき」をじっくりと言葉にしているような。
ドラマの舞台は過去の時代だけれど、作者が描き出したいのは、きっと「いま」なのだろうな。そんなふうに思う作品なのです。
寅子たち一家は、戦時下の道路拡張で家を取り壊され、郊外に移り住みます。今朝は、そこで地元の女性たちと一緒に、おくどさん(竈)で煮炊きをする様子がちらっと流れました。
そこで私が思い出したのは、石垣りんさんの詩「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」です。

それはながい間
私たち女のまえに
いつも置かれてあったもの、

自分の力にかなう
ほどよい大きさの鍋や
お米がぷつぷつとふくらんで
光り出すに都合のいい釜や
劫初からうけつがれた火のほてりの前には
母や、祖母や、またその母たちがいつも居た。
(略)
台所では
いつも正確に朝昼晩への用意がなされ
用意のまえにはいつも幾たりかの
あたたかい膝や手が並んでいた。

ああその並ぶべきいくたりかの人がなくて
どうして女がいそいそと炊事など
繰り返せたろう?
それはたゆみないいつくしみ
無意識なまでに日常化した奉仕の姿。

炊事が奇しくも分けられた
女の役目であったのは
不幸なこととは思われない、
そのために知識や、世間での地位が
たちおくれたとしても
おそくはない
私たちの前にあるものは
鍋とお釜と、燃える火と

それらなつかしい器物の前で
お芋や、肉を料理するように
深い思いをこめて
政治や経済や文学も勉強しよう、

それはおごりや栄達のためでなく
全部が
人間のために供せられるように
全部が愛情の対象あって励むように。

私がこの詩を好きなのは、女性が「おごりや栄達のためでなく」「深い思いをこめて」学ぶことを促しながらも、炊事に代表される「暮らし」を決して軽んじず、むしろ、同等の重さでもって捉えている、そう感じられるからです。
考えてみれば、先に述べた大橋鎭子は、学びたい盛りの女学校時代は戦争に塗りつぶされ、「自分のように満足に学べなかった女性たちのために」と出版を志しました。やがて創刊した『暮しの手帖』が、暮らしにすぐ役立つ実用的な記事はもちろんのこと、文化人による随筆などの読み物が厚かったのは、大橋の「学びたい」という強い願いも反映されていたのかもしれません。
そしていまも、『暮しの手帖』は「生活総合誌」でありたいと考えて編んでいます。つまり、料理や手芸、修繕といった実用記事、随筆ほかの読み物、アートや旅を楽しむ記事、そして社会や平和について考えをめぐらせる記事……どれも「暮らし」において大切な記事だから、同じ重さでもって扱いたい。寝転んで、気楽に読むうちに、さして興味のなかった記事にも心を寄せてくださるかたがいらっしゃるかもしれないから。
今号も、そうしたいろんな記事をめいっぱい盛り込んで編みました。どうか、お楽しみいただけますように。来週から一つずつ、担当者がご紹介します。

それからもう一つ、ご案内です。
大橋ほか先人たちが編んだ小社の料理本『おそうざい十二カ月』と『おそうざいふう外国料理』を原案とする連続ドラマが、この7月からBS松竹東急(ch260)で放映されることとなりました。タイトルは、『À Table!〜ノスタルジックな休日〜』。
この2冊は、私たちが誇りをもっておすすめできる超ロングセラーで、きっと昔からご活用のかたも多いことでしょう。放映はまだ少し先ですが、詳しくは、次号でご紹介できたらと思います。
しだいに蒸し暑くなってきましたので、くれぐれもお身体をいたわってお過ごしください。

『暮しの手帖』編集長 北川史織

◎『À Table!〜ノスタルジックな休日〜』(BS松竹東急)
https://www.shochiku-tokyu.co.jp/notice/21784/


暮しの手帖社 今日の編集部