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考えることで、豊かに広がる

京都で考えた
『京都で考えた』 吉田篤弘 著 ミシマ社
1,500円+税 装釘 クラフト・エヴィング商會

 著者の吉田篤弘さんは、吉田浩美さんとともに「クラフト・エヴィング商會」としても、執筆やデザインなどをされている方。小誌でもかつて、「それからはスープのことばかり考えて暮らした」という、とてもすてきな小説を連載されていたので、ご存知の方も多いかもしれません。

 「『本当のこと』は面倒な手続きの先にしかなく、手っ取り早く済ませようとしたら、決して『本当のこと』はあらわれない」

 この本のなかで吉田さんは言います。いまは、知らないことや疑問があったら、インターネットでサクッと「答え」を知ることができます。でも、「答え」を知ってしまったら、もうあれこれ考えることはしない。この「あれこれ」がアイデアの元になるのに、その機会を逸してしまうことになると。面倒でも、自分で考える。そうしてしか得られない「本当のこと」を探すのです。そして、吉田さんにとって考える場は、京都です。
 京都って、たしかに多くの来訪者にとって、特別な場所かもしれません。単なる観光地ではない。鴨川が流れ、碁盤の目に整備された古い街。吉田さんは、古本屋や古レコード屋、古道具屋、喫茶店や洋食屋を訪れます。もちろん、直接的に本やレコードを探すためだけではない。そこで目にした古本の背表紙や古いレコードから、思考が始まり、思索のストーリーが繰り広げられる。創作のアイデアができるのです。百万遍や紫野、イノダコーヒー三条支店、大徳寺の松風など、ご自身が実際に訪れた場所を挙げながら、何を考え、その思考がどう広がっていったかをつまびらかにしていきます。そして、それらは、川の水が流れるようにスムーズにつながり、一冊として形をなしていきます。ちなみに、この本の見出しと目次のあり方はとてもユニークで、おもしろいアイデアが機能しています。街角には地名が表示されておらず、目次が地図になっている、といったイメージでしょうか。それもお楽しみにしてください。たしかに、流れるように読めるのです。

 物事をきちんと考えること、深く思考することって、得意な人と不得意な人がいると思います。頭の中を整理して、答えを追い詰めていくような作業は、けっこう骨の折れる仕事だったりします。正直私は、それほど得意ではありません。途中で、とっ散らかってしまうことしばしば。でも、吉田さんは、とても整理された思考を進めていきます。そして、「本当にそうか?」と、当たり前と決めつけられた答えや分かりやすい答えには飛びつかず、考えを進め、広げていきます。
 考えを広げるということは、ひとつの答えに縛られないということ。すなわち、自分の気持ちに自由な幅をもたらしてくれることでしょう。思考や想像の世界って、限りなく広いわけですから。
 この本に書かれているのは、そうして得られる豊かな想像の世界。それは、とても楽しい思考のプロセスです。そして、整然としながらやさしく語り掛けるような、吉田さんの書く作品がすてきな理由が垣間見られるのです。巻末には、うれしいおまけのように本編とつながる掌編小説もあります。(宇津木)

その情熱は伝播する

バッタを倒しにアフリカへ
『バッタを倒しにアフリカへ』 前野 ウルド 浩太郎 著
光文社 920円+税 装釘 アラン・チャン

 著者の前野 ウルド 浩太郎さんは、幼い頃に読んだ『ファーブル昆虫記』に魅せられ、自らも昆虫博士になるべく、虫の道に足を踏み入れた青年です。1980年生まれ、今年で37歳。「青年」と呼ぶにはちょっと年嵩過ぎるかもしれませんが、そう呼びたくなるくらい、若々しい情熱に溢れているのです。
 虫の研究をして博士号をとったはいいけれど、就職先にあぶれ、しかしこの道で生きる夢を捨てられずにいた前野さん。なにがしか、大きな研究成果を出して活路を見出そうと、2011年に単身、アフリカはモーリタニアに向かいます。前野さんが専門とするのはバッタ。かの地ではバッタが大量発生して農作物に深刻な被害をもたらしており、その対策を研究の対象にしようと考えたのです。
 慣れない土地、知らない言語、次々に出合うカルチャーショック。日々のハプニングを、やけくそのような明るさとユーモアで乗り越えてゆく前野さんですが、時には、将来(と目減りしていく研究資金)の不安が頭をもたげ、ホームシックになって心ふさぐこともあります。おまけに、モーリタニアに渡ったその年は、なんと、例を見ないくらいにバッタが不漁(?)の年であり、研究対象にも事欠く事態に陥って……。
 本書を読みながら、私は、2016年にノーベル医学・生理学賞を受賞した大隅良典さんの言葉を思い出していました。「『役に立つ』という言葉はとても社会をダメにしていると思っています」。これは、事業化を研究の第一目的としていては、学問がやせ細ってしまう、と懸念して仰った言葉です。
 果たして、前野さんはどうでしょう。将来のために成果を上げねばという野心こそあれど、「バッタが好きだ」「バッタについて知りたい」と燃えるその探究心はどこまでも純粋で、むしろ心配になってしまうほど。好きなものを求めて、猛進していく人の姿は、傍目にも面白い! その情熱は読む者にもいつしか伝播し、不思議な感動が湧いてくるのです。(島崎)

次の皆既月食は来年1月31日

月の満ちかけ絵本
『月の満ちかけ絵本』 大枝史郎 文 佐藤みき 絵
あすなろ書房 1,200円+税 装釘 梶原浩介(Noah’s Books, Inc.)

 東日本大震災の影響で計画停電や節電があったころ、暗い街の夜空で、明るくあたりを照らしてくれた満月の頼もしさ、ありがたさが忘れられません。それ以来、毎日使う手帳は月の満ち欠けのしるしがついたものにしています。

 家路をたどる坂道で夜空を見上げると、まいにち月の形と位置が変わっています。満月はあそこに見えたのに、半月は違うな。ぼんやりとそう思ってはいましたが、どうしてなのか、深く考えることもなく過ごしていました。

 私が担当している本誌連載頁、細谷亮太先生の「いつもいいことさがし」のテーマが、91号では「一年を和風月名で」と、旧暦についてのお話だったこともあり、月の満ち欠けについても知りたくなりました。

 児童図書のコーナーにあった本書は、「親子で学べるユニークな『月観察』絵本」と謳っており、ていねいにわかりやすく、月の満ち欠けを説明しています。本文の始めに、太陽と地球と月の関係の図があり、「月の見えない新月から、三日月、半円の月、満月になり、欠けていって、もとの新月にもどるまで約29.5日かかる」ことが説明され、なるほどと思いました。

 次の頁から新月、二日月、三日月、上弦の月……と、月の形が変わるごとに見開きで説明があり、太陽と月と地球の位置によって月の形と昇る方角が移っていくのがわかります。

 月の名前の由来についても説明があり、いままで覚えられなかった、上弦の月と下弦の月のことが、やっとわかりました。上弦の月は、満月までの途中に現れる右側半分の半月で、太陽が沈むと南の空に浮かび、船のように下がカーブした形で夜中に沈む。そのときに弓の弦(つる)が上にある形だから「上弦」の月。下弦の月は、満月から欠けていく半月で、夜中に出てきて、太陽が昇るころには南の空にあって消えていく、左側半分の月。沈むときには弦が下になるから「下弦」の月。一晩中見える月は満月だけなのも図から納得できます。昔の日本人が、満月に限らず、それぞれの月に意味を持たせて親しんできたことも書かれていて、お月様がもっと好きになりました。

 巻末には、「月と宇宙の豆知識」として、潮の満ち引きや日食と月食についての解説もあります。それによると次の皆既月食は2018年1月31日。日本全国で見られるそうです。皆既月食までに、この本を購入して、親子で話してみるのもいいでしょう。もちろん、私のように大人が読んでも充分面白いですよ。(高野)

子どもから生まれる、みずみずしい言葉たち

ことばのしっぽ
『ことばのしっぽ』 読売新聞生活部 監修
中央公論新社 1,400円+税 装釘 中央公論新社デザイン室 

 れ
「ママ 
 ここに
 カンガルーがいるよ」
 これは、3歳の男の子がつぶやいた言葉を母親が書きとめ、読売新聞家庭面の「こどもの詩」というコーナーに投稿したものです。「れ」という平仮名がカンガルーに見えるなんて! 子どもの自由な発想に驚くとともに、その発見を母親に一生懸命伝えるあどけない姿が浮かび、ほほえましく感じます。
 今年で50年を迎えた「こどもの詩」。この本は、これまでに掲載された詩のなかから200編をより抜き、まとめたものです。

かさ
「(お店やさんごっこをしていて)
 これ(かさ)は
 あめのおとが
 よくきこえる きかいです」

ふとん
「おかあさん
 ぼくタイムマシンで
 あしたにいくからね
 じゃあ
 おやすみなさい」

すみっこ
「すみっこにいました
 すみっこでまるくなっていました
 こころがゆっくりなるのです
 これからもすみっこにいたいです
 すみっこはやっぱりおちつきます」

新しいせかい
「ママは 何分がすき
 ゆうかはね 59分がすき
 新しいせかいが
 はじまりそうな気がするの」

 子どもたちが日々の暮らしで発見したこと。楽しい気持ち、寂しい気持ち。いろいろな気持ちがそれぞれの詩に詰まっていて、子どもの目には、世界はこんなふうに映っているんだ……と気づかされます。
 大きくなるにつれ、こんなふうにまっすぐな気持ちを言葉にすることは、難しくなるかもしれません。でもできる限り、このきらきらした感性を持ち続けていられるような世の中にしてあげたい。そして、子どもたちから生まれるみずみずしい言葉をすくいとる、あたたかな眼差しをもっていたい。この本を読んで、切に思いました。(井田)

生きていてくれるだけで「いい子」だよ

はじまりは愛着から 人を信じ、自分を信じる子どもに
『はじまりは愛着から 人を信じ、自分を信じる子どもに』
佐々木正美 著 福音館書店 900円+税 装釘 森枝雄司

 今年、2017年の6月、児童精神科医の佐々木正美先生が永眠されました。

 わたしは幸運にも、先生が行われていた勉強会に伺ったことがあります。涙ながらに悩みを打ち明けるお母さんたちに対して、先生はじっと聞き、優しく語りかけます。その言葉に、お母さんたちが笑顔を取り戻された様子を、今でも鮮明に覚えています。

 『暮しの手帖』でも、子育てに悩んでいる方々の心が軽くなるように、子どもが成長することの喜びを伝えていただきたいと、「母子の手帖」の連載執筆をお願いしたのは7年前。先生は日本各地へ講演に飛び回る忙しさ。その頃からすでに体調がすぐれなかったにもかかわらず、まるで目の前で語りかけてくれるような原稿をご執筆くださったのでした。

 今回ご紹介するのは、この連載をまとめた本です。先生は「親から愛されている実感」「根拠のない自信」などを子どもに持たせてあげることの大切さを何度も説かれました。それはとってもシンプルだけれど、日々の子育てに追われている親御さんたちが見失いがちなものであるように思います。

 先生に、「ゲームに熱中し過ぎる子について書いていただけますか?」とご相談して、いただいた原稿は、わたしの想像を超える内容でしたが、心の底からなるほど、と思いました。その他にも、「いじめ」「ひきこもり」「思春期」「親の離婚」など、具体的な例を通して、子育てに大切なことを教えていただきました。

 いい親にならなければというプレッシャーを感じている方、また、そういったお母さんやお父さんが身近にいる方にぜひ読んでいただきたい一冊です。(平田)

純粋に信じる気持ちにも違いがある。

星の子
『星の子』 今村夏子 著
朝日新聞出版 1,400円+税 装釘 田中久子

 この作品は家族と宗教を題材に、人が何かを、そして誰かを「信じる」ってどういうことなのか、主人公の成長を通して描かれる物語として読みました。

 主人公のちひろは生まれつき病弱で、娘を助けようと手を尽くす両親は、新興宗教にすがります。やがてちひろは健康に育っていき、両親は、「金星のめぐみ」という「宇宙のエネルギーを宿した」高価な水のご利益だと、ますます信仰にのめり込んで、世間からは異質な人たちとして見られます。

 物事を見る目が変わったり、恋愛をしたりと、成長していくちひろ。その宗教に対しては、態度を留保するようになりますが、両親に対しては、心から大切に思う気持ちを持ち続け、疑うこともありません。ちひろの姉は、世間と同じ目を持つようになり、高校1年生にして家を出て行ってしまいました。親戚は両親からちひろを引き離そうとします。

 物語の後半、ちひろにもその新興宗教への懐疑の念の兆しが見え、両親への気持ちにも変化が表れます。両親と宗教と世間との関係のなかで、疎ましさを感じたのか、例の水を自分に施す両親を邪険にしてしまいます。

 そして、終盤、家族3人で参加した教会の研修旅行の間、別行動になった両親とちひろは、会いたいのになかなか会えません。やっと会えた3人は、同じ流れ星を一緒に見ようとしますが……。

 両親は娘たちのことを愛し続けます。だから、この後訪れるであろう、ちひろとの別れを惜しんだのだと思います。でも、客観的な目を持ち始めたちひろは、不安定に揺れています。大切な人が信じるものだからといって、自分も信じることができるのか。同じものを見ることができないようになったのか。それまで疑いのなかった気持ちに影が差してきたのです。読者は、両親もちひろも純粋にお互いを大切に思う気持ちに心温まりながらも、つかみどころのない不穏な暗雲が立ち込め、気持ちが波立ち、もやもやとしながら考えさせられるのです。(宇津木)

いろんなリクエストに応えるセーターたち

うれしいセーター
『うれしいセーター』 三國万里子 著 ほぼ日ブックス
2,500円+税 装釘 大島依提亜

 ニットデザイナーの三國万里子さんが、12名の著名人たちのリクエストに応えて編んだセーターを紹介する一冊です。

 「可能ならば、まるで着ていないような着心地のセーターがほしい」「どかんと寝転がって干し草がついても気にならない、農夫の仕事着にもなるようなイメージ」「どこかに自分だけが知っている、ちょっとした仕掛けがあるとたのしい」などの個性的なリクエストに真摯に向き合い、楽しみながらセーターの制作に挑む三國さんの姿が伝わってきます。

 出来上がった作品は、三國さん以外の人には生み出せないような、どこにも売っていないものばかり。着る人の満足そうな表情から、着心地の良さがうかがえます。

 わたしは以前から、三國さんの著書に掲載されている、作品紹介のちょっとした文章が大好きだったのですが、本書にはエッセイが8編収められています。そこには、編んだ人にしか知ることができない喜びがあふれていて、わたしもセーターという大作に挑戦したくなりました。すべての作品の編み図も載っています。日に日に涼しくなってきて、毛糸に触れるのがうれしい季節がやってきました。この冬にたくさん着られるよう、いまから編みはじめるのも良いかもしれませんね。(平田)

思い出に残る旅行を探して

こころに残る 家族の旅
『こころに残る 家族の旅』 小川奈緒 著
京阪神エルマガジン社 1,600円+税 装釘 藤田康平(Barber)

 待ちに待った連休! 家族旅行!! 夫婦の仕事や子ども達の習い事などの予定を調整して、家族が一緒に大移動する。家族旅行は本当に一大イベントです。それぞれの準備に費やしたぶん、思い出に残る素敵な旅にしたい。そうみんなが願うのではないでしょうか。

 本書では著者の小川奈緒さんが、夫や子ども、親と、同行する相手により変わりゆく旅の形を、それぞれのエピソードと共に、ありのままに綴った一冊です。
 
 家族が増えればハプニングも増え、決して気軽な旅とは言えなくなってゆきますが、それも良い思い出のひとつとして楽しんでいる様子が、微笑ましい一冊です。

 独り身だった頃の私は、東京から大阪の実家へ帰省する新幹線でさえ、品川駅からふらっと飛び乗るほどの気軽さでしたが、気がつけば昨年末の帰省は、1歳の子どもを連れて、まさに一年最後の大仕事となってしまいました。
 
 子連れで挑んだ初めての海外旅行でも、異国の景色にリラックスしている大人の横で、突然大声で泣き出す息子。まさに本書で小川さんが体験されたことと同じで、「わかる、わかる。そうなりますよねぇ」と、頷きながら頁をめくるのでした。

 色々な場面でグズる子どもに、お子様向けのプランをわざわざ用意しなくても、ほんの少しのアイデアで家族みんなが納得する旅ができたなら、なんとも嬉しい限りです。

 これからは、この本を片手に、わが家ならではの旅の形を探していこうと思っています。(山崎)

大コピペ時代を生きる、みんなの教科書

正しいコピペのすすめ ―模倣、創造、著作権と私たち
『正しいコピペのすすめ ―模倣、創造、著作権と私たち』 宮武久佳 著
岩波ジュニア新書 860円+税

 ピラミッドにモナ・リザ、ビートルズ。みなさん、もちろんご存知ですよね?
 
 でも、実際にエジプトに行ってピラミッドを見たり、ルーブル美術館でモナ・リザを鑑賞したり、ビートルズの生演奏を聴いたという人は、どれくらいいるでしょうか。多くの人は、テレビ映像やインターネット上の写真、音楽CDといった複製、つまり「コピー」によって、そのすばらしさに触れたことと思います。

 本書は、そうした身のまわりにあふれるコピーについて、守られるべき著作権や、それが文化に果たす役割などを説いています。
「著作権」と聞くと、プロの作家やカメラマンが持つもの、と考えてしまいがちです。しかしスマホやパソコンが普及した現代においては、著作権を持つことも、それを侵害することも、いとも簡単なのです。ですから、いまや、みんなが著作権のルールを理解する必要性がでてきたのです。
 
 かくいう私も、恥ずかしながら、著作権について不勉強でした。本書を読みすすめると、驚きの連続。そして、宮武先生のやさしく丁寧な解説がスッと頭に入ってきて、まるで社会科の授業を受けているような気持ちになりました。

 「正しいコピペの作法」を身につけ、ルールを守りながら「模倣」すれば、それがやがて「創造」につながる。大切なのは、じょうずにコピペを用いながら、自分自身を成長させることのようです。
本書は、大コピペ時代を生きる私たちにとって、まさに教科書のような一冊。SNSを楽しんでいる方をはじめ、レポートを書く学生さん、会社で新聞をコピーしているそこのアナタも、ぜひご覧になることをおすすめします。(圓田)

楽しみも、悲しみも。人生は明日へと続いていく。

今日の人生
『今日の人生』 益田ミリ 著
ミシマ社 1,500円+税 装釘 大島依提亜

 著者の益田ミリさんは、30代女性の等身大の日常と心の持ちようを描いた「すーちゃん」シリーズなどで人気の漫画家。作品は「漫画」というひと言では括りがたく、登場人物の率直で鋭い視点や言葉に、同世代の女性をはじめ多くの読者から共感を呼ぶエッセイ的な要素が色濃いものが多いのではないでしょうか。

 この本で描かれているのも、日々の生活のなかの小さな出来事。それぞれのシーンにおける、ほんの小さな気持ちの揺れ動き。「機微」という言葉が思い浮かびます。辞書によると「表面だけでは知ることのできない、微妙なおもむきや事情。『人情の機微に触れる』」。そうした見過ごされやすい小さなこと、ふだん言葉にしかねて人と共有する機会のないこと。でも、益田さんは見事にそれらを掬い上げ、ゆるやかなタッチの絵と言葉で提示します。ふとむなしさを感じた日は、素直に、今日はむなしさを味わう日と考えたり、小さな子とおばあさんが歩いているのをみてほのぼのとしながら、無意識に口ずさんだのは、独り身の自分を歌った明るいメロディだったり。

 それらは、毎日うっすらと降り積もっていくような些事かもしれません。でも、そうして積もり重なったものが自分になっていくのではないでしょうか。益田ミリさんの作品には、大きなドラマはあまり起こりません。重厚で深いテーマであっても、日常のなかにある小さな欠けらを手掛かりに語られます。機微に、敏感に着目して描き出されるのです。だから、読むとハッとさせられ、そしてじんわりと心に響いてきます。

 「今日の人生」。何も起こらなかったような日の出来事、自分だけの小さな幸せ、ちょっと悔やまれる失敗、誰かの行いに対して怒ったこと。「人生」って、大部分はそんな小さな「今日」の積み重ねですよね。私たちも同じように、そんな小さなことを毎日経験しているけれど、無意識に通り過ぎたり、すぐに忘れてしまったり。

 今作では、大切な人とのお別れという大きな出来事も描かれます。でも、それはあくまで日常のなかで、楽しいことや怒ったことの続きとして静かに語られているのです。誰もがいつか経験する、この喪失感を、自分のなかでどう対処するのか。繰り返し湧き上がる悲しみと、どう付き合っていくのか。そんな毎日のなかでも、小さな幸せを感じながら、この本は終わります。

 そしてこの本は、内容はもとより、製本の工夫もおもしろい。本自体を楽しみながら読める仕掛けがいくつもあります。(宇津木)

すべての新米パパに贈りたい

ヨチヨチ父――とまどう日々――
『ヨチヨチ父――とまどう日々――』 ヨシタケシンスケ 著
赤ちゃんとママ社 900円+税 装釘 関 善之

 中川李枝子さんの『子どもはみんな問題児。』や川上未映子さんの『きみは赤ちゃん』など、子育て中のすべてのママに薦めたい本は何冊かあるけれど、パパに薦めたいと思った初めての本です。
『ヨチヨチ父(ちち)』。タイトルから笑ってしまう。とくに口頭でひとに伝えると、「え?」と100%聞き返されるので、「えっと……、ヨチヨチする、お父さんの“チチ”」とジェスチャー込みで説明しないと伝わらない。

 本書には、2児の父である絵本作家のヨシタケシンスケさんが、育児がひと段落ついた今、「パパ目線の初めての育児」というテーマで描いた “トホホな出来事”が、55編掲載されています。

 わが家にももうすぐ3歳になる怪獣君がいるのですが、その数々のトホホに笑い、ああ、そうよね、うんうん、そっかあ、と共感し、いろいろ思い出してちょっとホロリとしてしまいました。わが夫のことも、少しわかったような気がしたのです。さっそく夫(育児ものはほとんど読まない)にも渡してみると、珍しく声を上げて笑いながら、あっという間に読破して、なんと読み返して、また笑っていました。たいそう納得したようです(具体例をあげたいところなのですが、ヨシタケさんのおなじみのイラスト込みで読んでいただいたほうが絶対に面白いので、敢えてあげません)。
 
 「ぜんぜん共感できないなぁ」なんてパパがいたら、よっぽどよくできたパパでしょうから自信を深めてもらい、「そのとおり!」というパパにとっては、少し気が楽になるのではと思います。同じくママだって、「わたしにあてはまる」と感じるかもしれないし、もしくは、夫に対して少しやさしい気持ちになれるかもしれません。たくさんの育児中のひとたちが笑顔になることを願って、本書をお薦めします。(小林)

ふりそそぐ言葉の粒子たち

ひかり埃のきみ
『ひかり埃のきみ 美術と回文』
福田尚代 著 平凡社 2,800円+税 装釘 細野綾子

 扉の薄紙にのった文字列が、次の頁に透けて見える目次と絶妙に交差して美しい。心静かな日、私がそっと開いてみたくなる特別な本です。
 
 3部構成のその「I」は、福田さんの美術作品からはじまります。頁を半分折り込んだ書物、切りとられた文庫本の背表紙、細かな刺繍がほどこされた書物、消しゴムで彫られた数々の漂着物、原稿用紙に彫刻、粉塵の山……。はじめは些細な行為のはずが、繰り返し時間の経過とともに集積されると、一群れとなってこちら側に語りかけてくる強さがあります。

 故郷の郵便局で仕事をしながら、《はじまりからも終わりからも読むことのできる言葉》回文を、彼女は毎日書きました。「II」では、私家版でまとめていたいくつかの回文集から、再考を重ね選出した、7篇の回文へと続きます。回文は言葉遊びの要素が強いものですが、彼女は言葉を砕いて、徹底的に「素」の状態にするまで分解していきます。社会背景に帰属しがちで、束縛された不自由な言葉の枠から一気に解き放たれ、幼い時、音や視覚で感覚的に言葉に触れていた記憶を呼び覚ましてくれます。

 「III」の「片糸の日々」で、「I」の美術作品と「II」の回文の連関性が紐解かれ、『ひかり埃(ほこり)のきみ』が意外なことから誕生したのだと感銘を受けます。そこにはあえて触れませんが、私も研ぎすました感性で言葉とその純度に響き合えるようになりたいと願いつつ、「片糸の日々」の冒頭を引用して心に刻みたいと思います。

 「幼年時代の視覚に境界などあっただろうか。裏庭へつづく扉をひらくと、ハクモクレンの花に落ちるしずくも、ぬかるみに跳ねる犬も、わたしの濡れた睫毛も、すべてが濃密な空気と溶けあっていた。鳥の声が光にしみ、葉の色にうつる。木漏れ日のひとつひとつが何かをやさしくふりかえりつづける。からだは一枚の花びらとなって庭いっぱいにひろがり、まなざしは地中に沈みかけた陶器のかけらへと吸い込まれてゆく。世界と自分が細かな塵の集積としてひとつになり、霧散する。それらがいっせいに、今この瞬間に起きることとして迫ってくる」(上野)


暮しの手帖社 今日の編集部