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ボルシチだけじゃ、もったいない

『ビーツ、私のふだん料理』
『ビーツ、私のふだん料理』 荻野恭子著 地球丸 
1,500円+税 装釘 米持洋介

 もう15年ほど前のことですが、ボルシチを作ってみたくてビーツを探したら、デパ地下などを探し歩いても見つからず、缶詰でガマンしたことがありました。その頃に比べたら、いまは日本に生産農家さんもいらして、ビーツはずいぶん入手しやすくなりましたね。
 この本は、ビーツが大好きで、ご自宅のプランターで栽培もされているという、料理家の荻野恭子さんによるレシピ集です。荻野さんといえば、小誌で「うちで作れる世界の調味料」を連載中。食いしん坊が高じて30年以上前から世界中の家庭料理を食べ歩き、現地の味を、私たちにも作りやすいレシピでご紹介くださる方です。
私も先生の料理教室にお伺いしているのですが、生徒さんたちに向かって常々おっしゃるのは、
「これからの時代の料理は、グルメじゃなく、健康よ。命をつなぐ料理を覚えなくっちゃね」
その言葉どおり、ビーツはポリフェノールの力で抗酸化作用があったり、豊富なオリゴ糖で腸内環境を整えたりと、健康面でいいことづくめの「スーパーフード」のようです。ロシアでは、「ビーツがあれば医者いらず」と言われているのだとか。
荻野先生のレシピは、ボルシチ(なんと冷製もあり)のほか、インド風のカレー、スウェーデン風ミートボール、はたまた白あえや簡単ちらしずしまで、ほんとうに多彩。その色あいの美しいこと!
ビーツって、とっつきにくい、ボルシチ以外、料理が浮かばない……そんな方こそ、ぜひ本屋さんでお手にとってみてください。(北川) 

高田賢三さんの魅力にせまる一冊

『夢の回想録 高田賢三自伝』
『夢の回想録 高田賢三自伝』 高田賢三 著
日本経済新聞出版社 1,900円+税 装釘 ALBIREO

 世界的ファッションブランド「KENZO」を誕生させたデザイナー、高田賢三さんの自伝です。華やかなファッションの世界で活躍する賢三さんのことを、知ってはいるものの、どこか遠い存在。それもそのはず、私の普段の生活では、ファッションショーは縁遠いですし、このブランドを身につける機会もありません。

 そんな賢三さんを身近に感じ、彼の半生を知りたいと思った出来事があります。
 皆さんは、2004年におこなわれたアテネオリンピックの開会式で日本人選手が身につけた衣装を覚えているでしょうか?この衣装をデザインしたのが高田賢三さんだったのです。「多様な色、柄、素材のなかから選手が好きな組み合わせを選ぶ」というのは、五輪のユニフォームでは初の試みだったそうです。
 選手団全体をカメラで捉えた映像からは、軽やかな白い洋服を着た人たちのなかにちらほらとプリント模様が見え、帽子の裏地がキリッと差し色になっている。シンプルなデザインを好む日本人が着こなしやすく、楽しめる組み合わせだと思いました。開会式をテレビで見ていた私は、子どもながらに「素敵な洋服だなぁ。集まって着るだけでこんなに印象がちがうなんて。不思議」と、深く記憶に刻まれたのでした。

 この本では高田賢三さんが子ども時代を過ごした兵庫県姫路でのエピソードから、東京で文化服装学院に通う頃、パリまでの船旅やKENZOというブランドができる全てのことが綴られています。誰もが知る「高田賢三」になるまで、色々な失敗はあるものの、くよくよ考え込むことなく、明るく前を向いている、彼のおおらかで優しい人柄に周囲の誰もが惹きつけられていきます。
 文中には「さぞかしみんなが驚くに違いない」「私は人を驚かすのが大好きである」「みんなに喜んでもらいたい」といった少年のように素直で、遊び心たっぷりな賢三さんの言葉が何度も出てきます。どんな状況におかれても、この思いを貫き続ける賢三さんの生き方に感銘を受け、今後も彼の活躍に目が離せないと感じました(山崎)。

ふつうの人々の、ちょっと奇妙な暮らしの風景

『小型哺乳類館』
『小型哺乳類館』 トマス・ピアース 著 真田由美子 訳
早川書房 2,000円+税 装釘 仁木順平

 『絶滅からの生還』というアメリカのテレビ番組があるそうです。クローン技術を使って、サーベルタイガーやドードーなど、死滅した太古の動物を実際に甦らせて、その生態や絶滅のいきさつなどが解説され、生きた姿が披露される。そして、番組の最後には「絶滅動物園」に「帰還」させているのです。賛否両論あるらしいけれど、人気番組だそうですが、とんでもない番組です。
 ある日、ひとりで暮らすおばあちゃんのところに、番組のホストを務める息子トミーが、1万年の時を超えて甦らせた矮小型マンモスを、極秘にしばらく預かってと置いていく。あり得ない生命に責任を持って接する年老いた母の奇妙な奮闘の日々が始まります。
 この本に描かれているのは、日常の中で起きる不合理な事件の数々。もちろん、上記のお話も真っ赤なフィクションです。でも、読んでいて感じる、物語に流れる空気は、なぜか心地いい。それは、登場人物に向けられた作者の目線がやさしくて、そこに繰り広げられる暮らしの風景を、そして、人物の動作や場面のディテールを淡々と写し取るように描写する文章のせいでしょうか。その細やかな描写は、人物が思っていることや起きたことを説明することなく、しっかりと読む者に伝えてくれます。
 思い込みが激しかったり、突飛で、滑稽で、自分勝手な行動をしたり、自分の弱い面と向き合って奮闘していたり。愛らしくてユニークな人々の日常を描いた短編集です。
 「シャーリー・テンプル三号」は冒頭で紹介した、科学の力で現代に甦らせてしまったマンモスの世話を、息子に押し付けられたおばあちゃんのお話で、題名は、そのマンモスにつけられた名前。「実在のアラン・ガス」は、恋人に、夢の中では夫がいるという告白をされて、いるはずのないその“夫”を現実社会の中に探してしまう男の話。題名は、“夫”の名前。
 この本のタイトルでもある「小型哺乳類館」は、ピピンモンキーなる絶滅危惧種のレアな動物の赤ちゃんを公開している動物園の飼育棟のこと。タイトルからしてユーモラスで興味をひくものが、目次に並びます。
 登場人物たちは、ありふれた日常の中で不合理な事象に遭遇し、ばかばかしいような人間臭い悶着を演じます。その中で自分たちの本質を見つめ直す。だからどうだということまでは語られないけれど、読む者は、そのシュールな寓話の中に、自分を、家族や近しい人を見出すのだと思います。(宇津木)

なんだか愉快な気持ちに

『おかお みせて』
『おかお みせて』 ほし ぶどう作
福音館書店 800円+税 ブックデザイン 佐々木暁

 通勤電車で赤ちゃんを連れた出勤中のお母さんを見かけるのは、最近それほど珍しいことではありませんね。お母さんに、前向き抱っこされた子と目が合うと、つい 「いないいないばー」なんてしてしまいます。時代は変わっても、「いないいないばー」をすると、にこにこと笑ってくれるのには、ほっとして心が和みます。
 『おかお みせて』は、初めて動物たち(もしかしたら誰か)と対面したら、ひょっとしてこんな対話になるのかなというお話です。こちらに背を向けた動物が、ページをめくると「おかお」を見せてくれる。そんな単純な動きの繰り返しです。もしやこれも一種の「いないいないばー」ではないでしょうか。
 そえられた文は最小限なので、読むたびに、あるいは見るたびに、自由にお話を膨らますことができます。絵は愉快でちょっぴり間抜けだけれど、それぞれの動物の特徴がやんわりと浮かび上がっていて、ほのぼのします。そしてこの本全体にゆったりとした余白が保たれているので、 読み手はその空間に浸って遊べます。
 ところで、パンダ、カピバラ、サーバルキャットやハシビロコウと、登場するのは、私の子ども時代には出会うことのなかった動物たちばかり。そこに時代感が盛り込まれているように感じます。
 本の大きさは19 × 18cmと小型で、角は丸く加工がほどこされた製本。持ち歩きにも配慮を感じる優しいあかちゃんの絵本です。ブックデザインは小社の『戦中・戦後の暮しの記録 君と、これから生まれてくる君へ』でお世話になりました佐々木暁さんです。(上野)

身体にどよめく声、柔毛突起を束ねて

『おらおらでひとりいぐも』
『おらおらでひとりいぐも』 若竹千佐子 著
河出書房新社 1,200円+税 装釘 鈴木成一デザイン室

 今年の芥川龍之介賞を受賞した作品として話題を呼び、この本をすでに手にとった方も多いことと思います。日頃、そういった受賞作に疎い私ですが、著者の若竹千佐子さんが遠野出身の主婦と伺い、「いま、読みたい」と心が騒ぎました。かねてから、私は、馬と暮らしたくて遠野に移住した一家と親交があり、お訪ねした時の土地の情景が浮かんできて急に懐かしくなったのです。
 物語は長年住み慣れた新興住宅の一室でひとり、お茶をすする女性、桃子さんの自問自答からはじまります。

「あいやぁ、おらの頭(あだま)このごろ、なんぼがおがしくなってきたんでねべが 
どうすっぺぇ、この先ひとりで、何如(なんじょ)にすべがぁ」
 
桃子さんの身体の内側から湧き上がってくるような東北弁。濁音や抑揚がおもしろいほど読み手の感情を揺さぶります。桃子さんの髪形、服装、すする茶碗の柄、テーブル、室内の様子がひとり歩きして、書かれている以上にイメージがどんどん浮かんできます。
 結婚を間近に控えた24歳の彼女は、故郷に失望し、身ひとつで東京へ飛び出し、やがて、夫となる周造と出会い、結婚。ふたりの子どもを育て上げます。そして、夫の死を経験するのです。捨てた故郷、疎遠になった子どもたち、ひとりぼっちになった桃子さんの喪失感が痛く心に響いてきます。桃子さんの身体の内側に存在する無数の「柔毛突起」が、まるで別の生き物のように宿って「ああでもない、こうでもない」と、哀しみに対峙している描写はとてもユニークな世界です。柔毛突起は肉体と直結していて、それを束ねている彼女の正体は、桃子さん自身ですし、吐き出す言葉のすべても、対話している相手も桃子さんに他ならないのですから……。
 自分の内側にいる自身とのせめぎ合いって、気がつけば私たちもよく体感していませんか? そして、その時々の様々な感情の起伏をなかなかうまく排出できずに通り過ぎてはしまっていないでしょうか。私は、そんな問いを自身にしているうちに、あれあれ、なんだか桃子さんになってしまったように思えてくるのです。
孤独のトンネルの中、自問自答を繰り返し歩き続けた桃子さんが、ようやく辿りついた先は……。
そのきっかけは、ひとりで訪ねて来た孫のあまりに日常的な呼びかけであったと、私は思っています。孫が「おばあちゃん、窓開けるね」と呼びかけた直後、春を迎えようとする外気が室内に入り、すっと桃子さんの心の扉も開いた。私はその瞬間に生きることの自由が象徴されているように感じました。
気づかぬうちに閉ざしかけていた私の内心の扉が、若竹さん固有の言葉の力によって放たれ、爽快感が広がる一瞬となりました。(上野)

愛する台所道具に宿る幸せ

『ツレヅレハナコの食いしん坊な台所』
『ツレヅレハナコの食いしん坊な台所』 ツレヅレハナコ 著
洋泉社 1,500円+税 装釘 森太樹

 料理企画の取材中、料理家の先生が使っている道具に興味がわきます。年季の入ったセイロや、見たこともない木ベラ。「それ、使いやすいですか?」と聞きたくなる衝動を抑え、取材を続けます。ああ、思う存分、話が聞きたい!
そんなわたしの欲求を満たしてくれるのがこの本です。著者のツレヅレハナコさんは元料理雑誌の編集者というだけあって食いしん坊で、読んでいるとお腹が鳴るようなおいしそうな文章がお得意。そんな彼女が愛用している台所道具と、それで作る料理がふんだんに語られます。学生時代に一人暮らしの台所で何十回もインスタント麺を作った小さな土鍋。モロッコの市場で買い、かついで帰ってきたクスクス作り専用の鍋。外はカリッと、中はトロトロのたこ焼きが作れる、ガスたこ焼き器。そのどれもが、ブランドや値段の高い・安いとは関係ない、ツレハナさんが「使っていると楽しい道具」。いつかわたしも、自分にとってのそんな道具たちに巡り合えますように。(平田)

かけがえのない人生って?

『光の犬』
『光の犬』 松家仁之 著 新潮社 2,000円+税 装釘 新潮社装幀室

 年始めの旅行中、この長編小説を電車で読んでいたら、涙している自分に気づき、あわててゴシゴシと目元をこすりました。しずかな語り口による、深閑とした物語の運びに身をゆだねるうち、最後になるにつれて、ひどく気持ちが昂ってしまったのです。
 明治から現代までの100年にわたる時間のなかで、北海道に根ざしたある家族と、彼らを取りかこむ人びとの人生を描いた小説です。彼らはみな、この世に生を受け、さまざまな性格の持ち主に育ち、ある人は、老い衰えて自分を失くして命を終え、ある人は、若くしてバッサリと生を断たれ……と、ひとしく死んでゆきます。
 なんて端的にまとめると、味気なく、退屈に思われるかもしれませんが、これがじつに滋味深いのです。なぜなのでしょう?

 たとえば、助産婦である祖母に取り上げられて生まれ、聡明でやさしい少女に育つ、添島歩の物語。彼女は思春期になると、牧師の息子であり、母を亡くしている同級生の少年、工藤一惟と恋に落ちます。たがいに必要とし、理解しあっていても、かたく抱きしめあっても、なぜか埋められない空洞がある二人。
 やがて二人の道は分かれますが、天文学者となった歩は、30代前半で難病に侵されていることがわかります。病床についた歩が、牧師となった一惟に手紙で託した、最期の願いとは――。
 私たちは、思春期の彼女が、名づけられない、名づけたくない強い感情にとらわれて、愛犬とともに涙を流している場面を見ています。天文学者となって、宇宙の星々を観察する日々を送りながら、「どうして自分がいまここにこうしているのか」を考える姿も見ています。だからこそ、彼女が生をまっとうする姿に、強く強く胸をしめつけられる。まるで、自分や、自分の身近な人の人生を目の当たりにするかのように。
 そして、一惟には牧師となるまでの人生の物語があり、祖母の添島よねには助産婦となるまでの、歩の弟の添島始には北海道に帰るまでの物語が、暮らしの手ざわりや体温、家族どうしの軋轢などをまじえて描かれます。そこに私たちは目を凝らし、かけがえのない人生とは、自分の人生とは何なのだろうと、ふかぶかと考えたくなるのです。

ああ、小説を読むことは、自分以外の誰かの人生を体験することなんだなあ。最後の頁から目を上げたとき、そんなことをあらためて思いました。ひと口では語れそうになく、しばらくは整理せずにおいておきたい――そんな感情が、胸に熱くじんわりとひろがって――それは、すばらしい体験でした。(北川)

美しい編み地はこだわりから生まれる

『美しい編み地はこだわりから生まれる』
『今日も編み地、明日も編み地――風工房の編み物スタイル』
風工房 服田洋子 著 グラフィック社
1,500円+税 装釘 関 宙明 (mr. universe)

1972年から編み物を仕事にしているニットデザイナー、風工房こと服田洋子(はったようこ)さんの初エッセイ集です。風工房の作品は、色合わせ、表編み裏編みによる凹凸模様ともにお洒落で、見るたびに魅了されます。これまでに風工房単独の作品集だけでも28冊出ています。
この本は、「1章 風工房ができるまで」「2章 デザインすること、編むこと」「3章 編み物でつながる旅と人」の3つに分かれています。
1章では、服田さんが自分の着たい服に(あるいは、着たくない服に)こだわりがあり、母親が小学校の入学式用に編んだセーターが気に入らず、「私の服は作らなくていい」といい続けて育った話が出てきます。現在なら、好みの服を買ってもらえば済むのですが、昭和30年ごろはまだ既製服が少なかった時代。32年生まれの私でも、商店が少ない土地だったこともあり、小学校入学前の写真では、ほとんど母が縫ったり編んだりした服を身に着けています。その頃は、子どもが服を自分の好きなように整えるのには、強い意志があったのだと思います。
そんな服田さんは10歳くらいからエプロンを、高校生からはスカートなどの洋服を作るようになります。ニットのウエアを初めて編んだのは高校生。外国の雑誌を見て好きなものを探し、本を読んでは作り方を試行錯誤して、お洒落な服を独学で作っていきます。美大を中退し、編み物が仕事になり、京都に移り住み、ペルーで編み物指導をするといった様々な経験も、いつも自らが決断して行動。書名の通り、ご自身の意志のままに突っ走ってきた様が淡々とした文体でつづられています。
他の2つの章では、世界の伝統的な編み物を訪ねる旅行記や、編み物をする上での配色のヒント、愛用の道具、出来栄えをアップするちょっとした工夫に加えて、作品4点の編み方と編み図も掲載されています。
編み物好きの方が読まれれば、発見が多いのはもちろんですが、いつもと同じ日常に疲れを感じている方は、服田さんの生き方に、背中を叩いてはっぱをかけられる思いがするでしょう。昨年の秋、風工房のワークショップに参加しました。服田さんは、クールで自然体、とても魅力的な方でした。(高野)

価値観に風穴をあけてくれる存在

『パリのすてきなおじさん』
『パリのすてきなおじさん』 金井真紀 文と絵 広岡裕児 案内
柏書房 1,600円+税 装釘 寄藤文平 + 吉田考宏(文平銀座)

 パリには一度も行ったことがなく、当分その当てもない私ですが、ぱらぱらと本をめくると鮮やかで粋な「おじさん」のイラストが満載。それだけでも空想のパリ気分が味わえます。言い方はちょっと失礼かもしれないけれど、まるでおじさんカタログのようです。もくじを開くと、ざっくりとしたおじさんの分類によって構成されています。おしゃれ、アート、おいしい、あそぶ、はたらく、いまを生きるといった具合です。好みのイラストやそれぞれのおじさんの名言から選んで読むこともできます。
 気になる「おじさん」は何人もいますが、さて、どなたにしよう? 相当に迷いますがお一人だけ、大衆紙『パリジャン』の記者ニコラ・ジャカールさんをご紹介します。
 彼は、スイス国境近くのジュラ地方の生まれです。農村で育ち、おじいちゃんやお父さんから自然との調和や勤労精神、質素倹約といった農民的な価値観を教えられました。政治学を学んだあと、25歳で『パリジャン』の記者になります。『パリジャン』は地域密着型で、足を使った取材記事が売り。ニコラさんは難民をテーマにアルジェリアやギリシャへ行ったかと思えば、明日にはパリ市長にインタビューと、いろいろな現場を飛び回ってきました。なかでもニコラさんに大きな影響を与えたのが、2010年1月にカリブ海沿岸で起きたハイチ大地震でした。いち早く現地入りした彼は、取材に奔走します。「死体がゴミみたいに道に置き去りにされている。そのとなりに生きている人もゴミみたいにうずくまっている」。この光景を目の当たりにして、ニコラさんの仕事観や人生観は一変します。「細かいことにくよくよせず、いまを生きるしかない」そう思えるようになったのです。
 「ケツを振らなくても、まっすぐ歩ける」とはニコラさんのおじいちゃんやお父さんからの教え。「地に足をつけて生きろ」に近い意味なのだとか。力強いですね。
 この本の冒頭に、伊丹十三の言葉が引用されています。
 「少年である僕がいるとする。僕は両親が押しつけてくる価値観や物の考え方に閉じこめられている。(中略)ある日ふらっとやってきて、両親の価値観に風穴をあけてくれる存在、それがおじさんなんです」
 パリの街角は、多様なルーツからくる人種、言語、宗教、食も含めた文化が複雑に混ざり合っているのだと、おじさんたちの人生観に触れて分かってきました。風穴をあけてくれる味わい深いおじさんたちは、きっとこのパリ社会の風通しにも一役買っているに違いありません。
 頁と頁の合間には、案内役としてフリージャーナリスト・広岡裕児さんの<アルジェリアとフランス><フランスのイスラム教徒><移民・難民・そして子どもたち>などの解説文があって、その多様さを理解する大きな助けになりました。
 ところで、この本、おじさんの多様性を表現できたらとデザインにも工夫がなされていて、おじさん違いの帯が四種類もあり、選ぶのに迷います。ちなみに私は「食べるためにピアノを弾き、悲しみを癒すために絵を描く」イヴ・ロージンさんでした。(上野)

お弁当のよろこびを再確認

『あゆみ食堂のお弁当』
『あゆみ食堂のお弁当』 大塩あゆ美 著
文化出版局 1,500円+税 装釘 装釘 TAKAIYAMA inc.

みんなにごはんを作って、ワイワイと食べることが大好きな、「あゆみ食堂」の大塩あゆ美さん。真っ直ぐな瞳がまぶしい、チャーミングな方です。あゆみさんの彩りゆたかなおいしいごはんを食べると、元気がむくむく湧いてきます。
そんなあゆみさんが「自分の大切なお弁当の記憶をたどろう」と始めたプロジェクトが1冊の本になりました。
「あなたがお弁当を作りたい人は誰ですか?」
と募集を始めると、その問いかけに全国から200通以上のお便りが集まりました。そのお便りへのお返事が、あゆみさんが考えた23コのお弁当です。
社会人1年生の娘へ、新幹線通勤する妻へ、部活に励む息子へ、育児を頑張る娘のパートナーへ……。23コのお弁当とともに、23通りの物語があります。相手を思う気持ちがやさしくてまぶしくて、思わず目頭が熱くなります。
誰かのためのお弁当は、やっぱり食べてくれる人のことを考えながら作るもの。でも、毎日作っていると大変すぎて、そんな気持ちも薄らいでしまいがち。この本のあたたかいエピソードを読むと、作り始めたころの気持ちなんかを、思い出せるかもしれません。
もちろんそれぞれのお弁当のレシピはどれも秀逸。お弁当をあけた瞬間の、うれしそうな笑顔が目に浮かびました。(小林)

素直なセンス オブ ワンダーを。

『日高敏隆 ネコの時間』
『日高敏隆 ネコの時間』 日高敏隆 著
平凡社 1400円+税 装釘 重実生哉

 タイトルはこうですが、いわゆる流行りのネコの本ではありません。
 日高敏隆(1930-2009年)は、動物行動学の第一人者。たしかに、ネコが好きで何匹も飼っていたし、ネコに関する著書もあり、この本のなかでも書いています。でも、あくまでこの本は、「自然の不思議」についての純朴な疑問や感動を端に発した考えや気づきを記した随筆集。この本に登場するのは、ネコやイヌをはじめ、チョウ、ホタル、セミなどの昆虫、ほかにもドジョウ、ヘビ、カタクリ、サクラなどの植物まで、とても多彩です。

 本書の「STANDARD BOOKS」というシリーズは、「科学と文学、双方を横断する知性を持つ科学者・作家」の作品を集めた選書だそうです。たしかにこの本も、科学と文学が織りなす魅力的な随筆が編まれた一冊です。

 ちょうどこの本を読んでいた昨年10月、小社の敷地に生えている山椒の木で、葉を食べていた青虫たちが、次々に蛹になっていました。ある日見かけた青虫が、2~3日後には蛹になっていて、越冬して春にはアゲハチョウになる。そのとき蛹の体内では、組織が、まったく別の生き物のように違ったものに、劇的に組み変わるプロセスが行われるのだそうです。羽化したら全く違った美しい姿です。まさに生き物の不思議です。

 春が近づくと、「サクラの蕾も膨らみ始めました」なんて、毎年テレビから聞こえてきます。でも、近所のサクラ並木から低く垂れた枝先を、毎日のように目にして歩いていると、11月、12月の寒空の下で、もう膨らみ始めている花芽を見ることができます。暖かくなったから膨らむのではなく、前年の夏から少しずつ少しずつ、長い時間を計りながら花は準備しているのだそうです。これにも感心します。

 チョウとガの違いは何か、なぜ同じ季節、同じ花に同じ種のチョウが集まるのか、なぜサクラは1年の決まった時季に花をきちんと咲かせるのか。
 そんな、自然に対する驚き、疑問、感心という「センス オブ ワンダー」の気持ちから、不思議を解き明かそうと、調べて思いを巡らせる日高さん。そして読者に、わかりやすい解説をやさしく語りかけてくれる。日高さんは第一人者である科学者ですが、自然に向かう気持ちはとても素直で、文章からロマンチストでもあるように思われます。それが日高さんの「科学と文学を横断する」文章の魅力に表れているのでしょう。

 感受性をはたらかさなければ、サクラの蕾も、チョウの蛹も、不思議を感じずに通り過ぎてしまうかもしれません。でも、素直な気持ちで自然の不思議に目を向けると、いろいろな面白いことが見えてくる。そんな楽しさを教えてくれる一冊です。(宇津木)

いきいきとした言葉と絵が魅力の新訳グリム童話

『グリムのむかしばなしⅠ・Ⅱ』
『グリムのむかしばなしⅠ・Ⅱ』
ワンダ・ガアグ 編・絵 松岡享子 訳
のら書店 各1600円+税 装釘 タカハシデザイン室

 「ヘンゼルとグレーテル」「シンデレラ」「ブレーメンの音楽隊」などの懐かしいグリム童話。漫画も含めて、いままでにたくさんの本が出版されています。本書は、昨年の秋、新しく松岡享子さんの翻訳で出版されたグリム童話集です。英語の原本『Tales from Grimm』は、絵本『100まんびきのねこ』などで知られる、アメリカの画家で絵本作家のワンダ・ガアグがドイツ語から英語に翻訳して、1936年に出版されました。

 過日、松岡さんのトークショーを聴く機会に恵まれました。

 そこでうかがったお話によると、グリム童話集は、もともとドイツのグリム兄弟が昔話を集めてまとめたものですが、19世紀中ごろに現在の形にまとまり、各国で翻訳されています。ガアグは両親ともボヘミアからアメリカに渡った移民で、親類も近くに住んでいました。幼いころに、叔父や叔母、祖父母の語る昔話を聞きながら育ち、苦学の末画家になり、絵本も制作するようになります。

 ガアグは、自分がなじんできたお話にくらべて、英文のグリム童話は堅苦しくて、想像力に欠けるものだと感じて、グリム童話16編を英訳し、挿絵を描いて『Tales from Grimm』を作りました。松岡さんが1961年に渡米した時には、ガアグは亡くなっていましたが、当時のアメリカでは、お話を覚えて語るストーリーテリングが盛んでした。この本は高く評価されていて、松岡さんもこの本を使って、ストーリーテリングをしたそうです。

 画家であるガアグの文章は、その場の情景が浮かぶ描写で、文章の調子がよく、語りかけるような口調で、自力で生きる女性が登場するなど、それまでのグリム童話とは違っていました。シンデレラだって、継母たちがお城に出掛けると、体を洗ったり髪をとかしたりと自分で身づくろいをしてから、妖精の力を借りるのです。

 絵はモノクロですが、怪しい森の奥にあるお菓子の家、忌まわしい魔女や幸せそうに眠る子供など、表情豊かに、物語の中へと誘いかけてきます。松岡さんの翻訳も、声に出して読みやすく、読んでいること自体が心地よくなります。

 原本は1冊でしたが、2冊に分けたのは、子どもが読みやすい字の大きさで、手に取りやすい厚さにしたいとの松岡さんの要望からだそうです。

 各巻に入っているお話です。
Ⅰ「ヘンゼルとグレーテル」「ねことねずみがいっしょにくらせば」「かえるの王子」「なまくらハインツ」「やせのリーゼル」「シンデレラ」「六人の家来」
Ⅱ「ブレーメンの音楽隊」「ラプンツェル」「三人兄弟」「つむと杼と縫い針」「なんでもわかる医者先生」「雪白とバラ紅」「かしこいエルシー」「竜とそのおばあさん」「漁師とおかみさん」(高野)


暮しの手帖社 今日の編集部