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身体にどよめく声、柔毛突起を束ねて

『おらおらでひとりいぐも』
『おらおらでひとりいぐも』 若竹千佐子 著
河出書房新社 1,200円+税 装釘 鈴木成一デザイン室

 今年の芥川龍之介賞を受賞した作品として話題を呼び、この本をすでに手にとった方も多いことと思います。日頃、そういった受賞作に疎い私ですが、著者の若竹千佐子さんが遠野出身の主婦と伺い、「いま、読みたい」と心が騒ぎました。かねてから、私は、馬と暮らしたくて遠野に移住した一家と親交があり、お訪ねした時の土地の情景が浮かんできて急に懐かしくなったのです。
 物語は長年住み慣れた新興住宅の一室でひとり、お茶をすする女性、桃子さんの自問自答からはじまります。

「あいやぁ、おらの頭(あだま)このごろ、なんぼがおがしくなってきたんでねべが 
どうすっぺぇ、この先ひとりで、何如(なんじょ)にすべがぁ」
 
桃子さんの身体の内側から湧き上がってくるような東北弁。濁音や抑揚がおもしろいほど読み手の感情を揺さぶります。桃子さんの髪形、服装、すする茶碗の柄、テーブル、室内の様子がひとり歩きして、書かれている以上にイメージがどんどん浮かんできます。
 結婚を間近に控えた24歳の彼女は、故郷に失望し、身ひとつで東京へ飛び出し、やがて、夫となる周造と出会い、結婚。ふたりの子どもを育て上げます。そして、夫の死を経験するのです。捨てた故郷、疎遠になった子どもたち、ひとりぼっちになった桃子さんの喪失感が痛く心に響いてきます。桃子さんの身体の内側に存在する無数の「柔毛突起」が、まるで別の生き物のように宿って「ああでもない、こうでもない」と、哀しみに対峙している描写はとてもユニークな世界です。柔毛突起は肉体と直結していて、それを束ねている彼女の正体は、桃子さん自身ですし、吐き出す言葉のすべても、対話している相手も桃子さんに他ならないのですから……。
 自分の内側にいる自身とのせめぎ合いって、気がつけば私たちもよく体感していませんか? そして、その時々の様々な感情の起伏をなかなかうまく排出できずに通り過ぎてはしまっていないでしょうか。私は、そんな問いを自身にしているうちに、あれあれ、なんだか桃子さんになってしまったように思えてくるのです。
孤独のトンネルの中、自問自答を繰り返し歩き続けた桃子さんが、ようやく辿りついた先は……。
そのきっかけは、ひとりで訪ねて来た孫のあまりに日常的な呼びかけであったと、私は思っています。孫が「おばあちゃん、窓開けるね」と呼びかけた直後、春を迎えようとする外気が室内に入り、すっと桃子さんの心の扉も開いた。私はその瞬間に生きることの自由が象徴されているように感じました。
気づかぬうちに閉ざしかけていた私の内心の扉が、若竹さん固有の言葉の力によって放たれ、爽快感が広がる一瞬となりました。(上野)

愛する台所道具に宿る幸せ

『ツレヅレハナコの食いしん坊な台所』
『ツレヅレハナコの食いしん坊な台所』 ツレヅレハナコ 著
洋泉社 1,500円+税 装釘 森太樹

 料理企画の取材中、料理家の先生が使っている道具に興味がわきます。年季の入ったセイロや、見たこともない木ベラ。「それ、使いやすいですか?」と聞きたくなる衝動を抑え、取材を続けます。ああ、思う存分、話が聞きたい!
そんなわたしの欲求を満たしてくれるのがこの本です。著者のツレヅレハナコさんは元料理雑誌の編集者というだけあって食いしん坊で、読んでいるとお腹が鳴るようなおいしそうな文章がお得意。そんな彼女が愛用している台所道具と、それで作る料理がふんだんに語られます。学生時代に一人暮らしの台所で何十回もインスタント麺を作った小さな土鍋。モロッコの市場で買い、かついで帰ってきたクスクス作り専用の鍋。外はカリッと、中はトロトロのたこ焼きが作れる、ガスたこ焼き器。そのどれもが、ブランドや値段の高い・安いとは関係ない、ツレハナさんが「使っていると楽しい道具」。いつかわたしも、自分にとってのそんな道具たちに巡り合えますように。(平田)

かけがえのない人生って?

『光の犬』
『光の犬』 松家仁之 著 新潮社 2,000円+税 装釘 新潮社装幀室

 年始めの旅行中、この長編小説を電車で読んでいたら、涙している自分に気づき、あわててゴシゴシと目元をこすりました。しずかな語り口による、深閑とした物語の運びに身をゆだねるうち、最後になるにつれて、ひどく気持ちが昂ってしまったのです。
 明治から現代までの100年にわたる時間のなかで、北海道に根ざしたある家族と、彼らを取りかこむ人びとの人生を描いた小説です。彼らはみな、この世に生を受け、さまざまな性格の持ち主に育ち、ある人は、老い衰えて自分を失くして命を終え、ある人は、若くしてバッサリと生を断たれ……と、ひとしく死んでゆきます。
 なんて端的にまとめると、味気なく、退屈に思われるかもしれませんが、これがじつに滋味深いのです。なぜなのでしょう?

 たとえば、助産婦である祖母に取り上げられて生まれ、聡明でやさしい少女に育つ、添島歩の物語。彼女は思春期になると、牧師の息子であり、母を亡くしている同級生の少年、工藤一惟と恋に落ちます。たがいに必要とし、理解しあっていても、かたく抱きしめあっても、なぜか埋められない空洞がある二人。
 やがて二人の道は分かれますが、天文学者となった歩は、30代前半で難病に侵されていることがわかります。病床についた歩が、牧師となった一惟に手紙で託した、最期の願いとは――。
 私たちは、思春期の彼女が、名づけられない、名づけたくない強い感情にとらわれて、愛犬とともに涙を流している場面を見ています。天文学者となって、宇宙の星々を観察する日々を送りながら、「どうして自分がいまここにこうしているのか」を考える姿も見ています。だからこそ、彼女が生をまっとうする姿に、強く強く胸をしめつけられる。まるで、自分や、自分の身近な人の人生を目の当たりにするかのように。
 そして、一惟には牧師となるまでの人生の物語があり、祖母の添島よねには助産婦となるまでの、歩の弟の添島始には北海道に帰るまでの物語が、暮らしの手ざわりや体温、家族どうしの軋轢などをまじえて描かれます。そこに私たちは目を凝らし、かけがえのない人生とは、自分の人生とは何なのだろうと、ふかぶかと考えたくなるのです。

ああ、小説を読むことは、自分以外の誰かの人生を体験することなんだなあ。最後の頁から目を上げたとき、そんなことをあらためて思いました。ひと口では語れそうになく、しばらくは整理せずにおいておきたい――そんな感情が、胸に熱くじんわりとひろがって――それは、すばらしい体験でした。(北川)

美しい編み地はこだわりから生まれる

『美しい編み地はこだわりから生まれる』
『今日も編み地、明日も編み地――風工房の編み物スタイル』
風工房 服田洋子 著 グラフィック社
1,500円+税 装釘 関 宙明 (mr. universe)

1972年から編み物を仕事にしているニットデザイナー、風工房こと服田洋子(はったようこ)さんの初エッセイ集です。風工房の作品は、色合わせ、表編み裏編みによる凹凸模様ともにお洒落で、見るたびに魅了されます。これまでに風工房単独の作品集だけでも28冊出ています。
この本は、「1章 風工房ができるまで」「2章 デザインすること、編むこと」「3章 編み物でつながる旅と人」の3つに分かれています。
1章では、服田さんが自分の着たい服に(あるいは、着たくない服に)こだわりがあり、母親が小学校の入学式用に編んだセーターが気に入らず、「私の服は作らなくていい」といい続けて育った話が出てきます。現在なら、好みの服を買ってもらえば済むのですが、昭和30年ごろはまだ既製服が少なかった時代。32年生まれの私でも、商店が少ない土地だったこともあり、小学校入学前の写真では、ほとんど母が縫ったり編んだりした服を身に着けています。その頃は、子どもが服を自分の好きなように整えるのには、強い意志があったのだと思います。
そんな服田さんは10歳くらいからエプロンを、高校生からはスカートなどの洋服を作るようになります。ニットのウエアを初めて編んだのは高校生。外国の雑誌を見て好きなものを探し、本を読んでは作り方を試行錯誤して、お洒落な服を独学で作っていきます。美大を中退し、編み物が仕事になり、京都に移り住み、ペルーで編み物指導をするといった様々な経験も、いつも自らが決断して行動。書名の通り、ご自身の意志のままに突っ走ってきた様が淡々とした文体でつづられています。
他の2つの章では、世界の伝統的な編み物を訪ねる旅行記や、編み物をする上での配色のヒント、愛用の道具、出来栄えをアップするちょっとした工夫に加えて、作品4点の編み方と編み図も掲載されています。
編み物好きの方が読まれれば、発見が多いのはもちろんですが、いつもと同じ日常に疲れを感じている方は、服田さんの生き方に、背中を叩いてはっぱをかけられる思いがするでしょう。昨年の秋、風工房のワークショップに参加しました。服田さんは、クールで自然体、とても魅力的な方でした。(高野)

価値観に風穴をあけてくれる存在

『パリのすてきなおじさん』
『パリのすてきなおじさん』 金井真紀 文と絵 広岡裕児 案内
柏書房 1,600円+税 装釘 寄藤文平 + 吉田考宏(文平銀座)

 パリには一度も行ったことがなく、当分その当てもない私ですが、ぱらぱらと本をめくると鮮やかで粋な「おじさん」のイラストが満載。それだけでも空想のパリ気分が味わえます。言い方はちょっと失礼かもしれないけれど、まるでおじさんカタログのようです。もくじを開くと、ざっくりとしたおじさんの分類によって構成されています。おしゃれ、アート、おいしい、あそぶ、はたらく、いまを生きるといった具合です。好みのイラストやそれぞれのおじさんの名言から選んで読むこともできます。
 気になる「おじさん」は何人もいますが、さて、どなたにしよう? 相当に迷いますがお一人だけ、大衆紙『パリジャン』の記者ニコラ・ジャカールさんをご紹介します。
 彼は、スイス国境近くのジュラ地方の生まれです。農村で育ち、おじいちゃんやお父さんから自然との調和や勤労精神、質素倹約といった農民的な価値観を教えられました。政治学を学んだあと、25歳で『パリジャン』の記者になります。『パリジャン』は地域密着型で、足を使った取材記事が売り。ニコラさんは難民をテーマにアルジェリアやギリシャへ行ったかと思えば、明日にはパリ市長にインタビューと、いろいろな現場を飛び回ってきました。なかでもニコラさんに大きな影響を与えたのが、2010年1月にカリブ海沿岸で起きたハイチ大地震でした。いち早く現地入りした彼は、取材に奔走します。「死体がゴミみたいに道に置き去りにされている。そのとなりに生きている人もゴミみたいにうずくまっている」。この光景を目の当たりにして、ニコラさんの仕事観や人生観は一変します。「細かいことにくよくよせず、いまを生きるしかない」そう思えるようになったのです。
 「ケツを振らなくても、まっすぐ歩ける」とはニコラさんのおじいちゃんやお父さんからの教え。「地に足をつけて生きろ」に近い意味なのだとか。力強いですね。
 この本の冒頭に、伊丹十三の言葉が引用されています。
 「少年である僕がいるとする。僕は両親が押しつけてくる価値観や物の考え方に閉じこめられている。(中略)ある日ふらっとやってきて、両親の価値観に風穴をあけてくれる存在、それがおじさんなんです」
 パリの街角は、多様なルーツからくる人種、言語、宗教、食も含めた文化が複雑に混ざり合っているのだと、おじさんたちの人生観に触れて分かってきました。風穴をあけてくれる味わい深いおじさんたちは、きっとこのパリ社会の風通しにも一役買っているに違いありません。
 頁と頁の合間には、案内役としてフリージャーナリスト・広岡裕児さんの<アルジェリアとフランス><フランスのイスラム教徒><移民・難民・そして子どもたち>などの解説文があって、その多様さを理解する大きな助けになりました。
 ところで、この本、おじさんの多様性を表現できたらとデザインにも工夫がなされていて、おじさん違いの帯が四種類もあり、選ぶのに迷います。ちなみに私は「食べるためにピアノを弾き、悲しみを癒すために絵を描く」イヴ・ロージンさんでした。(上野)

お弁当のよろこびを再確認

『あゆみ食堂のお弁当』
『あゆみ食堂のお弁当』 大塩あゆ美 著
文化出版局 1,500円+税 装釘 装釘 TAKAIYAMA inc.

みんなにごはんを作って、ワイワイと食べることが大好きな、「あゆみ食堂」の大塩あゆ美さん。真っ直ぐな瞳がまぶしい、チャーミングな方です。あゆみさんの彩りゆたかなおいしいごはんを食べると、元気がむくむく湧いてきます。
そんなあゆみさんが「自分の大切なお弁当の記憶をたどろう」と始めたプロジェクトが1冊の本になりました。
「あなたがお弁当を作りたい人は誰ですか?」
と募集を始めると、その問いかけに全国から200通以上のお便りが集まりました。そのお便りへのお返事が、あゆみさんが考えた23コのお弁当です。
社会人1年生の娘へ、新幹線通勤する妻へ、部活に励む息子へ、育児を頑張る娘のパートナーへ……。23コのお弁当とともに、23通りの物語があります。相手を思う気持ちがやさしくてまぶしくて、思わず目頭が熱くなります。
誰かのためのお弁当は、やっぱり食べてくれる人のことを考えながら作るもの。でも、毎日作っていると大変すぎて、そんな気持ちも薄らいでしまいがち。この本のあたたかいエピソードを読むと、作り始めたころの気持ちなんかを、思い出せるかもしれません。
もちろんそれぞれのお弁当のレシピはどれも秀逸。お弁当をあけた瞬間の、うれしそうな笑顔が目に浮かびました。(小林)

素直なセンス オブ ワンダーを。

『日高敏隆 ネコの時間』
『日高敏隆 ネコの時間』 日高敏隆 著
平凡社 1400円+税 装釘 重実生哉

 タイトルはこうですが、いわゆる流行りのネコの本ではありません。
 日高敏隆(1930-2009年)は、動物行動学の第一人者。たしかに、ネコが好きで何匹も飼っていたし、ネコに関する著書もあり、この本のなかでも書いています。でも、あくまでこの本は、「自然の不思議」についての純朴な疑問や感動を端に発した考えや気づきを記した随筆集。この本に登場するのは、ネコやイヌをはじめ、チョウ、ホタル、セミなどの昆虫、ほかにもドジョウ、ヘビ、カタクリ、サクラなどの植物まで、とても多彩です。

 本書の「STANDARD BOOKS」というシリーズは、「科学と文学、双方を横断する知性を持つ科学者・作家」の作品を集めた選書だそうです。たしかにこの本も、科学と文学が織りなす魅力的な随筆が編まれた一冊です。

 ちょうどこの本を読んでいた昨年10月、小社の敷地に生えている山椒の木で、葉を食べていた青虫たちが、次々に蛹になっていました。ある日見かけた青虫が、2~3日後には蛹になっていて、越冬して春にはアゲハチョウになる。そのとき蛹の体内では、組織が、まったく別の生き物のように違ったものに、劇的に組み変わるプロセスが行われるのだそうです。羽化したら全く違った美しい姿です。まさに生き物の不思議です。

 春が近づくと、「サクラの蕾も膨らみ始めました」なんて、毎年テレビから聞こえてきます。でも、近所のサクラ並木から低く垂れた枝先を、毎日のように目にして歩いていると、11月、12月の寒空の下で、もう膨らみ始めている花芽を見ることができます。暖かくなったから膨らむのではなく、前年の夏から少しずつ少しずつ、長い時間を計りながら花は準備しているのだそうです。これにも感心します。

 チョウとガの違いは何か、なぜ同じ季節、同じ花に同じ種のチョウが集まるのか、なぜサクラは1年の決まった時季に花をきちんと咲かせるのか。
 そんな、自然に対する驚き、疑問、感心という「センス オブ ワンダー」の気持ちから、不思議を解き明かそうと、調べて思いを巡らせる日高さん。そして読者に、わかりやすい解説をやさしく語りかけてくれる。日高さんは第一人者である科学者ですが、自然に向かう気持ちはとても素直で、文章からロマンチストでもあるように思われます。それが日高さんの「科学と文学を横断する」文章の魅力に表れているのでしょう。

 感受性をはたらかさなければ、サクラの蕾も、チョウの蛹も、不思議を感じずに通り過ぎてしまうかもしれません。でも、素直な気持ちで自然の不思議に目を向けると、いろいろな面白いことが見えてくる。そんな楽しさを教えてくれる一冊です。(宇津木)

いきいきとした言葉と絵が魅力の新訳グリム童話

『グリムのむかしばなしⅠ・Ⅱ』
『グリムのむかしばなしⅠ・Ⅱ』
ワンダ・ガアグ 編・絵 松岡享子 訳
のら書店 各1600円+税 装釘 タカハシデザイン室

 「ヘンゼルとグレーテル」「シンデレラ」「ブレーメンの音楽隊」などの懐かしいグリム童話。漫画も含めて、いままでにたくさんの本が出版されています。本書は、昨年の秋、新しく松岡享子さんの翻訳で出版されたグリム童話集です。英語の原本『Tales from Grimm』は、絵本『100まんびきのねこ』などで知られる、アメリカの画家で絵本作家のワンダ・ガアグがドイツ語から英語に翻訳して、1936年に出版されました。

 過日、松岡さんのトークショーを聴く機会に恵まれました。

 そこでうかがったお話によると、グリム童話集は、もともとドイツのグリム兄弟が昔話を集めてまとめたものですが、19世紀中ごろに現在の形にまとまり、各国で翻訳されています。ガアグは両親ともボヘミアからアメリカに渡った移民で、親類も近くに住んでいました。幼いころに、叔父や叔母、祖父母の語る昔話を聞きながら育ち、苦学の末画家になり、絵本も制作するようになります。

 ガアグは、自分がなじんできたお話にくらべて、英文のグリム童話は堅苦しくて、想像力に欠けるものだと感じて、グリム童話16編を英訳し、挿絵を描いて『Tales from Grimm』を作りました。松岡さんが1961年に渡米した時には、ガアグは亡くなっていましたが、当時のアメリカでは、お話を覚えて語るストーリーテリングが盛んでした。この本は高く評価されていて、松岡さんもこの本を使って、ストーリーテリングをしたそうです。

 画家であるガアグの文章は、その場の情景が浮かぶ描写で、文章の調子がよく、語りかけるような口調で、自力で生きる女性が登場するなど、それまでのグリム童話とは違っていました。シンデレラだって、継母たちがお城に出掛けると、体を洗ったり髪をとかしたりと自分で身づくろいをしてから、妖精の力を借りるのです。

 絵はモノクロですが、怪しい森の奥にあるお菓子の家、忌まわしい魔女や幸せそうに眠る子供など、表情豊かに、物語の中へと誘いかけてきます。松岡さんの翻訳も、声に出して読みやすく、読んでいること自体が心地よくなります。

 原本は1冊でしたが、2冊に分けたのは、子どもが読みやすい字の大きさで、手に取りやすい厚さにしたいとの松岡さんの要望からだそうです。

 各巻に入っているお話です。
Ⅰ「ヘンゼルとグレーテル」「ねことねずみがいっしょにくらせば」「かえるの王子」「なまくらハインツ」「やせのリーゼル」「シンデレラ」「六人の家来」
Ⅱ「ブレーメンの音楽隊」「ラプンツェル」「三人兄弟」「つむと杼と縫い針」「なんでもわかる医者先生」「雪白とバラ紅」「かしこいエルシー」「竜とそのおばあさん」「漁師とおかみさん」(高野)

先入観に捉われないものづくり

水たまりの中を泳ぐ ポスタルコの問いかけから始まるものづくり
『水たまりの中を泳ぐ ポスタルコの問いかけから始まるものづくり』
マイク・エーブルソン、エーブルソン友理 著
誠文堂新光社 3,000円+税 装釘 エーブルソン友理

 私は、15年もの間、ポスタルコというブランドのカードケースを愛用している。丈夫であることはさることながら、とにかくストレスなく使えるのがうれしい。
指でケースの両端をつまむように力を入れると、口が開いてカードが出し入れしやすくなる仕掛けになっている。「両端からつまむように押す」なんて野暮なことは説明されていないし、そんなことすら考えなしに使っていた。
 だが、ある時、カードケースの構造をまじまじと見て、そう使うように導かれていたことに気がついた。正確に言うと、デザイナーのマイク・エーブルソンは、ヒトはカードケースをどのように握り、どのように使おうとするのかを知っていたのだ、ということに感心した。

 ポスタルコのステーショナリーやバッグ、レインウェアは、そんな不思議な気持ちにさせるものばかりだ。「こうなっていると使いやすいのに、なぜそうではないのだろうか」というこちらの気持ちを見透かしたように、「ありそうでなかったもの」がそろっている。
 彼らがいかにしてユニークなものを生み出しているのか。その思考の過程が、本書に詰まっている。

 彼らのユニークさを象徴するプロダクトの一つにトートバッグがある。
「バッグってなに?」
「どうしてヒトはモノを運ぶんだろう?」
「バッグがなかった時、
ヒトはどうやってモノを運んだのかな?」
きっとそんな「問いかけ」から始まり、橋梁の構造にヒントを得たタフで軽々とモノが持ち運べるバッグが生まれたのだそう。

 彼らはものづくりの過程で、「問いかけ」をもっとも大切にしている。マイク・エーブルソンは、そのことを次のように話す。
「たぶん、じぶんの固定観念を壊したいんだと思う。少しずつ、少しずつ、視野を広げて、こうだと決めてかかっていた思い込みを、ほぐすようにしているんだ。(略)あるものに対して抱いている先入観を捨てていくと、じぶんが知らなかったことが見えてくる」
 文化人類学的ものづくりとでも呼ぶべきか、つくるべきものに問いを重ね、ヒトやモノを観察し、何度も何度も試作を重ねて、答えに辿り着く。

 本書は、15の問いからポスタルコが辿った17年を振り返る。読み進めるうちにポスタルコの輪郭がクッキリと浮かび上がる。だが同時に、彼らはデザイナー? 文化人類学者? はたまた哲学者? ポスタルコとは何者か? という、新たな問いが頭の中に浮かぶ。(矢野)

今がいちばん若いんだぞ

自転車ぎこぎこ
『自転車ぎこぎこ』 伊藤礼 著
平凡社 1,600円+税 装釘 石澤由美

 もう10年以上前だったでしょうか、久しぶりに会った大学の同級生が私に言いました。
「ねえ、あの伊藤センセイが、『こぐこぐ自転車』とかいうエッセイを出して、それがなかなか人気なんだって」
「うそでしょ? 同姓同名の人なんじゃないの?」と私。
伊藤センセイこと伊藤礼さんは英米文学の教授で、私が学生の頃は60代後半くらい。長らく肝臓病を患っていたとのことで、顔色はお世辞にもよいとは言えず、お書きになるエッセイは、どこか冷めたユーモアとペーソスがあって。自転車だなんて、似合わないなあ。
半信半疑でその本を読んだら、まあ、面白いこと。退官も目前となったある日、「大学まで自転車で行ってみようか」と思い立ったセンセイ。ところが2キロも行かないうちに、足腰の筋肉は力を失い、お尻には激痛を感じ、休み休み、何とか12キロ先の大学にたどり着いたときは、目のまわりにクマができていた……。
しかし、以来すっかり自転車にはまったセンセイは、あちこち走り回るうちに、一日60キロを走れるまでになるのです。
この『自転車ぎこぎこ』は、その続編。折りたたみ自転車を電車に積み込む、いわゆる「輪行」で旅する仲間も数人でき、センセイは西へ東へ軽やかに、古希を過ぎた肉体を走らせます。からだ全体に風を感じながら、思わぬハプニングも愉快がりながら。
 「こんなに出かけるのは年をとっているから、まもなく確実に死ぬと思うからだ。生きていてもヨボヨボになってしまう。今を逃したら自転車に跨れなくなるからである。私は友人たちに今がいちばん若いんだぞと声をかける。そしてすこしでも若い今のうちに、行けるだけ行こうと誘う」
 人生は、楽しんだが勝ちなんだなあ。幾つになっても、その楽しみのタネを見つけられたら、すてきです。(北川)

戦後から現在、街の移り変わりを写す

富岡畦草・記録の目シリーズ『変貌する都市の記録』
富岡畦草・記録の目シリーズ『変貌する都市の記録』
富岡畦草・富岡三智子・鵜澤碧美 著・写真 白揚社
2,500円+税 装釘 岩崎寿文

 「昭和20年8月15日、第二次世界大戦決着。25日、私は所属していた谷田部海軍航空隊解散復員に伴い常磐線土浦駅から超満員列車に乗って東京駅へと向かいました。このとき東京駅へ近付くにつれ、街は無残な被害状況で、痛恨の極まり、多くの犠牲戦友への弔いも合わせ、この真実を歴史に残す必要性を痛感しました」(まえがきより)
 写真家の富岡畦草(けいそう)さんは、記録写真を撮り始めた動機をこう書いています。海軍航空隊で特攻隊の志願兵として終戦を迎えた畦草さんには、敗戦時の街の姿と、復興していくに違いないこれからの街の姿を写していくことが、とても大切なことだと思えたのでしょう。以来、約70年にわたって、東京の各地の街頭を撮り続けてきました。
 それも、移り変わりが分かりやすい「定点撮影」の手法を用いて。本に収められている撮影場所は、都内を中心に66地点。多くは、見開きのページに昭和30年代前後、昭和後期か平成初期、平成28~29年のものと、3つの時代の写真がレイアウトされています。
 たとえば「東京駅・丸の内中央口」は、昭和34年と50年、平成28年の3点。駅をセンターにとらえた3つの写真からは、周囲のビルが建て替えられていく様子が見てとれるのもさることながら、どれも駅前のどこかが工事中だという事が分かります。
 「東京タワー」は、昭和33年と平成29年の2点。しかも1枚目のタワーは、完成の三月半ほど前で、先頭部分が未完成の写真です。足元には、古びた木造平屋の大衆酒場と何かの商店、その奥遠くに見える煙突は、銭湯かもしれません。写真の解説には、タワーの資材に米軍戦車のスクラップが使われていることが触れられ「希望の象徴となった東京タワーは、敗戦の傷を乗り越えようと奮闘した国民の覚悟の象徴でもある」との一文が。
 この記録集は、戦後、日本がどのように復興してきたのかを考えるきっかけとなり、記憶のよすがともなるでしょう。また、考えを深めるのは後回しにして、昔の街並みや看板広告、人々のファッション、道を走る車やバイクの車種に注目するのも面白そうです。
 そして、この記録写真には、畦草さんと娘の三智子さん、孫娘の鵜澤碧美(うざわたまみ)さんの三代にわたって撮り続けられているという稀有な特長があります。親子代々の意志の連なりに、ただ敬服するばかりです。(菅原)

夜空を見上げたくなる、物語の数々

写真で見る 星と伝説 秋と冬の星
『写真で見る 星と伝説 秋と冬の星』野尻抱影 文 八板康麿 写真
偕成社 1,600円+税 装釘 三上祥子(Vaa)

 太古より、人々は夜空を見上げ、輝く星々を神や動物に見立て、さまざまな物語を紡いできました。ギリシャはもちろん、中国や日本でも。
本書は、秋と冬の星座にまつわる世界各地の伝説と、美しい星空の写真を掲載しています。底本となっているのは、野尻抱影の名著『星と伝説』。秋はペガスス座やペルセウス座、冬はおうし座やりゅうこつ座など、それらの星座にまつわる9編のお話が収められており、たっぷりのカラー挿絵が入っています。
例えば、オリオン座。四角形を描く星のなかに、並ぶ三つ星。おそらく、みなさんもご覧になったことがあるかと思います。
 ギリシャではオリオン座は、太い棍棒を持って野山の獣を狩る勇者の姿とされました。勇者オリオンは、月と狩りの女神アルテーミスと恋仲になるのですが、彼女の兄、日の神アポローンによって悲劇の死を迎え、やがて星になったのだとか。
 ところ変わってアイヌの人たちは、オリオン座の三つ星をイウタニ(米を搗く杵)と呼び、これは働き者の三人の若者が星になったもの。こんなふうに同じ星座でも、それぞれの時代に、それぞれの場所で、違った伝説が生まれたことがわかります。
 ほかにも、多情の大神ゼウスに、夫の浮気を怪しむ妃ヘーラ。娘のアンドロメダを溺愛する、親ばかの母・カシオペヤ。物語のおもしろさもさることながら、「人間くささ」や「戒め」は、時代を超えて、人類の不変のテーマなのかしら、と思ったり。
 解説によると、地球からアンドロメダ銀河までの距離は230万光年。私たちがいま見ているのは、230万年前に放たれた光なのです。そして「アンドロメダ銀河は数十億年後に、われわれがいる銀河と合体すると考えられて」いるそうです。悠遠のかなたに広がる銀河と、それを見るちっぽけな私。
 オリオン座の隣はおうし座で、その下にあるのはエリダヌス座……。当初はのっぺりと見えていた星の写真が、読み進めるほどに、時間と空間の厚みをもって、眼前に迫ってくるように感じられました。
 本書では、それぞれの星の解説や見つけ方、コラムなども充実しています。これからの季節、ますます夜空を見上げたくなる一冊です。(圓田)


暮しの手帖社 今日の編集部