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最新刊『わたしの暮らしのヒント集3』

2017年11月22日

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すてきなあの人、気になるこの人。魅力にあふれ、注目されている方は、何かしらの気づきや心がけている習慣をお持ちです。それが、「暮らしのヒント」です。毎日の暮らしをスムーズなものにし、心豊かに過ごすためのコツともいえる大切なものです。
おかげさまで、別冊『暮らしのヒント集』シリーズは、号を重ねるごとに、たいへん多くの読者の皆様にご購読いただいております。この3冊目も、既刊の2冊と同様に、このたび、長く、より多くの皆様にお読みいただけるように、単行本化しました。

この本にご登場いただいたのは、ヤエカのデザイナー井出恭子さん、料理家の大原千鶴さん、コスチューム・アーティストのひびのこづえさん、建築家の中村好文さん、画家の安野光雅さん、家事評論家の吉沢久子さん……。取材当時30代から90代まで7世代17人の方々にお話をうかがいました。
取材をお願いすると、みなさん最初は「ヒントになるようなことは特に何もしていないですよ」とおっしゃいます。でも、よくよくお話をお聞きすると、いくつもいくつも出てくるのです。ご自分では何気ない、毎日の当たり前のことでも、他人から見ると、「なるほど」とひざを打つ、感じ入ることばかりなのです。今日からすぐできる小さなアイデアから、奥深い生活信条まで。誌面の中から拾い上げて、あなたの暮らしに取り入れていただきたいヒントがたくさんありました。暮らしのようすを切り取ったたくさんの写真とともにご紹介しています。衣食住にわたる多彩で充実した内容の一冊です。

巻頭特集は、「有元葉子さんの『料理じょうず』になるヒント」。毎日、切れ目なく続いていく料理だからこそ、「書いてあるレシピ通り」に作るだけではなく、「自分のものにする」ことが大切。おいしい食卓をつくるには何が大切かを教えていただきました。
「岡尾美代子さんの靴とバッグ」は、人気スタイリストの岡尾さんならではの、ファッションだけではない、センスあふれるものの選び方、ものとの付き合い方をご紹介いただきました。

詳しい内容は、こちらをご覧ください。(担当:宇津木)

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考えることで、豊かに広がる

京都で考えた
『京都で考えた』 吉田篤弘 著 ミシマ社
1,500円+税 装釘 クラフト・エヴィング商會

 著者の吉田篤弘さんは、吉田浩美さんとともに「クラフト・エヴィング商會」としても、執筆やデザインなどをされている方。小誌でもかつて、「それからはスープのことばかり考えて暮らした」という、とてもすてきな小説を連載されていたので、ご存知の方も多いかもしれません。

 「『本当のこと』は面倒な手続きの先にしかなく、手っ取り早く済ませようとしたら、決して『本当のこと』はあらわれない」

 この本のなかで吉田さんは言います。いまは、知らないことや疑問があったら、インターネットでサクッと「答え」を知ることができます。でも、「答え」を知ってしまったら、もうあれこれ考えることはしない。この「あれこれ」がアイデアの元になるのに、その機会を逸してしまうことになると。面倒でも、自分で考える。そうしてしか得られない「本当のこと」を探すのです。そして、吉田さんにとって考える場は、京都です。
 京都って、たしかに多くの来訪者にとって、特別な場所かもしれません。単なる観光地ではない。鴨川が流れ、碁盤の目に整備された古い街。吉田さんは、古本屋や古レコード屋、古道具屋、喫茶店や洋食屋を訪れます。もちろん、直接的に本やレコードを探すためだけではない。そこで目にした古本の背表紙や古いレコードから、思考が始まり、思索のストーリーが繰り広げられる。創作のアイデアができるのです。百万遍や紫野、イノダコーヒー三条支店、大徳寺の松風など、ご自身が実際に訪れた場所を挙げながら、何を考え、その思考がどう広がっていったかをつまびらかにしていきます。そして、それらは、川の水が流れるようにスムーズにつながり、一冊として形をなしていきます。ちなみに、この本の見出しと目次のあり方はとてもユニークで、おもしろいアイデアが機能しています。街角には地名が表示されておらず、目次が地図になっている、といったイメージでしょうか。それもお楽しみにしてください。たしかに、流れるように読めるのです。

 物事をきちんと考えること、深く思考することって、得意な人と不得意な人がいると思います。頭の中を整理して、答えを追い詰めていくような作業は、けっこう骨の折れる仕事だったりします。正直私は、それほど得意ではありません。途中で、とっ散らかってしまうことしばしば。でも、吉田さんは、とても整理された思考を進めていきます。そして、「本当にそうか?」と、当たり前と決めつけられた答えや分かりやすい答えには飛びつかず、考えを進め、広げていきます。
 考えを広げるということは、ひとつの答えに縛られないということ。すなわち、自分の気持ちに自由な幅をもたらしてくれることでしょう。思考や想像の世界って、限りなく広いわけですから。
 この本に書かれているのは、そうして得られる豊かな想像の世界。それは、とても楽しい思考のプロセスです。そして、整然としながらやさしく語り掛けるような、吉田さんの書く作品がすてきな理由が垣間見られるのです。巻末には、うれしいおまけのように本編とつながる掌編小説もあります。(宇津木)

その情熱は伝播する

バッタを倒しにアフリカへ
『バッタを倒しにアフリカへ』 前野 ウルド 浩太郎 著
光文社 920円+税 装釘 アラン・チャン

 著者の前野 ウルド 浩太郎さんは、幼い頃に読んだ『ファーブル昆虫記』に魅せられ、自らも昆虫博士になるべく、虫の道に足を踏み入れた青年です。1980年生まれ、今年で37歳。「青年」と呼ぶにはちょっと年嵩過ぎるかもしれませんが、そう呼びたくなるくらい、若々しい情熱に溢れているのです。
 虫の研究をして博士号をとったはいいけれど、就職先にあぶれ、しかしこの道で生きる夢を捨てられずにいた前野さん。なにがしか、大きな研究成果を出して活路を見出そうと、2011年に単身、アフリカはモーリタニアに向かいます。前野さんが専門とするのはバッタ。かの地ではバッタが大量発生して農作物に深刻な被害をもたらしており、その対策を研究の対象にしようと考えたのです。
 慣れない土地、知らない言語、次々に出合うカルチャーショック。日々のハプニングを、やけくそのような明るさとユーモアで乗り越えてゆく前野さんですが、時には、将来(と目減りしていく研究資金)の不安が頭をもたげ、ホームシックになって心ふさぐこともあります。おまけに、モーリタニアに渡ったその年は、なんと、例を見ないくらいにバッタが不漁(?)の年であり、研究対象にも事欠く事態に陥って……。
 本書を読みながら、私は、2016年にノーベル医学・生理学賞を受賞した大隅良典さんの言葉を思い出していました。「『役に立つ』という言葉はとても社会をダメにしていると思っています」。これは、事業化を研究の第一目的としていては、学問がやせ細ってしまう、と懸念して仰った言葉です。
 果たして、前野さんはどうでしょう。将来のために成果を上げねばという野心こそあれど、「バッタが好きだ」「バッタについて知りたい」と燃えるその探究心はどこまでも純粋で、むしろ心配になってしまうほど。好きなものを求めて、猛進していく人の姿は、傍目にも面白い! その情熱は読む者にもいつしか伝播し、不思議な感動が湧いてくるのです。(島崎)

次の皆既月食は来年1月31日

月の満ちかけ絵本
『月の満ちかけ絵本』 大枝史郎 文 佐藤みき 絵
あすなろ書房 1,200円+税 装釘 梶原浩介(Noah’s Books, Inc.)

 東日本大震災の影響で計画停電や節電があったころ、暗い街の夜空で、明るくあたりを照らしてくれた満月の頼もしさ、ありがたさが忘れられません。それ以来、毎日使う手帳は月の満ち欠けのしるしがついたものにしています。

 家路をたどる坂道で夜空を見上げると、まいにち月の形と位置が変わっています。満月はあそこに見えたのに、半月は違うな。ぼんやりとそう思ってはいましたが、どうしてなのか、深く考えることもなく過ごしていました。

 私が担当している本誌連載頁、細谷亮太先生の「いつもいいことさがし」のテーマが、91号では「一年を和風月名で」と、旧暦についてのお話だったこともあり、月の満ち欠けについても知りたくなりました。

 児童図書のコーナーにあった本書は、「親子で学べるユニークな『月観察』絵本」と謳っており、ていねいにわかりやすく、月の満ち欠けを説明しています。本文の始めに、太陽と地球と月の関係の図があり、「月の見えない新月から、三日月、半円の月、満月になり、欠けていって、もとの新月にもどるまで約29.5日かかる」ことが説明され、なるほどと思いました。

 次の頁から新月、二日月、三日月、上弦の月……と、月の形が変わるごとに見開きで説明があり、太陽と月と地球の位置によって月の形と昇る方角が移っていくのがわかります。

 月の名前の由来についても説明があり、いままで覚えられなかった、上弦の月と下弦の月のことが、やっとわかりました。上弦の月は、満月までの途中に現れる右側半分の半月で、太陽が沈むと南の空に浮かび、船のように下がカーブした形で夜中に沈む。そのときに弓の弦(つる)が上にある形だから「上弦」の月。下弦の月は、満月から欠けていく半月で、夜中に出てきて、太陽が昇るころには南の空にあって消えていく、左側半分の月。沈むときには弦が下になるから「下弦」の月。一晩中見える月は満月だけなのも図から納得できます。昔の日本人が、満月に限らず、それぞれの月に意味を持たせて親しんできたことも書かれていて、お月様がもっと好きになりました。

 巻末には、「月と宇宙の豆知識」として、潮の満ち引きや日食と月食についての解説もあります。それによると次の皆既月食は2018年1月31日。日本全国で見られるそうです。皆既月食までに、この本を購入して、親子で話してみるのもいいでしょう。もちろん、私のように大人が読んでも充分面白いですよ。(高野)

子どもから生まれる、みずみずしい言葉たち

ことばのしっぽ
『ことばのしっぽ』 読売新聞生活部 監修
中央公論新社 1,400円+税 装釘 中央公論新社デザイン室 

 れ
「ママ 
 ここに
 カンガルーがいるよ」
 これは、3歳の男の子がつぶやいた言葉を母親が書きとめ、読売新聞家庭面の「こどもの詩」というコーナーに投稿したものです。「れ」という平仮名がカンガルーに見えるなんて! 子どもの自由な発想に驚くとともに、その発見を母親に一生懸命伝えるあどけない姿が浮かび、ほほえましく感じます。
 今年で50年を迎えた「こどもの詩」。この本は、これまでに掲載された詩のなかから200編をより抜き、まとめたものです。

かさ
「(お店やさんごっこをしていて)
 これ(かさ)は
 あめのおとが
 よくきこえる きかいです」

ふとん
「おかあさん
 ぼくタイムマシンで
 あしたにいくからね
 じゃあ
 おやすみなさい」

すみっこ
「すみっこにいました
 すみっこでまるくなっていました
 こころがゆっくりなるのです
 これからもすみっこにいたいです
 すみっこはやっぱりおちつきます」

新しいせかい
「ママは 何分がすき
 ゆうかはね 59分がすき
 新しいせかいが
 はじまりそうな気がするの」

 子どもたちが日々の暮らしで発見したこと。楽しい気持ち、寂しい気持ち。いろいろな気持ちがそれぞれの詩に詰まっていて、子どもの目には、世界はこんなふうに映っているんだ……と気づかされます。
 大きくなるにつれ、こんなふうにまっすぐな気持ちを言葉にすることは、難しくなるかもしれません。でもできる限り、このきらきらした感性を持ち続けていられるような世の中にしてあげたい。そして、子どもたちから生まれるみずみずしい言葉をすくいとる、あたたかな眼差しをもっていたい。この本を読んで、切に思いました。(井田)

生きていてくれるだけで「いい子」だよ

はじまりは愛着から 人を信じ、自分を信じる子どもに
『はじまりは愛着から 人を信じ、自分を信じる子どもに』
佐々木正美 著 福音館書店 900円+税 装釘 森枝雄司

 今年、2017年の6月、児童精神科医の佐々木正美先生が永眠されました。

 わたしは幸運にも、先生が行われていた勉強会に伺ったことがあります。涙ながらに悩みを打ち明けるお母さんたちに対して、先生はじっと聞き、優しく語りかけます。その言葉に、お母さんたちが笑顔を取り戻された様子を、今でも鮮明に覚えています。

 『暮しの手帖』でも、子育てに悩んでいる方々の心が軽くなるように、子どもが成長することの喜びを伝えていただきたいと、「母子の手帖」の連載執筆をお願いしたのは7年前。先生は日本各地へ講演に飛び回る忙しさ。その頃からすでに体調がすぐれなかったにもかかわらず、まるで目の前で語りかけてくれるような原稿をご執筆くださったのでした。

 今回ご紹介するのは、この連載をまとめた本です。先生は「親から愛されている実感」「根拠のない自信」などを子どもに持たせてあげることの大切さを何度も説かれました。それはとってもシンプルだけれど、日々の子育てに追われている親御さんたちが見失いがちなものであるように思います。

 先生に、「ゲームに熱中し過ぎる子について書いていただけますか?」とご相談して、いただいた原稿は、わたしの想像を超える内容でしたが、心の底からなるほど、と思いました。その他にも、「いじめ」「ひきこもり」「思春期」「親の離婚」など、具体的な例を通して、子育てに大切なことを教えていただきました。

 いい親にならなければというプレッシャーを感じている方、また、そういったお母さんやお父さんが身近にいる方にぜひ読んでいただきたい一冊です。(平田)

純粋に信じる気持ちにも違いがある。

星の子
『星の子』 今村夏子 著
朝日新聞出版 1,400円+税 装釘 田中久子

 この作品は家族と宗教を題材に、人が何かを、そして誰かを「信じる」ってどういうことなのか、主人公の成長を通して描かれる物語として読みました。

 主人公のちひろは生まれつき病弱で、娘を助けようと手を尽くす両親は、新興宗教にすがります。やがてちひろは健康に育っていき、両親は、「金星のめぐみ」という「宇宙のエネルギーを宿した」高価な水のご利益だと、ますます信仰にのめり込んで、世間からは異質な人たちとして見られます。

 物事を見る目が変わったり、恋愛をしたりと、成長していくちひろ。その宗教に対しては、態度を留保するようになりますが、両親に対しては、心から大切に思う気持ちを持ち続け、疑うこともありません。ちひろの姉は、世間と同じ目を持つようになり、高校1年生にして家を出て行ってしまいました。親戚は両親からちひろを引き離そうとします。

 物語の後半、ちひろにもその新興宗教への懐疑の念の兆しが見え、両親への気持ちにも変化が表れます。両親と宗教と世間との関係のなかで、疎ましさを感じたのか、例の水を自分に施す両親を邪険にしてしまいます。

 そして、終盤、家族3人で参加した教会の研修旅行の間、別行動になった両親とちひろは、会いたいのになかなか会えません。やっと会えた3人は、同じ流れ星を一緒に見ようとしますが……。

 両親は娘たちのことを愛し続けます。だから、この後訪れるであろう、ちひろとの別れを惜しんだのだと思います。でも、客観的な目を持ち始めたちひろは、不安定に揺れています。大切な人が信じるものだからといって、自分も信じることができるのか。同じものを見ることができないようになったのか。それまで疑いのなかった気持ちに影が差してきたのです。読者は、両親もちひろも純粋にお互いを大切に思う気持ちに心温まりながらも、つかみどころのない不穏な暗雲が立ち込め、気持ちが波立ち、もやもやとしながら考えさせられるのです。(宇津木)

小さな姫君に心うばわれて

2017年10月12日

ものえらび

小さな姫君に心うばわれて
(新連載:ホルトハウス房子「もの選びのまなざし」)

 今号より始まった新連載「もの選びのまなざし」は、料理家のホルトハウス房子先生がその審美眼で選び、ずっと大切にしてきた品々をご紹介するものです。

 ご紹介する品は毎号ひとつ。なのに、器や花器、台所道具から根付まで、先生の口から語られる愛用品の物語は、どれもすてき、どれもおもしろく、とっても選び難いのです。

 今回、さんざん迷った末に選んだのが、木彫の小さなお人形「あすか姫」でした。

 先生とこのお人形との出会いは、なんと60余年前、先生がまだ二十歳の頃でした。

 光明皇后(聖武天皇のお后)の幼少期を象(かたど)ったというその姿は、童女でありながら妖艶で、目が合うと、ちょっとドキドキさせられてしまう。

 「そうね、どこか艶めかしいわね。それでいてやはり、愛らしいでしょう?」と先生。

 小さな姫君は先生とともに、いったいどのような年月を重ねてきたのでしょう? 

 本誌をお読みになったら、いま一度、写真をじっくりご覧ください。姫君の肩のあたりに、その歴史が刻まれているのがわかるはずです。(担当:北川)

人生の最初の、しあわせな3年間を

2017年10月11日

ひきだし

人生の最初の、しあわせな3年間を
(90号ひきだし「乳母車の子育て」)

 ものづくりをなさっている方や、長くひとつのことを続けている方の、心の“ひきだし”を覗かせていただく、生き方や暮らしに迫るドキュメンタリー連載「ひきだし」。

 20回目の今回は、オリジナルの籐の乳母車を制作・販売する「東京乳母車」の横田建文さん、晶子さん夫妻にお話しをうかがいました。
 
 長男が生まれた30年前、ショーウインドーの展示品だった乳母車に魅せられてしまった晶子さん。すでに椅子型のベビーカーが出回っていた当時、乳母車を手に入れることは難しく、都内ではどこにもみつかりません。

 あきらめかけていたころ、建文さんが出張先で偶然みつけた乳母車で、晶子さんは長男、長女との幸せな時間を過ごしました。

 そして二男が生まれたとき、研究肌の建文さんは「乳母車を自分で開発してみよう!」と思い立ちます。さて、その行方は……。

 取材中、乳母車を使っている双子連れのご家族にもお話しをうかがいました。乳母車の広いバスケットの中は、すっかり子どもたちの世界。それぞれ好きなオモチャを持ちこんで、座ったり立ち上がったり寝転んでみたり。

 2歳頃まで、ベビーカー嫌いだったわが子も、この乳母車だったらもしかしたらニコニコ遊んでいたのかなあ。

 「乳母車で過ごすのは、人生の最初の3年間」

 たったの3年間という短い時間が、きらきらした思い出になるように、横田さん夫妻は今日も乳母車を作り続けます。(担当:小林)

合意のある所には笑顔があふれています

2017年10月10日

電力2

合意のある所には笑顔があふれています
(90号「電力は選ぶ時代2」)

電気を販売する会社が選べるようになって一年半。みなさんはどんな会社から購入していらっしゃいますか?

 年初の86号「電力は選ぶ時代」で、わたしたちは再生可能エネルギーの割合が高い新電力会社を選ぼう、一年に一度はその電力会社が適切なのか見直していこう、と呼びかけました。そこに、「再生可能エネルギーなら無条件でいいものなのか? 緑豊かな土地と引き換えに発電した電気でもいいのか?」
「東京のような大消費地から離れた場所に発電所を建設して電気を持ってくるのは原発と同じではないのか?」
そんな疑問が寄せられました。

 発電所はどこかに作らなければなりません。その立地は適正なのか、発電所の建設に地元住民との合意ができるのかどうかで、再生可能エネルギーも好ましいものにも目障りなものにもなり得ます。

 どのような再生可能エネルギーならよいのか、答えを求めて、編集部は長野県の茅野市と諏訪市、秋田県にかほ市、福島県の喜多方市と飯舘村に向かいました。

 立地に不安があるところには反対運動があり、事業者と地元住民の合意が形成されれば、お互いを取り持つ「みんなの発電所」になり、地元の資本で作れば、地元にお金が循環します。そして、うまくいっているところには、熱気と笑顔が集まっていました。

 ちなみに、前回の記事をきっかけに、私は加入している生協系の電力会社に変更しました。電源構成がわかり、発電所の紹介があり、使っている電気に親しみがわいています。(文:高野/担当:島崎、高野)

いろんなリクエストに応えるセーターたち

うれしいセーター
『うれしいセーター』 三國万里子 著 ほぼ日ブックス
2,500円+税 装釘 大島依提亜

 ニットデザイナーの三國万里子さんが、12名の著名人たちのリクエストに応えて編んだセーターを紹介する一冊です。

 「可能ならば、まるで着ていないような着心地のセーターがほしい」「どかんと寝転がって干し草がついても気にならない、農夫の仕事着にもなるようなイメージ」「どこかに自分だけが知っている、ちょっとした仕掛けがあるとたのしい」などの個性的なリクエストに真摯に向き合い、楽しみながらセーターの制作に挑む三國さんの姿が伝わってきます。

 出来上がった作品は、三國さん以外の人には生み出せないような、どこにも売っていないものばかり。着る人の満足そうな表情から、着心地の良さがうかがえます。

 わたしは以前から、三國さんの著書に掲載されている、作品紹介のちょっとした文章が大好きだったのですが、本書にはエッセイが8編収められています。そこには、編んだ人にしか知ることができない喜びがあふれていて、わたしもセーターという大作に挑戦したくなりました。すべての作品の編み図も載っています。日に日に涼しくなってきて、毛糸に触れるのがうれしい季節がやってきました。この冬にたくさん着られるよう、いまから編みはじめるのも良いかもしれませんね。(平田)

アレルギーのある人もない人も

2017年10月06日

りんご菓子

アレルギーのある人もない人も
(90号「米粉でつくるりんごのお菓子」)
「このお菓子、本当に、小麦粉を使っていないの? バターも? 玉子も?」
同僚はそう言って、目を白黒させました。小麦粉もバターも玉子も使っていないなら、このフワフワ、しっとりとしたおいしい焼き菓子は、一体なにでできているというの? 私はいったいなにを食べているの? もぐもぐと口を動かす同僚の頭に、そんな疑問が渦巻いているのが手に取るようにわかって、私はちょっと笑ってしまいました。
「アレルギーのある人にもない人にも、安心して食べてもらえるお菓子を紹介したい」。今回、そんな相談を持ちかけると、料理家の白崎裕子さんは「米粉」を使用したお菓子を提案してくださいました。「りんごとバナナのケーキ」「りんごのタルト」「蒸しパン」「キャラメルりんご」「豆乳アイス」「りんごアイス」……、いずれも小麦粉、バター、玉子不使用で、この時期おいしいりんごをふんだんに味わえるものばかりです。
紅玉でなくても、どんなりんごでもおいしくできるのも嬉しいところ。きょうのおやつに、さっそくひと品、つくってみてはいかがでしょう。(担当:島崎)


暮しの手帖社 今日の編集部